第15話 望江南

 あの、魔族の一件のときの新聞をもってきた悪ガキが死んだ。翌月には二年かけて準備した再生呪文で健康になるはずだったあの子は、愛されてのびのびといたずら小僧に育った彼は急変して死んでしまった。彼があたしにのこしたものは虫のおもちゃの飛び出すびっくり箱だったが、なおさら悲しい気持ちになった。

 幽霊にはならなかったらしい。よいことだが、少し寂しいことだった。

 そんなとき、エリ様が『穴』を使ってやってきた。少女を一人つれている。

 長身、ローブ姿、棒を手にし、人形のように無表情で整った顔は切れ長の目といい黒髪といい東方人の特色をもっている。帝国には多様な民族がすんでいるし、東方人も少なくない数うつってきている。館の使用人にもその血を引いているものは何人もいて、珍しいものではない。ただ、ここまで東方的なのはあまりいないだろう。

 そしてたぶんこれが噂にきいたボウコウナンだ。狐草師匠の新たな弟子、こっちで政治の具にされそうなあたしのかわり。

 ん?

 ちょっとだけ違和感を覚えた。何か忘れている気がする。

「遅くなったな、ハマユウ」

 エリ様はあいかわらず男前だ。女だけど。

 ところでなんか約束してたっけ。

「あの? 」

「紹介しよう。ボウコウナン。そなたの使い魔だ」

 いま、なんとおっしゃいましたか。

 チャトラがあたしのかたに飛び乗ってきた。聞き捨てならんといいたそうだ。同感だぜ。

「長年の成果だよ。そなたから預かった魔核を調整し、シナズやそこのチャトラのように人間を核にしなくてもよい、自我のある使い魔を作り上げた。カマキリ君の仲間とは思えないだろう」

 そこでカマキリ君だしてくるかな。確かにあいつは人をぎょっとさせるけど妙に愛されているところもある。

「はじめまして、ボウコウナンともうします。これより主様に仕えることとなります」

 長身の少女はそういって侍女が主に挨拶するように膝をついて頭をたれた。

 まず、主様はやめてほしい。あとあたしは貴族じゃないのでそのお辞儀も勘弁してほしい。

「なぜ女の子なのです」

「兄弟より姉妹のほうがいいと答えただろう。後から産まれて姉はおかしいから妹分として調整した。基本的な知識と、人格のひな形は私の魔核にあるものを、あの魔核の構造に上書きして形成してある。だが、それだけでは四分五裂なので一年かけて人前にでれるよう調整し、一年かけて狐草にメンターになってもらってそなたの助けになるであろう技術を覚えさせ。人付き合いもさせた」

 人間が生まれて育つまでの時間を考えるととんでもない促成栽培だよね。

「あの、ぶしつけですが抱きしめていいですか? 」

 え?

 何がおきたかわからない。気がついたらあたしは彼女の長い手足につつまれていた。

 え、この娘本当に使い魔? 女の子らしいにおいがするし、やわらかいし、どういうわけ?

 チャトラが毛をさかだてて彼女を威嚇しているが、ようやくあたしを解放したボウコウナンが

「あなたがチャトラ先輩ですね。ふつつかな後輩ですが、よろしくご指導お願いします」

 と馬鹿丁寧に挨拶すると、

「お、おう。まかせておけ」

 まんざらでもない様子になる。こいつちょろくないか。

「エリ様、この娘本当に使い魔ですか。とてもそうは思えなかったのですが」

「そういう風に作ったんだ。そのほうがいいって竜司もいってたし、どうせ女の子につくるなら心に見合うからだにしてやろうとね。子供はできんが行為もできるぞ」

 それはやりすぎじゃないのだろうか。いや、エリ様のもっと自慢させろという感じからして、あたしはこの方が積年ひそかに抱えてた悪のりに機会を与えてしまったのかもしれない。

 祖父に召し出され、秘密の名前が公のものになった後ならともかく、いまこれはこまる。侍女を持つ身分ではないし、こんな人間みたいな使い魔もってるなんて知られたらどんなことになるか。

 しかも、いきなり抱きしめたり、忠実というより執着に近いものを感じるのも怖い。今もこっそりあたしの匂いをかいでいて変態めいていてさらにこわい。

 扱いを間違うと、一緒に死ぬとかいって刺されそうだ。

「表向きは、狐草からあずかった妹弟子ということにするといい。そなたの助手として色々学ばせていると言えば、そう不自然でもないだろう」

 なるほど。

 そして最初の違和感の正体にようやく思い至った。あそこは誓約をたてて許されてないと甲冑型の使い魔に排除される。彼女が人間なら、『穴』を通ってこれるとは思えない。 

「うまく使え、そしてうまく育ててくれ。楽しみにしているぞ」

 もしかすると、一番たちがわるいのはエリ様ご夫妻かも知れない。

「それと、次の休みまではいるから、ちょとつきあってくれ、関わる事はないと思いたいが、そのときのために知っておいたほうがいいことがある」

 不吉な予感しかしない。エリ様はそれまでひそかにやることがあるらしい。

 その夜は、ボウコウナンとチャトラに添い寝されて少し寝相の悪いあたしはあんまり眠れなかった。

 多忙な先生は私費で助手を雇うことがあるらしい。帝国治療院ではボウコウナンはそういう扱いとなった。単独の治療行為は禁止、責任はあたしもち、ついでに彼女にきせる治療院のお仕着せもあたしもち。初日は背格好の近い人の予備をかしてもらったが、仕事が終わると仕立て屋にいく必要があった。すでに仕立ててあるものを直してくれるので次の出勤の時によりみちすればいい。

 助手としてはどうかというと、うん、指示通りにそつなくやってくれたよ。悪ガキにいたずらしかけられたときはどうしようって顔でこちらを見たけど。

 とりあえず取り押さえて、優しく逃がさず捕まえておいてというと、びっくりするくらいキレのいい動作で悪ガキをつかまえ、なんと赤ん坊のように縦抱きで拘束した。捕まえられたほうはびっくりするやら、いわゆるいいにおいにぼーっとなるやら、これは問題ありだ。

 小児科長におそわったことを彼女に伝えると、次からは耳をつまんで拘束するようになった。

「子供たちはコンラー領にもいたけど、あんな子たちはいませんでした」

 帰り道、彼女はとてもびっくりしていた。そりゃ、貴族や金持ちの子供なんかあそこにはいなかった。

 朴念仁ぶりから予想できたことだが、ボウコウナンはコミュニケーションが主体となる招魂術はさっぱりつかえなかった。そのかわり、鎮魂術は使えるという。

「実際に使ったことは? 」

「ないです」

 言われた通りにくりかえす練習のみだという。

「おもしろい」

 その練習を寺男師匠に見てもらったところ、そんな感想をもらった。彼女の術は魔力をまとわせた棒で悪霊を刻むだけだという。これだけで悪霊を鎮魂しきろうとするとかなりの回数刻まないといけないらしい。

「でも、あんたの術と組み合わせると結構いいんじゃないかな」

 防壁でくるんで消す術のことだ。あれはそれほど大きく包む事はできないので、誰かに刻んでもらいながら使うのは能率があがる。

「それと、おもしろいのはこのお嬢さんの服だ」

 彼女のローブがどうかしたのか? もっさりふくらみぎみで暑そうなのだが。師匠は背中のあたりを失礼といってぷにぷに押す。

「この下に抗壁の魔法を二三枚はってあるね。術式はこの襟のところのタグかな。この生地もちょっと刃物でひっかけたくらいじゃ切れないんじゃないかな。とんでもない魔法具だよ 」

 あ、とあたしは気付いてしまった。ボウコウナンとエリ様の背丈は同じくらいだ。つまり、これはエリ様のおさがりの防具だ。服に体あわせちゃったんだ、あの人。

「だが、悪霊と対峙するときにはこの上にもう一枚はっておいたほうがいい。悪霊のかけらが染み付く心配をなくさないと、後で大丈夫かの確認が大変になるだろう」

「それはいやですね」

 彼女は飾りボタンを一つひねった、薄い魔力がローブの表面にはられる。これも抗壁だ。

「雨よけですがこれで大丈夫でしょうか」

「とんでもない代物だな。大賢人あたりじゃないと作れないぞ」

「防水までやると、ほんの小さいものでいいけど魔核が必要になるので、普段は使わないんです」

 小さい魔核は鳥や小さいネズミの魔物のもので、帝都で買ってもそれほど高価なものではない。以前、竜司様といった魔の森の拠点には小さい魔核がざらっとおいてあった。たぶん、困るほどのことはないんだろうな。

 それと、そのローブの機能、本当にそれだけなんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る