百四十話:千年孔

 


「あだだだだだだだだだだッ!」


 俺のアイアンクローがミャオの脳天を締めあげる。

 その隣ではリヴィがアワアワと困惑していた。


「い、痛いッス! リヴィ助けてッ!」

「……何があったの?」

「この猫、俺の大事な大盾に“かたいたて”なんてふざけた名前を付けやがったんだ」

「……あー……それはミャオが悪いよ。」

「それならゼムさんも同罪じゃないッスか」

「ネタは上がってんだよ。俺がいつ“かたいたて”が良いなんて言ったよ? え?」

「でも付けたのはゼムさん、あだっ、あだだだだだ! 何で更に締めるッスか!?」

「少しずつ締めていかないと慣れちゃうだろ? なあ?」

「い、陰湿ッス!!」


 俺はギャーギャーと騒いでいるミャオの頭を左手で鷲掴みにしたまま庭の椅子に腰かけると、口元を手で隠しながらクスクスと笑うヴィクトリアが近付いてくる。


 既にヴィクトリアの言いたい事がわかってしまった。

 なので口を開くのと同時に被せてやろう。

 見とけよ?


「「ダンジョンに行きませんこと?」」


 な?


 ドヤ顔+声真似でシンクロをキメた俺を見ていた数人が「えっ」と若干引いた様子で見てくるが些細な事だ。

 <MEN異常耐性>A+の俺の心は痛んだりしない。


 ズキズキ。

 もう二度としねえ。


 俺はゴホンと一度咳払いをして何事も無かったように話を続ける。


「ダンジョンか。いいな。俺――」

「え? 何、普通に流してるんッスか? 今タスクさんあだだだだだ!」


 ミャオが何か言おうとしたが締め上げて黙らせる。


「俺も行こうとは思っていたんだが、如何せんダンジョンを決めてないんだよな」

「あら、珍しいですわね」

「難易度七等級以上は数が多すぎんだよ」


 それを聞いた面々は驚いたような表情を見せる。


 まあ、知らないのも当然だ。

 難易度七等級以上のダンジョンは間違って新人プレイヤーが入ってしまわないようにと辺鄙な場所に設定される事が多いからな。

 離島とか、森の最奥地とか、活火山とか、雪山の天辺とか、猛毒の沼地とか。

 とにかく人間の住むような場所には無い。


「そんなにですの?」

「ああ。難易度七等級だけで難易度一~三等級のダンジョンを合わせた数よりも多い」


 その理由は至極単純。

 元々IDOはゲームで、飽きられては運営が困るからだ。

 だからこそゲームの終盤、それもレベルカンストでも楽しめる難易度七等級以上のダンジョンはアップデートの度と言っても過言ではないほど追加されていた。


「そうですのね」

「ああ」

「でしたら、私は愉しめる戦いが出来ればタスク様の行きたいところで構いませんわよ」

「行きたいところ……ね」


 うん、多すぎ。

 厳密に言えば欲しいレアドロップアイテムが多すぎる。


 以前にも話したがアップデートされた内容はほぼ全てと言っていいほど頭に入っている。

 故に『流レ星』のメンバーが居なくなった後にアップデートされたレアアイテムの存在が右へ左へと俺を揺らすのだ。


 だからと言って簡単に取りに行こうとは言えない。

 何故か? ほぼ初見だからだ。


 多少の知識はあるが、ほぼ初見のダンジョンで不測の事態が起こった時に対応できるかわからない。

 というか多分、無理だ。

 IDOプレイヤーが二人、いや三人居れば迷わず行くだろうが……仕方ない。


 アダマスドラゴン戦で痛い目を見たばかりだし、リスクは抑えるか。

 今回は既知のダンジョンへ行こう。


「よし、決めた。『千年孔』に行くぞ」


 『千年孔』に出現する亀竜はレベル65。

 目標にしてるレベル70まで上がるから丁度いいだろう。

 何より一度戦ったことのある相手だしな。


「『千年孔』といえば……あの時の大きな亀ですわよね?」

「ああ。不満か?」

「いいえ。あの大きな亀なら今の私がどれだけ強くなったかを実感できますわ」

「じゃあ、決まりだな」


 俺は抵抗することを諦めたミャオの頭から手を離し、パーティーの後片付けを始めた――その時、フェイ・カトル・ポルの三人が満面の笑みで近付いて来た。


「「「タスクサン(兄)!」」」


 まあ、来ると思ってたよ。


「俺たちも行っていい?」

「いいけど俺たちから離れるなよ?」

「なんでー?」

「今、新しい武器を装備できるのはミャオとリヴィだけだからだ」

「そっかー。わかったー」

「じゃあ、装備できるようになったら戦ってもいい?」

「それならいいぞ」

「「わかった!」」


 こうして明日は『千年孔』へと行くこととなった。


 因みにメンバーはというと、俺・ミャオ・リヴィ・ヴィクトリア・ヘススのパーティとフェイ・カトル・ポル・虎鐵・ぺオニアのパーティだ。



 ――翌日。


 俺たちは『千年孔』の目の前、大きな山にポッカリと開いた巨大な穴の前に来ていた。

 地面には脛ほどまでの水が流れており、若干動きづらくなっている。


「準備は良いか?」

「アタシらは新しい武器を使っていいんッスよね?」

「ああ。せっかくゼムが作ってくれたんだ。思う存分使ってやれ」

「あいッス!」

「……わかった。」


 ニコニコとした表情でミャオは新武器“クレセント”を、リヴィは“フェアリーテイル”を魔法鞄から取り出して装備していた。


「それじゃあ、行くぞ」


 俺を先頭にカトルとポルと虎鐵・ヘススとリヴィ・ぺオニアとヴィクトリア・そして最後尾にミャオとフェイの1・3・2・2・2で列を組んで『千年孔』に侵入する。


 しばらく歩いていると、突如、地面を流れていた水が高く波打った。

 それと同時に薄暗い洞の奥から一匹の巨大な亀竜が姿を現し、カトルは声を張り上げる。


交戦エンゲージ! タスク兄、チャレンジハウル!」

「了解だ」


 カトルの指示バフに合わせて亀竜に『チャレンジハウル』を放つ。

 刹那、俺の体にリヴィの『パワー・バフ』・『マジック・バフ』・『ガード・バフ』・『スピード・バフ』が掛かった。


 うん、良いね。

 最高のタイミングだ。

 しかし今日は掛かるんだよな。


 テンコレで手に入れた新スキルを見せてやれ。


 <占い師>スキル『タロットリーディング』:十一種の効果を確立で付与。


 ――発動。

 リヴィの目の前に一枚のタロットカードが現れたかと思うと、宙に浮いた状態でクルクルと回転している。

 タロットカードは一秒足らずでピタッと止まり、そこには『Ⅳ』という文字と絵柄が書かれていた。


 Ⅳ……“皇帝”か。

 って事は<STR>の上昇効果だな。

 亀竜相手には丁度良いや。 


 そう、この『タロットリーディング』は出た数によって効果が違うのだ。

 因みにだが<占い師>は0~Ⅹまでの十一種しか無いが、最上位職になれば0~ⅩⅩⅠまでの二十二種に増える。


 思った通り<STR>が上昇した俺は『スピードランページ』を発動させ、亀竜の足元へと突っ込んだ。

 亀竜は俺を踏み潰そうと右前脚を上げる。


「タスク兄、避けて!」

「すまん、カトル。却下だ!!」


 俺は逃げん!!


 踏み下ろしてくる右前脚の真下で『スピードランページ』をキャンセルさせた俺は、腰を落とし真上に大盾を構えて『シールドバッシュ』を発動させてパリィする。

 少し浮き上がった亀竜の右前脚をすかさず『インパクト』で更に弾き上げ『パワーバッシュ』でぶん殴った後、俺は大声でとある人物を呼んだ。


「ヴィクトリアアアアッ!!」

「ええ。わかってますわ」


 既にヴィクトリアは亀竜の足元に立っており、黒いドレスを翻しながら『マグナム・メドゥラ』を発動させた右拳を左前脚に叩き込む。

 俺の『パワーバッシュ』で右前脚を、ヴィクトリアの『マグナム・メドゥラ』で左前脚を吹っ飛ばされた亀竜は立っていられる訳も無くゆっくりと崩れ落ちた。



 キモチ良ィイイイ!


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