第16話 魔王
「まあ、あといくつかあるけど、その子の魔力じゃ使えない。あなたなら使えると思うけど、あなたは背がたりない」
翌日、お忍び姿のエリ様にそう言われていろいろ衝撃的だった。そりゃ大きいほうじゃないけど、背丈で否定されるのはちょっとあんまりじゃないかしら。
「まあ、作ったやつが私を冷やかすために組み込んだくだらないやつなので、無視していいよ」
ちなみに今いるのは、魔族騒動の時に奥様とおいしいものをいただいた河岸のカフェで、船をまつというのでどうかと誘ってみたのだ。エリ様はどこかの貴族の奥方が乗馬にでもいくような服装で、顔をさらさないようベールなんぞお召しになっている。腰にあるのは乗馬鞭。奥様が銃や剣をつっているより手強い感じに見えるのはたぶんあたしの気のせいだろう。
カフェでの見物はまた一段と洗練された甘味を口にしたときのエリ様とボウコウナンの反応だ。
二人して、ぱっと同じ感じで明るい表情を見せたのだ。
「これはなかなかいいわね」
「わたし、生まれてきてよかったです」
変態だが真面目で堅物の印象のあるボウコウナンが一番人間らしく見えた瞬間だ。甘味をたたえよ! あたしも大好きだ、
ところで、話をもどすと、ボウコウナンのローブは大賢人あたりが作ったということでいいのだろうか。
「そうよ」
「どういうご関係だったのですか」
「彼を捕虜にしようとして逆につかまった捕虜が私。それからあれこれあって長く彼のための仕事をしていたわ。ローブはそのお礼の一つとして用意してくれたものの一つよ」
百年前の人だよね。
「全然お年を召してないですね」
「魔族だからね。心はだいぶすりへったわ」
いつか、自分が保てなくなったときが終わるときだ。エリ様はそうおっしゃった。
船がやってきた。この人数で乗るにはやや大型のボートで、東方から伝わった艪というものをこいですすむ。それだけでなく、どうも小型の魔力タービンらしいのがついているのでいざとなったら結構な速度で走れそうだ。船はちょっと離れているのでひょいと飛び乗る必要がある。エリ様も、ボウコウナンも身軽なものだ。あたしが一番タイミングがつかめないわ怖いわでぐずついていた。
「ご無礼」
どこかの家に仕えてた経験があるのだろうか、派手さはないがどこか上品で好感のもてる青年の船頭がみかねて手助けしてくれた。チャトラは抗議の声を無視して投げ込んである。
「では行きますよ」
船は河を下って行く。そのまま一昼夜くらい流れていけばカイエン王国だが、さすがにそこまでこんな船でいくわけがない。退屈させまいと船頭が両岸に見えるものについていろいろ説明してくれる。仕事でやってるんだろう、うまいものだ、引き込まれてしまった。
「そして、あれが今回の目的。魔王の遺骸です」
不吉な名前とともに指差されたところには奇妙なものがあった。
巨大な船が、真っ二つに折れて横たわっている。そう見えた。長さだけでもコンラー家の軍艦の三倍以上ある。帆も帆柱もなく、かわりに船体中央が城郭のようになっている。船体の折れた部分は水面下になっているのでどうなっているのかわからない。大きな大砲らしいものの突き出した塔もある。
「魔王? 」
「銃の魔王の最期の姿だ」
巨大だ。それに生き物には見えない。
名所らしく、船や馬車を出して見に来ている人は他にもいた。
不吉な名前なのに、それは強さと荘厳さをたたえた圧倒的な存在だった。どこからこの形がでてきて、どれほど強力だったのかわからない。だが、おの船体を真っ二つにした力はもっとすごい。
「銃の魔王は帝国の重臣だった。少し立ち後れ気味の帝国軍の兵器を刷新し、戦争を継続するためのもろもろをそろえて二カ国同盟しての侵略に対抗した」
「英雄じゃないですか」
「うん、英雄だね。でも、銃の勇者の子孫である彼はその遺産を間違ったことにつかった」
「間違ったこと? 」
「銃の勇者は故郷の世界から、今のどの国でもまだ実現できていないような強力な武器を多数もちこんできた。その中に彼もさすがに使うことをしなった兵器がある。今でも聖教連合と帝国の陸路の交通を遮断してるあそこを作りだした兵器だ。あまりのことに更迭はやむなしということになった。その悲惨さな結果を知らなかったのだから仕方ない、と。ところが、魔王がその兵器を使ったらどうなるか知っていたという証拠が明るみに出た」
エリ様は真っ二つの船体を指差した。
「破滅から逃れることができないと知った魔王は、人間の姿を棄て、あの姿になった。過去の魔王も人の姿をすてて大きく獰猛になったが、これほどのものになるとは誰も思わなかったろう」
「その魔王を、どうやって討ったんです? 」
「一発しか撃てない、おそらくはこの世で一番強力な大砲で射抜いたのだ。皮肉なことに、魔王が大賢人の塔の守りを突破するために作らせたものを、帝室が隠し持っていた青銅の魔王の魔核でさらに威力をましたものであったがの」
竜司様だ。直感した。奥様の魔銃を作った人、そしてあの人のことをエリ様はなんといったか。
でもそんな勇者の伝説は聞いたことがない。そもそも竜司様は勇者扱いされているように見えない。勇者が誰だったか、誰も知らないんじゃないだろうか。
「まあ、これは全部すんだ話だ」
これからの話をしたい、とエリ様が切り出した。
「魔王は幽霊になっている。あれは心を蝕まれてはいたが、帝国とその臣民を救いたいという動機に偽りはなかった。さぞかし無念だったろうな」
「追い込みすぎたのではないですか」
幽霊と話をしてるとそんな話はいくらでもある。その気はなくてもやりすぎて取り返しのつかないことになった人は珍しくもない。
「それはわかっておる。当時小娘だった狐草にも同じことを言われた。だが、その兵器はもう一発あったのだ。あやつをとめねば同じ事を行っただろう。あれは汚名をとことんあびるつもりだったのだ」
エリ様は深い深いため息をついた。
「だからあやつが不憫でな。だから、帝都でおきている騒ぎを聞いてもしやと思ったのだ。あれほど力のある幽霊はいない。あれが変わらずここにとどまっているなら問題ない。その時にはそなたに時々話し相手になってもらうのもよいかと思ったのだが」
それはさすがに荷が重すぎると思います。
「しかし、ここにやつはいなかった。成仏したのであればよいが、そうでないとまずいことになっている」
魔王の悪霊、想像しただけでやばげだ。この魔王の遺骸をみるだけでやばい。
「魔王の魔核は、幽霊がもっているのですか? 」
お、いい質問してくれるね、ボウコウナン君。
「行方不明。幽霊もかかえてなかった。勇者が自分の世界に帰るのに使ったということになってる」
「ということは、魔王の幽霊は生前ほどの魔力はないのですね」
そこもなかなか大事なところだね。うん、君はまじめでいい娘だ。
「最後にみたときは。そこらの魔法使いじゃ及ばないくらいの魔力を残していたし、死刑囚の穴でやってたことを思うとさらに力をましているかもしれない」
「もしかして、失った魔核のかわりを求めてる」
魔族化も、ボウコウナンのもととなった悪霊も魔核を発生させていた。でも、魔王の満足するものがえられるのだろうか。
「否定はできんな。おまえたちは特に危険だから魔王の幽霊に絶対近づかないようにするんだ」
エリ様はあたしたちの肩に手をおいた。
うん、できることならそうします。あの狂った魔族があたしのほうににじりよってきたことを思うと、あっちに気付かれたらやってくるんじゃないだろうか。
「コンラー領に帰りたいです」
一番の解決はこれだ。治療院の仕事も寺男師匠の手伝いも放り出すことになるが、あたしのいないころに戻るだけだし手が足りないならほかの有望な子を探せばいいんだ。
「うん、そうしたいんだがな」
言葉を濁すところを見ると、これは何かあるな。
「何かありましたか」
「あなたの祖父殿に存在を知られたのはまずかった。といえばわかってくれるな」
「召還されちゃうんですか」
「まだ決まっていない。だが、逃げるのはだめだぞ。あっちは嬉々として用意した追手をかけてくる。待ち伏せもされているだろう。その場合は、引き抜かれるうちが求めてる対価は払わなくてもいいことになってしまうからね」
対価って、あたしいくらなんですか。
「ま、大貴族がちょっとためらうくらい吹っかけてある」
エリ様、こんな悪い笑顔もできるんだ。
「だが、代わりにあなたを帝都から出すなと言われている。条件は結婚まで。婚家にいくぶんにはしょうがないということだ」
コニイのおかげでそれ、当分ないです。その気にもしばらくなれそうにない。
それに、結婚する場合はコンラー伯、廃地公、両家の了解が必要になる。
面倒くさい。ここで独身貫いて祖父が死ぬのをまとうか、それともいっそ出家して尼さんにでもなってしまおうか。
そこでエリ様は船頭を見た。
「確かに伝えたよ。それと魔王の幽霊のことは公にも伝えておいて」
エリ様はさあ戻ろうという。あたしは船頭の顔をみた。知ってる顔ではない、だが、物腰がどこかあか抜けていてらしくないところがあった。乗船を手伝ってくれたとき、ちょっとイケメンだなと思う優しさがあったし。
つまり、彼は祖父の家の者で普段は船頭ではなく訓練したり、家の仕事をしたりしている立場ということになる。まさか祖母違いの従兄ってことはないよな。
「承りました。お館様には確かに伝えておきます」
帰りは流れにさからうので、小さな魔力タービンを動かしての帰還だった。
「さて、まだ時間はあるね」
エリ様はなぜかにこにこしだした。
「もういっかいあの店で食べてないやつ食べようと思うのだけど、反対する人いる? 」
いません。
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