雑話:ドーサ



 二十七年前――。


 とある小さな村で“ドーサ”という子が農家の長男として生まれた。

 ドーサは体格に恵まれ十歳を迎える頃には父親の身長を追い越し、未だ成長を続けている。

 それとは対照的に幼い頃から頭を使う事は苦手で、神殿で教わるはずの読み書きの勉強すらサボり、森で小さな魔物を追いかけ回していた。

 そんなドーサは、毎年村で行われている力比べで異常とも呼べる才能を発揮する。


 力比べとは、十歳になり、戦闘職の天啓を授かった子供たちに自信を持たせるため行われる村の催しである。

 選手になった者は広場に集まって好きな相手と組み合い、相手を転ばせた方の勝ちという至ってシンプルなルールだ。

 もちろん、大人たちは本気で戦う訳ではなく、わざと負けてあげたり、良い勝負を装い勝利したりと一種の通過儀礼のようなものとなっている。

 なので、優勝者が子供になるよう、大人たちの間で調整されていた。

 子供たちもそのことには薄々気付いており、楽しむ事を優先する子供が殆どなのである。


 だが、ドーサだけは違った。

 ドーサだけは本気で勝ちを狙いにいっていたのだ。

 

 そんなドーサの初戦の相手は、同じ農家でよく家に遊びに来る喜作なおじさん。

 体を動かす事が好きだと知っていた喜作おじさんは、存分に楽しませてあげようとして、開始の合図と同時にドーサに組み付き、わざと隙を作る。

 しかし、ドーサはその隙など関係なく投げ飛ばした。


 その光景を見た観客たちは「情けないぞー」や「もっと頑張れよー」などの明るい罵声を喜作おじさんに向けて飛ばしていたが、その声は届いておらず一筋の汗を流しながら驚きの表情を浮かべる。

 それ対してドーサは勝利したにも拘わらず、不満げな表情を浮かべていた。


 その後の二回戦も難なく勝利を飾るがドーサの表情は一向に晴れない。

 三回戦も終わり、丁度休憩にさしかかった時、大人たちが集まり緊急で会議が行われた。

 というのも、三回戦でドーサを負かす予定だった大人が負けてしまったのだ。

 最初は皆、ドーサに負けた大人が忘れていたのかと思い、話を振っていたが彼の言い分は違った。


「最初は普通に拮抗させて、少ししたら勝つつもりだったよ。子供相手に拮抗するには手を抜かなければならない。だが、そこをドーサは的確かつ豪快に狙ってきたんだ。まるで本気で獲物を狩る時の様にな。その勢いに負け、バランスを崩し、立て直そうと本気で力を入れたがそれでも押し切られたんだ」


 そう言い放ったのだ。

 

 大人たちは気付いていなかった。

 ドーサは既に村の大人たちすらも凌駕していたという事を。

 そして、知らなかったのだ。 

 ドーサが上位職の<拳闘士ファイター>であるという事を。


 本来、この力比べはドーサのような力自慢の子供ではなく、少し気の小さな子供を優勝させて、少しでも自信を持たせてあげようという催しなのである。 

 このままドーサが勝ち上がるのは、大人たちとしてはあまり喜ばしいものではない。

 話し合いの結果、次にドーサと当たる者は油断なく、怪我をさせない程度に力を使って倒すという事となった。

 この会議にはドーサの父親も参加しており、自身の息子が大人たちからそこまで言われる程の力があるのかと驚きながらも納得する。


 休憩も終わり、迎えた四戦目――。


 結果はドーサの圧勝。

 数秒と持たなかった。

 このままではマズいと考えた大人たちは、村で一番強い者をドーサに当てる事にする。


 そして、迎えた五戦目――。

 

 その試合は、今日行われたどの試合よりも長引いた。

 村で一番強い大人の全力を相手に一歩も引かず、拮抗するドーサ。

 周囲からは「本気か?」や「嘘だろ……」という声が小さく響いていた。


 数分後、ドーサが倒れる。

 その隣では、村で一番強い大人が肩で息をしていた。


 一時の静寂が流れる。

 皆一様に、どのような反応をすればいいのか分からないような表情をしていたその時。


「アハハハハハ!!」


 ドーサの笑い声が響いた。

 先ほどまでの不満げな表情が嘘だったかのように消え、満面の笑みを浮かべながら観客席に座る。

 それを見た大人たちは唖然としていたが、そんなことは気にも留めずにドーサは満足げに次の試合を眺めていた。

 その後、喧噪を取り戻した力比べは例年通り、気の小さな子供が優勝して幕を下ろした。



 

 それから年月が流れ――。




 二十歳になったドーサは、常にイライラした雰囲気を醸し出しながら毎日を送っていた。

 というのも“力を振るう機会がなくなった”というのが理由である。

 数年前から村人は勿論の事、近くの森に棲む魔物ですらドーサの足元にも及ばない程、ステータスに差が生まれていた。


 それもそのはず。

 ドーサは憂さ晴らしに魔物を殺していたのだ。


 レベルの上がった上位職相手に、下位職である村人たちは逆立ちしても敵わない。

 レベルが上がる前は、イライラしたドーサと喧嘩になり、殴り合いをする者もいた。

 だが、今となってはドーサの存在が村人たちにとっては恐怖の対象でしかなく、口出しする者は誰も居ない。


 そして、二十歳になってから数日が経ったある日。

 ドーサは村を出る事を両親に話した。


 ドーサはこの家の長男で、跡継ぎ息子でもあったが、今のドーサに反対する気概は両親ですら持ち合わせていなかった。

 反対した所で、大して理解できない頭だとわかっている。

 それになにより、息子の持つ圧倒的な力にどこか怯えていたのだ。


 こうして誰にも咎めらる事無く村を出たドーサは、手当たり次第に喧嘩を吹っ掛けることにした。


 始めは村から町へ続く街道に出る、強いと噂になっていた魔物に喧嘩を吹っ掛ける。

 残念な事にその魔物は、森に棲む魔物より少し強い程度だった。


 次に喧嘩を吹っ掛けたのは馬車を襲っていた山賊。

 こちらも大した強さでは無く、決着はすぐに付いた。


 この時、初めてドーサは人を殺す事となる。

 それは偶然の一撃ではあったのだが、ドーサの拳が山賊の頭部に当たるや否や、口や鼻から血を吹き出し、糸が切れた操り人形のように倒れた。


「弱い。つまらない」


 そんなことを呟きながら、不満げな顔を浮かべるドーサ。

 人を殺してもなお、ドーサの心の中には相手が雑魚だった、という残念な気持ちしかなかったのだ。


 その後もドーサの蛮行は止まる事なく続く。


 街で偉そうにしていた破落戸や噂になっていた魔物、あげくの果てには強いと有名な冒険者にまで喧嘩を吹っ掛けて回った。

 その過程でドーサはこの満足がいかない心の隙間は、命を懸けたギリギリの殺し合いをすることで埋まるという事に気付く。


 だが、気付いた時には既にドーサは殺人犯というレッテルを貼られていた。

 というのも、ドーサは強いと有名な冒険者を殺してしまっていたのだ。

 それだけではない。

 一度、喧嘩の途中で兵士二人が止めに入って来た時、その兵士ごと相手を殺した。

 徐々に止まらなくなる強者を求めるという欲求は、ドーサを変えてしまったのだ。

 

「強い奴。どこだ」


 そんな事を呟きながらも放浪をしている最中、ドーサの目の前に奇妙な聖職者が現れた。



「強き者をお探しですかぁ?」


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