九十七話:戦いの幕開け



 俺たちは次の交代時間まで観光することにした。

 案内してもらったのは、フェイが以前住んでいた屋敷の近くの海岸沿い。

 綺麗な海の中にダンジョンが見えると言っていたので見てみたくなったのだ。

 

 その時。

 地面が揺れ、轟音が鳴り響いた。


「二人共、怪我はないデスか?」

「だいじょーぶ」

「俺も大丈夫。ありがと。……!?」


 音が聞こえたフェイは俺とポルを庇うように立ち、守ってくれていた。

 お礼を言いながらフェイの顔を見ると、今までに見た事がない程、怒りの感情を露にして海の方を睨みつけている。

 フェイが視線を向けている方を見ると、目の前に広がる海の向こうから大きな船が三隻、港の方へと近付いて来ているのが見えた。


 船が一瞬キラッと光る。

 すると、船から光の球?のような物が街の方へとに飛んでいき、二度目の轟音を響かせた。


 敵襲!?

 タスク兄から来るかもしれないとは聞いていたけど本当に来た。

 

「フェイ、ポル!急いでタスク兄に知らせに行くぞ!」


 俺の言葉にポルが頷く。

 だが、フェイは首を横に振った。


「二人で行ってきてくだサイ」

「はあ!?なんで!?」

「ワタシは港に行きマス」

「危険だっ!タスク兄に怒られるぞ!?」

「それでも……、ワタシは行きマス」


 その時のフェイの顔は真剣そのものだった。

 どうしようかと考えていると、ポルが俺の後ろからフェイに言葉をかける。

 

「それなら私たちもいっしょにいかないとだねー」

「エ?」

「だってさー、フェイだけだと敵たおせないでしょー?」

「そうデスけど……。ワタシだけでも街のみんなが逃げる隙くらい作れマス」

「うーん。それだと私はフェイがしんぱいかなー。カトルもそうだよねー?」

「そうだな!あー、もう!三人で一緒に帰ってみんなで怒られようぜ!」

「きーまり!フェイ、港まであんないしてー?」

「……ハイ!」


 俺たちは光の球?を放ちながら、徐々に近付いてくる船を横目に海岸沿いを走る。


 そして俺たちがもう少しで到着するという時、既に到着していた船からは次々と小綺麗な祭服を纏った人種たちが飛び下りていた。

 その下では人種と魔人種の戦闘が繰り広げられている。


 初めての戦場――。

 綺麗に舗装された地面には鮮血が飛び散り、所々からは悲鳴が聞こえる。


 今まで人を相手に本気で戦ったことは無い。

 それに加えて乱戦なんだ。

 全方向に注意を向けなければならない。

 そんな状態で指示が出せるのだろうか。

 不安だな。

 

 様々な思考が俺の頭の中を駆け巡る。


 不意に、俺の視界がフェイの手を捉えた。

 わずかに震えている。

 

 そっか。

 怖いのか。

 当然だ。


 以前、父親が目の前で人種に殺されたと聞いた。

 それでも人種である俺たちと仲良くしてくれている。


 ……俺が不安になってちゃダメ、だよな。


 俺はフェイの手を握った。

 同時に、俺の隣を走っていたポルもフェイの手を握る。

 どうやら考えてる事は同じだったようだ。


「「大丈夫!」」

「俺がついてる!」

「私がついてるよ」

「……ありがとう、ございマス」


 前を走るフェイは振り返らずに、小さな声で呟いた。

 俺は両手で自分の顔をパンパンと叩き、気を引き締める。


「ポル、デスビィ呼んで」

「ほーい。おいでっ!デスビィくん!」


 『眷属召喚』を発動させた瞬間、俺とポルの背後から翅音が聞こえる。

 

「フェイ、ポル、デスビィ、戦闘準備!」

「ハイ!」

「りょーかい」

「行くぞー!」

 

 港の近くまで来た俺たちは敵の居るであろう方へと駆け出す。

 すると、乱戦になっている場所から少し離れた場所で祭服を着た三人の男を見つけた。


 フェイが『ナイトハウル』を三人の男に向けて発動させる。

 すると、三人の男はこちらを向き、驚きの表情で声を上げた。


「え!?子供?」

「馬鹿!それより上!魔物だ!」

「こいつ、テイマーか!」


 三人の男が武器を構える。

 剣が二人に槍が一人か。

 

「フェイ、前進!デスビィが槍使いを!ポルは剣士二人!」


 俺の言葉で二人と一匹が同時に行動を起こす。


 フェイは『ランページ』を発動させ、三人の男と距離を詰める。

 三人の男は武器を振りフェイの突進を止めようとするが、ミスリル製のバックラーと三人の武器が衝突した瞬間、剣は弾かれ、槍の柄が折れ曲がった。

 それと同時に、ポルが『斬』で剣を持っていた二人の両脚を糸で切り裂き、デスビィが<飛針>で槍を持っていた男の腹部に針を突き刺す。


「「「ぐあああああ」」」

「私はテイマーじゃなくて、虫遣いだよー」


 そう言いながら倒れている三人の首にポルが糸を巻き付ける。


「待ってくだサイ!」

「んー?」

「殺しちゃダメデス」

「でも、殺さないと殺されちゃうってダリオスが言ってたよー?」


 俺もそう教わった。

 生まれた時から旅をしていた俺たちは、襲ってきた賊を両親が殺している所を何度も見た事がある。

 だから敵を殺すことには何の抵抗もない。


「でも、タスクサンは無駄な殺生は好きじゃないって言ってマシた。だから、ダメデス」

「うーん……。フェイが言うならそーする。だけど――」

「「「ぐあっ!」」」


 ポルは首から糸を離すと『斬』で三人の足を切る。

 死にはしないが、あの傷ではもう立ち上がれないだろう。

 

「――フェイのおとーさんを殺した人たちを、私はぜったいに許さない」

「……気付いてたんデスか?」

「さっき船みてたとき、すごい顔してたよー?ねっ、カトル?」

「そうだな。って話は後だ!構えろ!」


 悲鳴を聞いて駆け付けたのか、六人の男たちがこちらに向かって走ってくる。


 剣が二人、弓が一人、杖が二人、槍が一人。

 立ち位置的に杖を持っている二人のうち一人は魔法使いか。


「フェイは近接四人を抑えてくれ。デスビィ、ポルは後衛二人を片付けろ!」

「ハイ!」

「ほーい」


 フェイは『ナイトハウル』を発動させた後、一気に距離を詰めた。

 六人とも視界に入っていたようで、攻撃が全てフェイに集中する。


「ガキが調子に乗ってんじゃねえぞ!オラァ!」


 ヘイトを操作された事がイラついたのか後衛の魔法使い『ファイアアロウ』を飛ばしながら叫ぶ。


「あぶねえだろうが!お前は虫でも燃やしてろ」

「やろうとしてる!だが、なんでか出来ねーんだよ!そのガキが何かしてやがるんだ」


 この人たちはタンクのスキルも知らないのか。

 とは言ってもタスク兄に教わるまで俺も知らなかったけど。

 でも、再確認できる。

 タンクが居るだけでこんなに頼もしいものなのかと。


「「ぐああっ!」」


 魔法使いの脚にデスビィの<飛針>が突き刺さり、ポルの糸が弓使いの腕を切り裂く。

 

「クソ!なんでこのガキから目が離せないんだ!」

「フェイがオジサンより強いからだよ」

 

 そう言って、俺は『パワーアックス』を発動させ短斧を腕を目がけて振り下ろす。

 あっ、という間に六人を倒した俺たちは、殺さないように敵を倒しながら乱戦になっている場所へと徐々に近付いて行く。


 その時だった――。


 体が震え、脂汗が止まらない。

 自分の奥歯がガチガチと音を立てて鳴る音が聞こえる。

 なんだ“アレ”は。


 空を四足で掛け、大きな翼を羽ばたかせながら走ってくる。

 黒い魔素を振りまきながら、ソレは俺たちの前に降り立った。

 それと同時に先程までの喧騒がやみ、辺りは静まり返る。

 よく見れば、人種の殆どはカタカタと震えており、中には失神する者まで居た。


 すると、降り立ったソレは言葉を発する。


「粘体の娘、たしかフェイだったか」

「ハイ!お久しぶりデス!」


 え、フェイの知り合いなの?

 すっごい怖い……。

 気を抜くと失神しそう。


「ここで何をしてるんだ?」

「戦ってマス!」

「カカカ。相変わらず勇敢なんだな。それで、ソコの人種の小僧と小娘はなんだ?人質か?」

「違いマス!クランの仲間デス!」

「ほほう。こんな小僧と小娘がなあ」

「小娘じゃない!ポル!」

「カカカ。威勢がいいなあ。我が輩はヴノ・ツー・グリフォールだ」


 !!?

 ヴノ・ツー・グリフォールってマグニゲイル魔帝国の皇帝様の名前だったはず。

 なんでこんな所にいるの?


「そっちの小僧は?」

「は、はい!カトルです!」

「うむ。カトル、ポル、フェイ。ここから先は我が輩たちが片付ける。戻って良いぞ」

「たちデスか?」


 フェイがヴノにそう問いかけた瞬間、俺たちが居る場所とは反対側で物凄い悲鳴が上がる。



 それと同時に「オホホホホ」という不気味な笑い声が響いた。


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