第138話 強くなるウサギ
夜、お風呂上がりで自室のベッドに顔を突っ込んだ状態で固まる。
憂鬱だ。
夜だからではないし、ゲーム内で嫌なことがあった訳でもない。
原因は学校だ。
別にいじめられてるとかではないが、夏休みが終わってしまうというのはどうしても憂鬱になる。今日が土曜日だから明日が最後の休みで、明後日の月曜日が夏休み明け初登校日となる。
夏休みの間に性別が変わってしまったし、単純に学校に行くのが面倒だ。あと動かな過ぎて筋肉が死んでそうなのも辛い。
しかし、こうしてうだうだ言っていても時間は巻き戻せないし、学校に隕石が降って来たりすることもない。流れていく時間を見送り、刻一刻と迫る登校日という現実を甘受する他ないのだ。
「行きたくないー……」
あと一日、FFにログインしていればイベント中の時間加速設定で二倍だからほぼ二日。せめて最後の休みを楽しもう。
『Fictive Faerieへようこそ』
目を開くと見える景色は錬金ラボの天井。ハンモックから降りると机の上にいたうさ丸が飛びついてくる。
今後の細かい予定はないが、大まかな予定はある。チェーンソーを作ったことで0まで戻った経験値を取り戻す。
そして経験値が戻ったらまたチェーンソーにつぎ込む。まだ一号と同じ性能になってないし、さらに強化もしたい。具体的な強化案は攻撃力以外のステータスの増幅とスキルの付与。
武器として存在するゴーレムには武器としてのスキルを付与できたりする。『物理攻撃強化』とか『物理バリア展開』、『魔法属性付与:雷』などがある。今のは一例であって物理だけでなく魔法の攻撃力強化やバリア展開もあるし、属性も雷だけではない。
ただでさえ強いチェーンソーをさらに強化できるとなると楽しみだし、それを僕が好きに扱えるというのを想像するだけで心が躍る。それはもう心が勝手にタップダンスするくらいには踊る。
「にへへ。行くようさ丸」
今日はうさ丸を連れて行こう。僕が弱くなったこともあって一人だとある程度手順を踏まないと普通に死ぬ。最初はルグレ付近で狩りをするから、ついでだけどうさ丸の強化計画もそろそろ一歩を踏み出そう。
一人でルグレの街中を歩くのは久しぶりだからか、視線がいつもより多い気がする。最近始めた人とかもたくさん居るのだろう。最近はルグレに来ることがあまりなかったし、アイテムを買いに雑貨屋ぐれ~ぷまで行くにしてもクランハウスの一部だから外に出なくても来れたから本当に全然ルグレに来てない。
最初の方に使える素材がないか露店を見る癖がついてしまったが、それはまだ消えてないようで意識せずに大通りに並ぶ露店を見て、面白そうな物がないか探しながら進んでいく。
まあ当然と言えば当然だが、特に何もない。そいうのがあるとしても、もう少し先の街でだろう。初期の街にはないと思う。
「よし。うさ丸、戦える?」
「キュイッ!」
草原に着き、うさ丸を頭から降ろして準備は良いか聞くと元気な鳴き声が返ってくる。
うさ丸に同族のウサギと戦わせるのは酷かもしれないけど、おそらくこの世界で最弱のモンスターはウサギだ。そのウサギであるうさ丸は弱い。
同族だろうが倒して経験値を得なければうさ丸いつまでも弱いままなのだ。少し無理してもらって戦える強さを手に入れれば同族を倒す必要はなくなるし、それまでの間は我慢してもらおう。
「よし、なんかよく分からないけど攻撃!」
実は一度もうさ丸を戦闘に出したことがないから何ができるのかを知らない。スキルとかも覚えてないし。
いい加減な指示でも意思は伝わったのか、うさ丸は視線の先に居たウサギへ近づいて体当たりをした。ウサギがじゃれ合う可愛い絵面、かと思ったら連続して体当たりをして攻撃目標のウサギを倒した。
「偉いねー」
敵に隙を与えないその戦法は褒めるべきだ。
相手がウサギだからなんとか通用するだけだし、このうさ丸がちゃんと戦えるようになっている場面が想像できないのを考えると不安は多いが。
弱い分レベルアップに必要な経験値が少ないのか、うさ丸のステータスを確認するとレベルが上がっている。ステータスポイントの分配は僕ができるようなので、とりあえずSTRとAGIに振っておく。
エニグマが「現実と違って力の強さなどの由来が筋肉ではなくステータスというシステムだから、重量は力の強さに比例しない」と言っていた。自分の重さとかよく分からないし他人の重量を測ることもなかったから気にしてなかったけど、うさ丸がレベルアップして力が強くなったのに重さが変わらないのもそれが理由なんだろう。
もう何体かウサギを倒させ、またレベルが上がったところで狩場を草原からモリ森に変える。
モリ森では狼が出るが、そこまで強くなかったと記憶している。基本数体の群れで現れるので、うさ丸の強さを見ながら補助してあげて僕のレベル上げも並行して進めよう。
『探知』に分類されるパッシブアビリティ、『音響探知』の効果で狼を気付かれる前に発見した。このアビリティは警戒状態に入った時に常に発動し、音を拾える範囲が広がるのと音の情報から空間を把握する感覚が強化される。
うさ丸に準備を促しつつ僕もチェーンソーを取り出す。
「敵の数は6、うさ丸のカバーのために五体を素早く殺して残り一体を倒しやすいようにしてあげないと……」
どの狼をピックアップするべきか。
速攻で倒せる程度の強さなら重要なのは立ち位置だ。何体か固まっていればそれは一気に処理した方が楽だし、楽なのは最も遠い位置に居て孤立している一匹。だがその状態にはなっていないため、バレないような距離で少し待機する。
狼たちを観察し、一匹が他の狼と少し離れた瞬間にチェーンソーを起動させながら飛び出す。
噛みつこうとしてくる個体にチェーンソーを添えるように近付けながら当たる直前にリアハンドルにあるトリガーを引いて刃を回転させて倒し、見慣れない武器だからか呆然としている他の狼を行動させる前に処理する。
順調に三体を倒し、残った三体の位置をもう一度確認する。
警戒しているのか、体は逃げれるように、顔だけはこちらに向けていた。
「逃がすわけにはいかない……!」
閃光玉を取り出して投げ、ポーチに入れてある魔法陣を彫った金属板に触れて起爆。
唐突に強い光を目にしてしまった狼は視力を失い、姿勢を低くして警戒している。目は使えなくなろうと音などで戦おうとしているのだろうか。
なら大きな音を出してしまうチェーンソーで攻撃したら当然逃げられてしまう。
幸い、チェーンソーは攻撃する瞬間だけ刃を回転させているので今は音は出ていない。気付かれないようにチェーンソーをしまい、魔法陣と短剣を取り出して攻撃する。
魔法陣は発動条件が存在しない上に即時発動で音もほぼ無い。この状況で最も効果的な手段だ。
ちなみに近接武器に短剣を選んだのは他の武器がレベルが下がったせいで装備条件に引っかかったから。チェーンソーは弱らせる武器としては向いてないし。
「よし、行けうさ丸!」
残りが一匹になったところで満を持してうさ丸の出番だ。
攻撃力の低い武器とステータスを使って狼のHPを削る。最優先で足を狙ったため狼は視力が回復しているようだが、足を怪我しているからか逃げようとはしない。
ラストアタックをうさ丸に譲り、狼が消えていくのを見送る。
「偉い偉い」
僕は多分褒めて伸ばすタイプだな。
さて、もうちょっと少ない群れを探した方が良さそうだ。数が多いとHPの調整が面倒だし。
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