七十五話:最善の方法

 


「まさかとは思ったが……」


 お屋敷を見て、ロマーナさんはそんな言葉を漏らす。

 前に一度、ヘルカスさんと共に来た事があるという話を聞いていたので、行先を告げようとしたのだが告げる事が出来なかった。

 というのも、私やポルの身体を隅々まで調べたいとずっと言い寄られ続けていたのだ。


 門を潜り、アプローチを歩いていると、扉の前ではバトラさんが出迎えてくれていた。


「ゼム様、フェイ様、カトル様、ポル様。おかえりなさいませ。お食事のご用意が出来てございます」


 私はバトラさんにお礼を伝えてお屋敷に入ろうとした時、ロマーナさんが口を開く。


「……ロカ。まだ―――」

「お客様、初めまして。私はこの御屋敷の執事を務めております、バトラと申します。何か御座いましたら気軽にお申し付け下さいませ」


 言葉を遮り、一礼しながら自己紹介をする。

 一瞬、呆けた顔をしたロマーナさんは小さくフフッと笑うと口を開いた。


「初めまして。わたしはロマーナというものだ。迷惑をかけるつもりは無いが、よろしく頼むよ」


 会ったことがあるのに、どうして初めましてなんだろう?

 私にはわからなかったけど、二人が笑顔だったので気にしないことにした。


「それで、ミャオという人は何処に居るんだ?」

「こっちデス」


 私はロマーナさんを連れ、早速ミャオさんの部屋に向かいノックする。

 中から返事はなく、静かに開いた扉の先にはリヴィさんが立っていた。


「……フェイ?……と誰?」

「わたしはロマーナだ。キミがミャオ……では無いようだね。ただ、キミは疲労が溜まっているように見える。倒れて他人に迷惑を掛けるのは構わないが、わたしに迷惑を掛けるのだけはやめてくれよ」

「……え。」


 ロマーナさんはリヴィさんの肩に手をのせ、軽く横に退かしそのまま部屋の中へ入っていくと、ベッドの真横で立ち止まる。


「この子がミャオか」


 私も後をついて行き、ミャオさんの様子を見るが良くなっている様子は無く、寧ろ悪化しているように思えた。

 数分間、ミャオさんをジッと見つめたまま何も言わないロマーナさんの顔を覗き込むと、唇を噛み顎に向って一筋の血が流れていた。

 話しかけようか悩んでいるとロマーナさんは顔を上げ、ブツブツと呟き始める。


「ふざけるなよ……。わたしに不可能など無い。理論上、脳内ではどうやれば治るかまではわかっているのだ。なのに何故だ?何故この薬は完成しない?できないのか?いや、そんなことはないはずだ。誰かが、例えばわたしよりも上位の存在が意図的に邪魔しているとしか思えない。どうして邪魔をする必要がある?やはり調薬師ごときではスキルが足りていないのか?……だが職は変えられない。いや、アレがあれば調薬師のわたしでもなんとかなる。でもそれは現実的ではないな。第一、調薬師のわたしは戦えない。ならば別の方法……はないのか。くそ、くそ、くそ。わたしの知らない薬を……それこそ現実的じゃないな。考えろ。わたしに出来ない事は無い……」

「……ロマーナサン?」


 少し不安になり私が呼ぶと、ハッっとした表情で振り向く。

 ゴホンと咳払いをすると、先ほどまでの表情や独り言が嘘だったかのように平静を装う。


「そんなに心配せずともわたしが助ける。そのためには少し時間が掛かりそうだ。子供はもう寝たまえ」


 そう言われ、私たちは部屋を追い出された。

 まだ寝る時間には早すぎるくらいなのに。

 それでも、邪魔をする訳にもいかないのでリヴィさんとダイニングに降りると、アンさんとキラさんが顔を真っ赤にして怒号を飛ばす。


「リヴィ様っ!やっと降りてきたんですねっ!さぁ、ここに座って、ご飯を食べてくださいっ」

「帰って来てから寝てすらいないんですからぁ、食べ終わったら寝て下さいねぇ」

「……でも。」

「「でもじゃないですっ!」」


 姉妹から責められているリヴィさんを横目に、カトルとポルの元へと近付くとこちらも凄い勢いで質問が飛んでくる。


「ミャオ姉はどうだった!?」

「悪化しているように思えマス」

「ロマーナって人は何か言ってたか!?」

「時間が掛かると言ってマシた」

「どのくらい掛かんだよ!!!」

「カトル。フェイに当たらないのー」


 質問をしながら近付いて来るカトルをポルが引っ張って止めると、悪かったとだけ言いダイニングの椅子に座る。



 待っていること一時間ほど経った時、ダイニングの扉が開かれロマーナさんが入ってきた。

 そのままゼムさんの元へとまっすぐ向かい、手に握られていた一枚の紙を渡す。


「これが手に入れば何とかなる」


 その紙を読み進めていくのと同時に、ゼムさんの表情が険しくなっていくのがわかった。


「他の方法は無いのか?」

「現状ではそれが最善だろう。他の方法も幾つか試してはみたが全く効かなかった」

「あとどのくらい時間があるんじゃ?」

「恐らくあと三日といったところかな」


 それを聞いたゼムさんは少し迷いつつも椅子から立ち上がり、私たちの元へと近付いてくる。

 その手には先程、ロマーナさんに渡された紙が握られており、私たちにそれを渡しながら口を開く。


「今頼れるのはお前さんらしか居らん」


 真ん中に座っていたポルが紙を受け取り、私とカトルが覗き込むようにして書かれている文字を読み進めていく。

 幾つかは店で売られているような薬草類だったが、その中に一つだけ見た事も聞いた事も無いようなものが混ざっていた。

 それは『寄生花弁』と書かれており、その下には難易度四等級のダンジョンに棲む『破裂蛙バーストトード』という魔物が寄生花に寄生された状態、それも破裂する前に倒さなければドロップしないと書かれていた。


「邪魔じゃないならワシも行く」

「ゼム爺は、他の薬草を集めといて下さい!それに普段から練習してる三人の方が動きやすいですし!」

「……じゃあ私が行く。」

「嬢ちゃん。ワシと坊主の話を聞いとったか?」

「……でも。」

「リヴィ姉はゆっくり体を休めて、ミャオ姉の看病をお願いします!」

「……わかった。……ごめんね。」

「謝らないで下さいよ!俺たちもミャオ姉にはいつもお世話になってるんですから!それに、タスク兄たちに置いてかれるのも嫌なんで、ここらでやれるんだーってところを見せたいんですよ!!」


 ゼムさんやリヴィさんとのやり取りを、ロマーナさんは訝しげに見つめていた。

 その気持ちはわからなくもない。

 難易度四等級のダンジョンと言えば大人の冒険者でも行くのを躊躇うレベル。

 そんな場所に冒険者になりたての子供三人に行かせようとしているのだ。


 正直、私だって不安だし、相当怖い。


 現に、私たちが今まで行った中では難易度三等級のダンジョンが最高難易度だ。

 たった一つ、難易度が上がるだけ。

 されど一つ、難易度が上がるのだ。

 ゼムさんやリヴィさんがついて来てくれたら心強い。

 でも、カトルの言う事もわかる。

 うんうんと考えていた私の耳元でポルが囁く。


「がんばろーね」


 それだけで不安や恐怖が薄まった気がした。

 カトルとポルが一緒に居てくれる。

 それだけで不思議と行けそうな気がしてきた。


「頑張りマス!」



 普段、表情の変わらないポルが微笑んだ。


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