百五話:VSエリザベート

 


 長く伸びた廊下を進む。

 既に半分ほど日が落ちているという事もあり城内は薄暗く、壁に付いているキャンドルスタンドに灯る火だけが廊下を照らしている。


「こっちです」


 内部構造を知っているヘンリーは俺たちの前を走り、真祖の居る謁見の間まで先導してくれていた。

 そんな中、ヴィクトリアは浮かない顔をして走っている。

 恐らく先ほどのランパートの言葉、そしてエリザベートの言葉が気がかりなのだろう。


「大丈夫か?」

「ええ。問題ありませんわ」


 そうは言うものの、表情は一向に晴れない。


 うーん、これは……。

 気持ちはわからんでもないが、さすがにこのままの状態で真祖と戦うのはマズい。

 かといって今、俺が声を掛けた所で届きはしないだろう。


 どうしようかと考えているとヘススが口を開いた。


「主の兄は不憫であるな」

「どういう意味ですの?」


 ヴィクトリアがヘススを睨む。


「そのままの意味である。拙僧は主の兄が、主の事を何があったとしても守ろうと覚悟を決めていたように思えた。その守ろうとした当人である主がその程度の覚悟で危険のある怨敵と戦おうとしているなど、拙僧には不憫としか思えないのである」

「守る?覚悟?何を仰ってますの?」

「拙僧がグランツメア王国を尋ねた時に聞いた事であるが、主の兄は、幼い主を追放した後も、主に護衛を付け、動向を監視し、拙僧らと出会った後の事すらも知っていたのである」

「ッ!ですが、それなら私は何故王国を……私の居場所を追われる必要があったんですの?」

「主を守ろうとした結果である。あのまま主がグランツメア王国に残れば、母の犯した罪の代償として、主に白羽の矢が立つ事は明白。それを恐れた主の兄は追放という形で主を逃がす事を選んだ。何としても主には生きていてほしかったのである」

「そんな……お兄様は……私が混じり物だからと……」


 恐らく、幼かったヴィクトリアは誤認していたのだろうな。

 追放された意味を。


 (軽蔑いたしましたか?私は混じり物ですの)


 以前、ヴィクトリアが言っていた言葉。

 半分は母と同じ魔人種だから義兄たちからは軽蔑され、気味悪がられ、叩き出すように追放された。

 そう思っていたのだろう。

 だからこそ、ランパートたちに会いづらかったのだとすれば全て合点がいく。


 すっかり黙り込んでしまったヴィクトリアにヘススは続ける。


「全て事実である。それでも主は下を向くのであるか?」

「……」

「前を向けヴィクトリア。主にはまだやる事があるのだろう?以前、拙僧らの前で公言していたのである」

「……そうですわね。ヘスス様、ありがとうございます。私、自分自身を見失っていました。私はまだアイツを殺していませんでしたわ」


 そう言って顔を上げたヴィクトリアの表情に迷いは見られなかった。

 俺が安堵していると、先ほどまでヴィクトリアの隣を走っていたヘススは俺の横に来て、突然謝りだす。


「すまなかった」

「ん?何が?」

「主が“当人同士のほうがいい”と言っていたのである」

「ああー、それ。気にすんな。というか逆に言った方が良かったまである。ありがとな」


 軽くヘススの肩をポンポンと叩く。

 それと同時に前を走っていたヘンリーが足を止めた。

 俺たちも足を止め、ヘンリーの視線の先を見る。

 そこには、綺麗な模様の彫り込まれた大きな両開きの扉があった。


「あそこです」


 ヘンリーが小声で俺たちに伝えてくる。


 俺は扉に触れ、力を籠める。




 ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼




 少し時は遡り――。


「オホホ。あの子、大丈夫かしら?」

「危なくなれば我が輩らが手を出せばいいだろう」


 コリントとヴノの視線の先。

 そこには地面に片膝を付いたランパートの姿があった。

 ランパートは額からは血を流し、エリザベートを見上げている。


「コリント魔皇帝、ヴノ魔皇帝、我々兄弟の我儘を聞いて頂き誠にありがとうございます」

「オホホ。気にしなくていいわ」

「コリントの言う通りだ」

「ランパート兄様が危なくなった時はお願いします。その、私は戦いには向いていないので……」

「オホホ。わらわに任せなさいな」

「任せろ」


 クラリスがランパートとエリザベートの方に視線を向ける。

 すると、丁度立ち上がったランパートが片手剣と小盾をそれぞれの手に持ちエリザベートの方へと駆け出したところだった。

 エリザベートはランパートの繰り出す<剣術>スキルを難なく躱す。


「何故だ!答えろ、“エリザベート”!刺客であると知っていながらお父様は説得しようとしていた!それなのに何故、お父様を殺したんだ!」


 叫ぶように問いかけるランパートに向けてエリザベートが蹴りを放つ。

 それをランパートは何とか小盾で防いだが数メートル後方に吹っ飛ばされた。


「私はヨハンが嫌いだったの。だから殺しただけよ」


 エリザベートの返答を聞いたランパートがギリィと歯を食いしばり距離を詰める。

 そのままの勢いで<剣術>スキルを繰り出しながら、再度問いかけた。


「お父様に向けていたあの笑顔は全て偽りだったのか!」

「そうよ」

「ヴィクトリアに向けていた笑顔は偽りだったのか!」

「そうよ」

「家族みんなで過ごした時間は偽りだったのか!」

「そうよ」


 その言葉を聞いたランパートは距離をとる。


「……。手加減する必要はなさそうだ」


 ランパートは手に持っていた片手剣を魔法鞄に仕舞う。

 そして、エリザベートに向け盾を持っていない方の片手を突き出した。


 <聖属性魔法>『ホーリーショット』:強力な光の球を放つ。


 ――発動、複数の光の球がエリザベートを襲う。


 咄嗟に躱したエリザベートだが、『ランページ』を発動させ一気に距離を詰めていたランパートがすかさずエリザベートの瞳の前に手を翳し『フラッシュ』を発動させた。


 目が眩むエリザベート。

 そこへ追撃の『ホーリーアロウ』を放つランパート。


 <聖属性魔法>スキル『ホーリーアロウ』:鋭く強力な光の矢を飛ばす。


「ほほう。上手いな」

「オホホ。あの子の職は騎士かしら?それとも魔法使いかしら?」

「ランパート兄様の職は<騎士>です。しかし、お父様の<聖属性魔法>を遺伝しています」


 三人が話す中、『ホーリーアロウ』が直撃したエリザベートは立ち上がる。

 その顔からは先程までの余裕の表情は消えていた。


「小癪な。あいつと同じ魔法を使うのか。忌々しい」


 刹那、エリザベートの背後に回り込んでいたランパートは『ランページ』を発動させ、衝突し吹っ飛ばしながら言う。


「おい。女口調はどうしたんだ?化けの皮が剥がれてるぞ?。……いや、レオン・ハートヴィル」

「ッ!?」


 明らかに動揺の色を見せるエリザベート?。


「僕が気付いてないとでも思っていたのか間抜け。僕は“お前”を一度も“エリザベート”とは呼んでいない!!幾度かエリザベートと呼んだのは、お前の中に居るエリザベートに向けての言葉だけだ!それをお前ごときが答えるなッ!!」


 言葉と同時にランパートは手を空に翳す。


 <聖属性魔法>スキル『ホーリーレイ』:光の範囲攻撃。


 ――発動、光の柱が降り注ぎ、エリザベート?を直撃する。


「グアアアアア!」

「その顔で、その声で、その体で、醜い悲鳴を上げるな。返してもらうぞ、レオン・ハートヴィル。その人は僕の大事な妹の母親だ」

「……クソッ!」


 顔を顰めて逃走を図るエリザベート?。

 しかし――。



 突如として、エリザベート?はその足を止め、その場に倒れた。


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