七十七話:才能の片鱗
「カトル!?フェイ!?」
二人に駆け寄ろうとするが一歩も動けない。
後ろを振り返ると、私の背中を掴むデスビィくんの姿があった。
「離して?」
必死に首を横に振るデスビィくん。
同時に、私の正面から轟音が響いた。
それが蛙の破裂した音であることは想像に難くない。
「離して!!!」
私が睨みつけながら怒鳴っても、決して離そうとしないデスビィくんの口からは青い血が流れだしていた――。
契約した魔物というのは、契約者の命令に従わなかった場合、ダメージを負う。
それでもポルの言葉を聞かずに止めようとしているのは、契約者であるポルが死ねば自分自身も死んでしまうからである。
だからこそ、魔物は死にそうな者とは決して契約をしない。
契約者を選ぶのだ。
生きている魔物の感情。
ゲーム時代では『運』で片付けられていたもの。
魔物に感情など存在していないゲームでは、命令に従わない事など無かった。
故に、デメリットの事はポルどころかタスクですら知らない。
――ボタボタと落ちる青い血。
訳が分からない。
デスビィくんは攻撃を受けたりしていない。
なら、なんで?
次第に翅の振動が弱弱しくなり、動きを止めるとデスビィくんはポトリと地面に倒れた。
急いでその場に膝を付き、デスビィくんの首元を撫でながら視線を正面に戻す。
しかし、毒々しい紫色の煙が充満しているだけで二人の姿は見えなかった。
どーすればいいんだろ……?
難易度四等級のダンジョンに一人きり。
徐々に不安と恐怖が押し寄せてくる。
そんな中、とある事に気付いた。
私の立っている場所まで煙が届いていないのだ。
デスビィくんが私を止めていなければ今頃、あの煙の中に居たのは確実だった。
助けられたんだ。
そう思うと少しずつだが冷静に頭が働き始め、一つの仮説が浮かんだ。
命令を聞かなかったら、この子は傷つくんじゃ?
それ以外にこの子が傷つく原因は無かったはず。
当たっているなら、私がこの子を傷付けたということだ。
それなのに……。
「ごめん。怒鳴っちゃって」
首部にある真っ白な毛を撫でながら謝る事しか今の私にはできない。
毎日、呼び出しては遊んでいた。
毎晩、呼び出しては添い寝をしていた。
今やデスビィくんは家族の一員だ。
そんな子を私は――。
『ズズズッ、ズズズッ、』
あのお腹を引き摺る音が通路の奥から聞こえた。
一気に私の背筋が凍る。
デスビィくんは倒れたまま動かない。
フェイとカトルは煙の中。
デスビィくんを送還し、震える足に力を籠めて立ち上がると音のする通路の奥へと体を向けた。
私が一人でやるしかない。
『ズズズッ、ズズズッ、』
徐々にその音は近づいてくる。
戦う覚悟を決め糸を垂らした、その時。
「ゴボォッ……」
私の背後から人が溺れているような声が聞こえた。
咄嗟に振り返った私の視界に映ったのは、カトルの上に覆いかぶさったフェイの姿だった。
先ほどまで充満していたはずの霧は跡形もなく消えており、それに気付いたフェイはきょろきょろと辺りを見渡す。
だが、その顔はいつものフェイではない。
口と鼻が
よく見てみると手に嵌めていたはずの皮手袋を投げ捨てており、
「フェイ……?」
呼びかけた私と目が合うフェイの顔には口と鼻が形成された。
「ハイ?」
そう言うとフェイの下でカトルが顔を真っ赤にしてベシベシとフェイの足を叩く。
ハッとした表情で手?を顔面から退けると、カトルは数度咽せた後に口を開いた。
「あー!死ぬかと思った!!」
「ごめんなサイ」
「いや、助かった!ありがとな!!」
二人を見ていた私の視界が歪む。
安堵したからか全身の力が抜け、目からは涙がぽろぽろと溢れ出てきた。
『シュッ』
刹那、風切り音が聞こえ後ろを振り向くと、細長い舌が伸びてきていた。
咄嗟に目を瞑りながら両腕を顔の前に出し防ごうとする。
視界が暗い中、いつまで経っても衝撃が来ることは無かった。
薄っすらと目を開けると、視界に入って来たのは私の前に立ち塞がるフェイ。
先ほど皮手袋と一緒にバックラーを外していたので、伸びてきた舌を生身で受け止めていたのだ。
フェイは『ナイトハウル』を発動するとバックラーを拾いあげ、腕に付けると口を開く。
「ワタシが相手デス」
凄いなあ、フェイ。
タスク兄にフェイとパーティを組んでほしいって言われた時は心から嬉しかった。
それと同時に自信がなかった。
私じゃ足を引っ張っちゃうんじゃないかって。
でも、タンクはフェイが良かった。
だから、タスク兄に聞いてデスビィくんを捕まえた。
それなのに私はデスビィくんを……。
でも、いつか。
いつかは、私も追いつくから。
待ってて。
フェイが駆け出すと同時にカトルが
「フェイ、ヘイト固定!ポル、戦闘準備!」
「ハイ!」
「……みんな、ごめん。デスビィくん、呼べない」
それだけカトルに伝えると、私は蛙の後方に向かって駆け出す。
一瞬驚いたような表情をしたカトルだが、すぐさま私に
「ポル、安全第一だ。距離をとって動、斬!」
「りょーかい」
言われた通り、安全第一で立ち回りながら戦い続けると、数分後にまた蛙は破裂した。
先程と同様に紫色の煙を撒き散らしたが、今回は誰も巻き込まれることは無く戦闘を終えることが出来た。
すると、カトルが近付いてきて口を開く。
「デスビィが呼び出せないってどういう事だ?蛙の破裂に巻き込まれたのか?」
「ううん。私が離してーって言って、離さなかったら血を吐いて倒れたの。二人の所に行こーとした私を止めてくれたのに。だから私のせい……」
「そっか。でもさ?それってポルを助けてくれたって事だろ?」
「うん……」
「ならさ!治ってからまた遊んであげないとな?タスク兄が言ってたじゃんか!デスビィは送還してたらどんな怪我でも治るんだって!だから大丈夫だっ!」
「そうデスね!それにワタシもまたデスビィと一緒に遊びたいデス」
フェイとカトルがニコッと笑う。
二人の言葉で少し気が軽くなった気がした。
二人の言う通り。
元気になったらたくさん謝ろう。
そして、たくさん遊んであげよう。
私の大事な家族なんだから。
「それはそうと、フェイ!あれはなんだよ?」
「アレって何デスか?」
「手の形が変わってたやつだよ!」
「口と鼻も無くなってたよ?」
「えっと。自分でもわからないんデス。ただ、守らないと!って思ったら出来マシた」
「まじかよ!すげえじゃん!使いこなしてタスク兄たちを驚かせようぜ!」
そう言いながら笑うカトル。
フェイも本気で練習してみよう、という気になっていたようだった。
だが、そんな和気藹々とした空気は徐々に崩れ去ることとなる。
その後も戦い続け、蛙を何匹破裂させたかわからなくなってきた頃、カトルが言った一言。
「なあ、花が寄生してるやつ見たか?」
私とフェイは首横に振る。
そう、花が寄生している状態の蛙をただの
そして、ただの蛙ですら一度も破裂させずに倒せていない。
ロマーナ曰く寄生花弁は、花が寄生している状態の蛙を破裂する前に倒さなければならない。
ただでさえ一日しか時間ないというのになかなか上手くいかない。
ダンジョン内は薄暗く、時間はわからないが既に昼時は過ぎた。
焦りの感情が徐々に私たちを蝕んでいた。
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