雑話:聖剣
「「海だあーーー!!」」
ジュラルダラン獣王国から帰って来た翌日。
俺たちは、使用人の三人を除く『侵犯の塔』のメンバーでシャンドラ王都から西に進んだ先にある港街モルガンナにやって来ていた。
何故、こんな所に来ているのかというとロマーナの研究にとある海藻を使うからという理由だ。
「なあ、本当に市販のやつじゃダメなのか?」
「ダメだ。干されていて使い物にならん。タスクのインベントリを使えば新鮮なまま持ち帰ることが出来るのだろう?」
「そうだが、必要な物なのか?」
「わたしが不要な物を欲しがるわけないだろう」
海藻を使うレシピとか知らないんだが。
深くため息をつく俺の服を、三人が目を輝かせながらクイクイっと引っ張る。
「ねえ、タスク兄!!泳いでいいの?」
「泳ぎたーい」
「タスク様!いいですよね?」
カトルとポル、そして何故か居るテアだ。
どこから聞きつけたんだよ。
モルガンナに行くって決まったのは今朝だぞ。
「絶対に危ない事はするなよ」
「「「はーい!」」」
なんにせよ海藻が必要なら海には入らないといけないんだしな。
てか、この世界でも水着とか売ってんのか?
IDO時代は防具屋で売ってたはずだが。
性能は……まあ、言うまでもないだろう。
ん?
待てよ。
防具と言えば。
「ゼムってさ、水着を作ったりするのか?」
「はあ?何でワシがそんなもん作らにゃならんのじゃ」
「ですよね」
ゼムが水着を作ってんのを想像しただけで笑いそうだ。
「水着を作ってるのは仕立屋ッスよ?未来じゃ水着も防具なんッスか?」
「まあ、防具屋が作ってたな」
「マジッスか!?布一枚でどうやって守るんッスか!?」
「原理はわからんが、強い水着もあったぞ」
「未来ってすごいッスね……」
嘘は言ってない。
課金アイテムを使えば見た目は水着、性能は鎧とかに出来たのだ。
「とりあえず、俺は行きたいところがあるから、少し別行動だ」
「何処へ行くのであるか?」
「埠頭だ」
「拙僧も行こう」
「ん?みんなと一緒に海に行ってていいぞ?すぐ合流するから」
「主と行くのである」
いつもならすぐ折れるのに、今日はえらく頑なだな。
「もしかして泳げないのか?」
「…………」
なんか言えよ。
「……私も泳げない。」
「アタシも水嫌いッス」
お前らなんで来たの?
仕方ない、海組と埠頭組で別れるか。
俺と一緒に埠頭に来る事になったのはミャオ、リヴィ、ヘスス、ヴィクトリアといつもの四人。
海に行くことになったのがフェイ、カトル、ポル、テア、ロマーナ、ゼムの六人だ。
「ゼム、そっちは任せたぞ」
「わかったわい」
二手に別れたあと、それぞれが逆の方向へと歩き出す。
十数分歩いていると、レンガ造りの大きな建物が見えてきた。
IDO時代と変わっていないのなら、この建物で船の手配が出来たはずだ。
扉を開けて中へと入ると、奥には受付が並んでおり、ロビーには船を待っている間、腰掛けておくためのベンチが設置されていた。
俺たちが受付の方へと向かうと、奥で座っていた女性が話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件ですか?」
「北の大陸に行きたいんだが」
俺の言葉に受付の女性は眉を顰める。
「推薦状はお持ちですか?」
「推薦状?」
「はい。現在、北の大陸に渡るための船を私共の判断だけでは出せない決まりなんです。しかし、ギルド本部や各国の王族が発行できる推薦状を持参いただけた場合のみ、北の大陸へと船を出すことが出来ます」
立ち寄って正解だったな。
IDO時代はクラン名声値が一定に達した状態で埠頭へ来ると、行先に北の大陸が追加されているという仕様になっていた。
だが、この世界にはクラン名声値なんてゲームシステムによって数値化されたものなんてない。
故に、別の何かが必要なんだろうとは思っていたが、なるほど、推薦状か。
都合がいい。
「推薦状は一枚あれば良いのか?」
「はい。ですが、危険の多い航海をしたがる者は滅多に居ないので、推薦状があっても引き受けてもらえるかどうか……」
「数枚あれば、引き受けてもらえるかもって事か」
「そうとは言い切れませんが、前例はありますので可能性はあるかと」
前例ね。
だが、顔を見ればわかる。
前に渡ったってやつは戻ってこなかったんだろう。
「そっか。ありがと。じゃあ推薦状を持ってまた来る」
それだけ言い残して建物を後にする。
すると、出てすぐの所で一人の男が話しかけてきた。
「おい、小僧」
「あ?俺か?」
「そうだ。お前、北の大陸に行きたいとか言ってなかったか?」
「ああ」
「やめとけ。『聖剣』ですら帰ってこれなかった場所だぞ」
聖剣?
何それ?
俺が首を傾げていると驚いたような表情で男は口を開く。
「お前、冒険者じゃないのか?」
「冒険者だが」
「それなのに『聖剣』を知らないのか……」
え?
常識なの?
「お前らは知ってる?」
「さすがのアタシでも知ってるッスよ」
「……私も知ってる。」
「拙僧も聞いた事はある」
「存じ上げませんわ」
お、仲間がいた。
だけど、ヴィクトリア以外は知ってるのか。
「誰なのソレ?」
「誰っていうか、クラン名が『聖剣』なんッスよ。数年前までは『聖剣』以上のクランはないって言われてたくらい有名だったッスね」
「へえ」
「でも、もう解散してるッスけどね。主要メンバーのほとんどが北の大陸に渡って、戻ってこなかったらしいッス」
なるほど。
それが受付の女性が言っていた前例かな。
「その子の言う通りだ。クランマスターの“フレデリカ”という女は異常ともいえるほど強かった。それでも戻ってこなかったんだ」
「詳しいんだな。ファンか?」
「違う!俺も『聖剣』のクランメンバーだったんだ。だけど、マスターたちが帰ってこなかったことで『聖剣』は解散しちまった。それでも俺は、いつか帰ってくるんじゃないかって思って、ほぼ毎日ここに来てたんだ。そしたら北の大陸に行きたいっていうお前たちの声が聞こえたから声をかけたんだ」
「なるほどな」
そのフレデリカという奴がどんだけ強かったのかは知らんが、十中八九死んでるだろうな。
未開拓地は最上位職レベルじゃないと生き残れない。
IDO時代には上位職で未開拓地に突っ込んでいく猛者たちも居たが、生き残れた数は相当少なかった。
「だから、もうあんな大陸に近付こうと思わない方がいい。人の身でどうこうできる場所じゃないんだ」
「ご忠告どうも」
「気にするな。命は無駄にするもんじゃないぞ」
そう言って男は手を挙げて、建物の中へと入っていく。
俺たちもゼムたちと合流するために海沿いを歩きだした。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
――北の大陸、未開拓地内部。
日の光も差し込まないほど木々が茂る中で動く、巨大な影と小さな影があった。
「ね、パパ」
「ナンダ?」
「ママって強いだったの?」
「ソウダナ。ニンゲンノナカデハ、ツヨカッタンジャナイカ?」
「そか!それなら俺様も強いなれるだよね?」
「マタ、コトバガ、ヘンダゾ」
「言葉難しいだね」
「ユックリ、オボエテイケバイイ」
「そうする!ママ喜ぶくれるかな?」
「ソウダナ。キット、ヨロコブ」
巨大な影の腹部に小さな影はよじ登る。
「ママ、俺様、言葉覚える。早く喋るしたい」
「
「そか!ならパパたくさん喋るする」
「イイゾ」
真っ暗闇の中、二人分の話し声だけが響いていた。
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