第92話 報告と名前
クランハウスまで帰ってきて、ホールのテーブルを僕とエニグマ、鎧を着てないアズマ、クロスくんで囲んで座る。テーブルの上にはエニグマが預かっていたうさ丸がちょこんと乗っている。
「アズマは分かるけどなんでクロスくん?」
正直、クロスくんは同じクランに所属しているくらいでそこまで接点がない。
多少のコミュニケーションは交わしているけれど、仲がいいかと聞かれるとそうでもないだろう。
「お前の報告を聞いた後に話す」
「あぁ…そう」
いいから何があったか話せ、といった雰囲気でエニグマが催促してくる。
とりあえず、居なかったアズマとクロスくんにも分かるように、エニグマのアイディアで槍に僕をロープで繋げて飛ばしてもらったというのを話す。
「えぇ…? あれ本当にやったんですか…」
クロスくんが信じられない物を見るような目でエニグマを見ている。アイディア自体はクロスくんも知っていたらしい。
「別に強制はしてねぇよ。合意の上だ」
「…なら良いですけど」
そう言いつつも、クロスくんはあまり納得していないように見える。彼なりに思うことがあるんだろう。
「で、昨日手に入れたこの『もちもちアサルト』ってスキルを使ってなんとか生き延びたんだ。雪が深く積もってた所に落ちたっていうのもあるだろうけど」
『もちもちアサルト』を発動して召喚した餅をむにーんと伸ばしながら話を続ける。
エニグマは『もちもちアサルト』に興味津々なようで、いつ何処でどのように手に入れたのかを聞かれたので偽りなく答えた。
アズマは先程から全く気にせずに、何も喋ることなく手に持ったカップに入っている紅茶らしき物を飲んでいる。
クロスくんは微妙な表情を浮かべながら僕の話を聞いてくれている。
「街の名前はメルンタウトだったよ。教会のクエストを終わらせた街はサスティクが1番近くて、片道で2万5000ソル」
「…サスティクから5個先の街か。かなり飛んだな」
「他の人も、エニグマ自身もあの方法で飛べるんじゃない?」
「馬鹿言うな、俺はロボットじゃねぇんだぞ。同じ力と同じ方角、同じ角度でなんか投げれる訳ねぇだろ」
それもそうか、そんな正確に投げれるならその技術を使ったりしているだろう。
となると、エニグマに飛ばしてもらって遠くの地を探索するというのは無理か。
どんどん次の街へ行く、街攻略組と呼ばれている人達の先に行けると思ったけどそうでもなさそうだ。
「モンスターとは会わなかったよ。雪が積もってたからかな」
「どうだろうな、雪の中でだって活動する動物は居るだろ。狼とかだってイメージ的には雪の中だろ?」
確かに、狼といえば白い体毛の……ホッキョクオオカミとかを想像する。
体毛が白ければ、積雪の中であればカモフラージュになって狩りがしやすいかもしれないし、生態系として雪が降る地域に生息しているのも自然な流れだ。
…あれ、逆かな。住む地域に生物側が適応するんだっけ。
「ま、槍が回収出来ただけでも僥倖ってやつだ。クソ高いからな」
そう言って手をクイッと動かし、返せという意志を伝えてくる。
アイテム欄を操作して僕が括り付けられていた影のような槍とロープを取り出す。
手に持ったと思った槍は、僕の手ごと地面に落ちる。それに合わせてバランスを崩し、椅子から転げ落ちてしまった。
「はっ…? おっも」
「すまん、注意しようとしたんだが遅かった」
エニグマは僕の腕を下敷きにして、一切動かせなかった槍をひょいと持ち上げてインベントリにしまった。
「何、今の…」
槍の重さによって地面に叩きつけられた手の甲とその付近の腕、椅子から落ちた勢いを受けた肘を撫でながら話を聞く。
「今のがクソ高い理由な。なんか純度の高い鉱物を更に凝縮させて重い合金を作ったんだとよ。それで出来た槍がこれだ」
僕とてSTRは少ないが、60か90くらいはある。
それでも一切、1ミリすら動かせなかったあの槍を、ひょいと軽々持ち上げたエニグマのSTR値はどうなっているんだろうか。
もしかして僕、エニグマのデコピンとかで死ぬのでは?
…いや、冷静に考えたら装備とかアイテムの影響がなければVITの値は1だし、STR100くらいあったらデコピンで死んでもおかしくない。
デコピンよりも弱い動作で死ぬ可能性がある、というのに変えておこう。例えば拳を前に突き出した余波で死ぬとか。
「んでどうだったよ、空を飛んだ気分は」
「最悪だね。しかもあれ、飛行って分類にはならないと思うんだけど」
「そうか。でも速度落としたら長距離を移動出来ないしなぁ、悩ましい所だ」
「速さの話はしてないんだよね。あの槍と繋げて飛ばす事自体が飛行から程遠いって言ってるの」
「あれくらいしか空に到達する方法ないだろ。それこそ地面を蹴った反動で飛び上がるとかじゃないとな」
ゲームなんだし、何かの方法で空を飛べてもおかしくない。それこそスキルで羽が生えるとか。
…空を自由に飛べる方法も見つけたいな。あるといいな。
「おい待て、議題はもう1つある。アズマとエックスを呼んだ理由に該当する内容だ」
話が終わったと判断したのか、アズマが立ち上がってどこかへ行こうとしたのをエニグマが止めた。
もう一度アズマを椅子に座らせ、次の議題が発表される。
「問題なのはな、このクランの男女比率だ」
何言ってんだこいつ。
普段から乱暴な口調にならないように意識している僕でも反射的にそう思ってしまった。
エニグマが言っていた事を反射的にではなく、しっかり処理して考える。
クランの男女比率について。
僕が入る前は5人、内3人が男子、2人が女子だった。
そこに僕が入って女子が3人……僕って女子に分類されるのかな?
…今は客観的に見たら女子だし、女子にカウントしておこう。
そこから僕がヒュプノスさんとニアさんを誘い、更にエニグマがぐれーぷさんをスカウトした事で女子が6人に増えた。
よってこのクランの男女比率は1:2になる。
確かに、こういうのって均等になるか男子の方が少し多いか少ないくらいになるだろう。ダブルスコアになる事は珍しい。
「4:6…じゃねぇ、3:7だからな」
「はぁ。それリンさんが居る状況で話していいやつなんですか?」
「良いだろ別に」
エニグマとクロスくんが言い合っているが、それより引っかかったのはエニグマが言った比率。
3:7。男子が3人だから、約分はされていない。つまり女子が7人いるということになる。
僕の計算では6人だった。では残りの1人は一体誰なんだ?
メニューからクランメンバーを調べ、1人ずつ名前を見ていく。
エアリスさん、アクアさん、僕、ぐれーぷさん、ニアさん、ヒュプノスさん…
加入順に表示されていて、誰かを忘れているかもしれないと思って1人ずつ確認していったが、忘れていた訳でなくアリスさんが加入したのを知らなかっただけだった。
それにしても、いつ加入したんだろうか。
ヒュプノスさんの後ろに表示されているから、昨日ヒュプノスさんとニアさんを誘ってから今の間のどこかなのだが。
「男女比率がどうって話し合って変えられる物じゃないんじゃないか?」
アズマが久々に喋ったと思えば、正論でエニグマを殴り始めた。
「比率はそうだが、話す事自体に意義はある。人に話せばスッキリすることもあるからな」
「…愚痴ってことですか?」
「そうとも言う」
女子に対する愚痴があるのか…。
と、クロスくんが今度は心配そうな顔でこちらを見つめてくる。
女子の愚痴を言うのに、その女子に分類される僕が居て大丈夫なのかという視線だろう。
「こいつはまあ大丈夫だ。精神的に俺らに近いからな」
その言い方で説得出来るのかと思ったが、クロスくんは少し不安そうにしながらも「そうですか…」と言って引き下がってくれた。
「でも僕は愚痴とか無いよ?」
「同じく」
アズマも同意してくる。クロスくんも頷いているので、特に文句はないようだ。
3人揃ってエニグマを見つめる。
「…あ? 無いが?」
じゃあなんでこの話題出したんだよ。
「いやあれだ、75%男子会」
心の中で留めておいた筈だったけど、口に出てたらしい。
というか、「75%男子会」ってかなりのパワーワードでは?
「…ま、それは冗談だ。本当はクランの名前とロゴをそろそろ決めないとなって」
「あぁ、前に言ってたね」
クランのメッセージ機能でクラン名とロゴを募集してるっていうのを言っていた。
その後に案が出たのかは知らないけど、決まってないって事は出てないか出ても却下されたんだろう。
「じゃあなんでこの4人なの?」
クランの名前やロゴは、僕達だけじゃなくここに居ないエアリスさんやアクアさんとかにも関係があるものだ。今集まっている4人で勝手に決めて良いものなのだろうか。
「呼んでも来れないんだから仕方ねぇだろ。しかもここで決めるのは飽くまで候補だからな、決定は総意を得てからだ」
「あ、そうなんだ」
なら平気そうかな。
しかしだからといってクラン名もロゴもポンと思いつく事はない。
そもそも僕だって途中加入だし、エニグマに誘われて入っただけでこのクランの目的なんかも知らない。
「そう言われても。それで案が出ないから決まってないんだろ」
「捻りだせっつってんだよ。お前だってサブマスなんだから少しは貢献しろ」
「このクランの目的とか在り方とかを名前に入れたら良いんじゃない?」
「目的…目的ってありましたっけ?」
「無いな。元々パーティー組んでたのがクランハウスの機能めっちゃ便利だからって結成しただけだからな」
無いのか…。
そうなると難しい。基になる物がないと、それに合わせて名前を考えることが出来ない。
「在り方か。知り合いでワイワイやるだけみたいな雰囲気だしな」
「いや、全然知らない人増えてるんですけど」
「それは後々仲良くなれ。ぐれーぷもアリスもニアも有能だからな」
ぐれーぷさんとアリスさんは前から知り合いだったっぽいけど、ニアさんとも何か話したのかな。
「ニアさんと仲良くなったの?」
「仲良く…ってか、戦力的な評価を下しただけだな。何回か戦ったけど俺でも勝てねぇくらいには強い。強さのベクトル的に相性はあるんだろうけどな」
エニグマでも勝てないくらい強い…?
ニアさんとはヒュプノスさんやアリスさんほど関わりが無かったし、戦っている所は見たことない。あの人はどんな戦い方をするのだろうか。
「だから議題はそこじゃねぇんだよ。名前とロゴを考えろっつってんの」
「ニアさんって結局このクランに所属してくれるの?」
「アリスも入ったからしばらくはそうするつもりらしい。その後はその時に決めるって言ってたな。それはいいからはよ案出せ」
「ダサくなければ何でも良い」
「それが1番困るんだよ」
僕もアズマも、クロスくんですら名前の案は出ない。
「あー…」とか「うーん…」とか唸っているけど、思いつかない物は思いつかないのだ。
なんだかんだ考えたりはしていたが、結局エニグマに任せて終了となった。
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