三十七話:天才の双子(上)
ミャオの先導で『怠惰と勤勉』内部を進んでいく。
奥に進むにつれ、徐々に嫌な臭いが漂ってきていた。
猫人族のミャオがどうなのかは分からないが、猫は人間より数十万倍ほど鼻が利くと聞いたことがある。
顔を顰めているあたり、相当キツいのだろう。
この臭いを俺は知っている。
この世界に来て、すぐに嗅いだ臭い。
……
自然とミャオの歩く速度が上がる。
俺の隣を歩いていたリヴィ・テア・フェイの三人も漂ってくる血の臭いに気が付いたのか、顔を青くしていた。
蟻の巣のようにクネクネと入り組んだ通路を進み、突き当たりを曲がった先、少し離れた位置に四つの人影が見える。
まだ年端もいかない子どもが二人、そして子ども二人の前に倒れ伏しピクリとも動かない大人二人。
パッと見ただけで俺は、子ども二人の前に倒れ伏した大人二人が既に死んでいるのであろう事が理解出来た。
何故か。
四人の周りに子分蟻が群がっていたからだ。
今にも襲いかかろうとしている子分蟻の群れから庇うように、子どもの一人がもう一人の子どもに覆い被さる。
その刹那、ミャオは駆け出した。
助ける気か? ……無理だ。
距離がありすぎる。
俺が手に持っているランプの魔道具から放たれる光でようやく四人の姿がうっすらと見えるほどの距離だ。
まあ、心の中では無理だ、何だと言いつつも体が勝手に動いちゃってるんですけどね……俺も。
あー、来なきゃ良かった。
目の前で子どもが殺されるのはちょっと……な。
若干の後悔をしつつも勝手に動く俺の足は止まらない。
顎をガチガチと鳴らしながら子ども二人に襲いかかった子分蟻を見て、「あ、もうダメだな」と思った――その時。
子ども二人が淡い光に包まれる。
どこかで見た覚えのある淡い光。
すると……子どもの一人、庇われていた方の子どもが立ち上がり、庇っていた子どもの前に立つと、大声で叫んだ。
「おねがいッ! たすけてッ!!」
大きな声にも拘わらず、スッと耳に入ってくる澄んだ声。
子どもの一人は、どうやら女の子だったようだ。
しかし、今は性別など……どうでもいい。
どうでもよくなってしまうような光景がそこにはあった。
女の子の叫び声と同時にミャオが足を止める。
俺も、リヴィも、テアも、フェイも、足を止めていた。
嘘……だろ? 何故、ここに居る? 何が起こっている?
足を止めた俺たちの視線の先、空中にヒビが入っていた。
そのヒビはガラスが割れたような『パリィン』という音を立てながら、空中にポッカリと虚空の穴を開ける。
刹那、その虚空の中から蠢き、空中を這うように伸びてきたヤツメウナギのような生物が、子どもたちに襲いかかった一匹の子分蟻の頭部を喰い千切る。
……間違いない……
IDO時代、『次元の間はどんな場所にでも繋がっている』という噂があったが……本当だったのか。
しかし何故、今出現したんだ? しかも、あの
額から溢れ出る汗を拭うために俺は首を傾けると、女の子らしき声をした子どもの後ろで、もう一人の子どもが手を上げたり下げたりとしているのが目に入った。
目を凝らし、よく見てみると、その子どもの動きに合わせて
あの後ろに居る子……<
じゃあ、<
あの
何だ? ……分からない。
分からないが…………面白いぞ! お前たち!!
――数分後。
その直後、子ども二人は糸が切れた人形のようにパタリと地面に倒れ、二人を包んでいた淡い光が消えていく。
ミャオ・リヴィ・フェイ・テアの四人はその光景の一部始終を肩を震わせながら真っ青な表情で見つめていた。
すると、我に返ったミャオが声を荒げる。
「な、何なんッスか!? 今の! 震えが止まんないんッスけど! あんな化け物が居るなら教えといて欲しいッス!」
「落ち着け。とりあえず、あの子たちを連れて一回出るぞ」
とは言ったものの、ミャオ・リヴィ・フェイ・テアの四人は未だに震えており、あの子たちを運ぶのは無理そうだ。
俺一人の<
俺は地面に倒れている子ども二人に近付き、手に持ったランプの魔道具で照らしてみると、「助けて」と叫んだのは赤髪ボブカットの女の子で、後ろで手を上下させていたのは黒髪短髪の男の子だ、ということがわかった。
身長は二人ともリヴィと同じくらいか。
これならいけそうだな。
俺は子ども二人を担ぎ上げると、後ろで見ていたミャオ・フェイ・フェイ・テアの四人の方へと歩いていく。
その後、来た道を戻り『怠惰と勤勉』を出て、すぐ近くにあった木の下に子ども二人をそっと寝かせた。
外に出てきた事で安堵したのか、ミャオ・リヴィ・フェイ・テアの四人の震えは止まり、話せるようになっていた。
「何だったッスか……あの化け物……」
「……怖かった。」
「わたくしも一緒に食べられてしまうかと思いました」
「ワタシもデス」
「食われたり、襲われたりしなくて良かったな。あれは
俺がそう言うと、四人は口をポカンと開け絶句していた。
難易度七等級とはいってもダンジョン内で出くわした事は無いし、実装されたという話も聞いていない。
そのうち、
「……うっ……うぅっ……」
四人が絶句し、辺りが静まり返っている中、目を覚ましたのか男の子の方が寝返りを打ちながら呻き声を上げる。
そしてゆっくりと目を開き、俺たちの姿を視界に入れた瞬間、男の子はガバッと勢い良く上体を起こしながら叫んだ。
「ポルッ!!」
起き上がった男の子はキョロキョロと辺りを見渡し、隣で寝かされた女の子が目に入ると、瞳に涙を溜めて潤ませる。
そこへ俺たちが近付いて行くと、男の子は頭を下げた。
「助けていただきありがとうございます」
「俺たちは何もしてねえぞ? ここまで運んできただけだ」
「え?」
「ん?」
いまいち状況が飲み込めていない男の子に、先程俺たちが見た事を一から全て説明していくと驚愕していた。
男の子曰く、無我夢中で何も覚えていないとの事だ。
俺と男の子が話していると、隣で女の子が起き上がる。
「……カトルー?」
起き上がった女の子は、男の子が起きた時と同じようにキョロキョロと辺り見渡し、男の子が目に入った瞬間、泣く。
よくよく見てみると、二人はどこか似ていた。
髪色は違うが、瞳の色が茶色で整った顔立ちをしている。
「あのー。助けてくれて、ありがとう?」
ニュアンスは違うが、同じことを言ってきた。
言動といい、見た目といい、こいつら双子だろうな。
どうやら女の子の方もあまり覚えていない様子だったので、俺はもう一度、男の子にした話と同じ話を女の子にした後、俺たちの自己紹介をした。
「俺はカトルって言います!」
「私、ポル」
「ん。カトルとポルな。二人とも職は?」
「
「
は? じゃあ、さっきのは何だったんだよ。
確実にスキル使ってただろ。
……って言っても、嘘ついてる様子は無いしな。
うーん、とりあえず保留。
「何で、ダンジョン内に居たんだ?
「大丈夫ですよ。慣れてますから」
「は? 慣れてるだと?」
「はい。ダリオスとレトナに良く連れて行かれてたんです。お前たちも冒険者になるんだから経験積んどけー! って」
「ダリオス? レトナ?」
「あ、俺たちの父と母です」
それじゃあ、あそこで死んでたのって……。
うーん……どうしよう。
伝えといた方がいいよな。
「なるほどな。それで、言いにくいんだが――」
「父と母の事ですか?」
俺の言葉を遮るようにカトルが口を開く。
「そうだ」
「知ってます。ちゃんと、見てましたから」
「私も見てた」
「そうか……。それで? これからどうするんだ?」
カトルとポルは俺の質問に顔を見合わせる。
すると同じタイミングで頷き、俺の方に向き直った。
「神殿で天啓を授かって冒険者になろうと思います。頑張って、二人で生きていきます」
ん? 待てよ? 天啓で思い出したけど、さっき二人を包み込んでた光って――。
「なあ。お前らさ、ちょっとステータス見てみ?」
俺がそう言うと、カトルとポルは不思議そうに首を傾げた後、ステータスウィンドウを見て「えっ」と声を漏らす。
「職が変わってました」
「私も変わってたよ」
「やっぱりか。さっきも言ったけど、ダンジョンの中でお前らの体が光ってるの見たから、多分その時じゃないか?」
カトルとポルはその時の事を全然覚えていなかったので、腑に落ちないといった表情を浮かべていた。
すると何かを思い出したかのようにポルは口を開く。
「あっ、タスクさん。
「知らんな。何でだ?」
「私の職のとこに虫遣いって書いてるからー」
「あ、俺もなんか指揮官って職業になってるんですけど、タスクさんは何か知ってますか?」
「いや、知らん」
マジで知らん。
けど――。
お前ら……面白すぎるだろ!!
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