第84話 僕と契約して


 昼食を食べたのはかなり遅かったため、ダンジョンから帰還して解散となった時点でもう15時を過ぎていた。

 元々暇だったからダンジョン攻略に参加したので、それが終わってしまえばまた暇になるのだ。

 ポーションの作製だとか魔法陣の開発だとか、やる事はいっぱいあるがダンジョン攻略で疲れたという建前で休みにする。


 それでやる事があるかというと、まあ無い。だが疲れることをする気にはならないので、何も考えずに出来ることをしようとクランハウスの施設の一つである庭へやってきた。

 庭は柵で囲われた広い空間。柵の向こうはただ草原が広がっているだけだ。


「設備カスタム買えば柵が無くなるのかな。ねえ、エニグマ」


 現在の『庭』という設備で購入されているカスタムは『天候操作』『時間操作』、『土地拡張』の3まで、『畑追加+1』。

 畑に関しては、ここで放し飼いにしているウサギ達が草を食べるというのを伝えたらいつの間にか買われていた。あるのに使わないのは勿体ないので薬草を育てている。


「そうだ。買ったら柵の中が広くなる…」


 1人先にクランハウスに帰ったエニグマは自室で休んでいると思っていたのだが、ウサギ達の様子を見に来ようと庭に来たら居た。どうやら天候も時間帯も、時間加速設定も自由に変えられる場所で休みたかったらしく、人が来ると少し騒がしくなる訓練所よりも静かな庭で休んでいるそうだ。

 『天候操作』と『時間操作』の仕様は訓練所と同じ。ならダンジョンで休憩中に話していた雪合戦も出来ると思ったが、エニグマが疲れてそうだしアズマも用事があるらしくどこかへ行ったので保留にしておく。

 現在の庭は昼だけど曇りで太陽が見えず、常に風が吹いているため涼しめだ。この設定をしたのはエニグマなので、エニグマにとって快適な環境というのがこれなんだろう。


 エニグマは軽鎧などの武具を全て外し、初期装備の服を着てウサギに囲まれて寝転がっている。かなり懐かれているようだ。

 僕もウサギ達を撫でたり、薬草を食べさせたりしながらまったり。


「うさ丸は可愛いね〜」


「キュィー…」


 思い返してみれば、うさ丸はこのゲームを始めてすぐ、ルグレの近くの草原で懐かれた。あの時は飛びかかってきたうさ丸をキャッチして撫でたら……って、なんでそれで懐かれたんだろう?

 あの時は着いてきちゃったから流れでそのままにした。エニグマとアズマと合流した時にテイムがどうとか言っていたけど、結局うさ丸ってテイムした事になってるのかな?


「うさ丸は僕の事好きー?」


「キュイッ」


「僕も好きー」


 まあうさ丸が「好き」と答えたかは分からないけど。


 このゲームでどうかは知らないが、今までやったことあるゲームでは「テイム」というのはモンスターを手懐ける事を指し、手懐けたモンスターを戦闘させる関係上、死亡した場合でも時間経過などで復活する。

 今は危ない場面…例えば街から他の街へ馬車で移動する時やさっきのダンジョン攻略みたいな時にはうさ丸には留守番させているが、それでも急にピンチになる場面もあるかもしれない。会ったことないけどプレイヤーキラーに遭遇する、とか。

 うさ丸が死亡してしまった場合、復活させられるか分からないのが不安要素だ。今までそういうログや通知が無かったのを考えると、条件を満たしてないのかそもそも無いのか。


「ねえエニグマ、テイムってどうやるの?」


 困った時のエニグマ先生。なんだかんだ大体の事は知っているので聞くだけ聞いてみるのも手だ。エニグマが知らないなら存在しないか、それだけ難しいという事になる。


「俺はお前以外にモンスターを連れ歩いてる奴を知らん…」


 疲れてるのが影響しているのか、普段よりも遠回しな伝え方だ。だが言いたい事はなんとなく分かる。知らないって事だろう。

 エニグマがそう言うならテイムというのは相当難しいのかもしれない。メタ読みで考えると、僕みたいなのが少なからず存在する以上テイムという行為が存在しないというのは考えにくい。なら条件が厳しいと考えるのが妥当。


 じゃあその条件って何?

 テイムという言葉から考えると、飼育……いや、従属させる? 或いは支配とか。

 それらのイメージから考えて、足りないものはなんだろうか。


「…何も思いつかなー」


 ぽけーっとうさ丸を撫でつつ雲を眺めていた。殆ど何も考えてなかったな、今。

 条件、条件ねー…と繰り返しているけど、やはり何も思いつかない。そもそも動物を飼ったことも従えたことも、支配したこともないのだからイメージで考えても何も浮かばない。


「エニグマー、動物を飼うのに必要なことって何かな」


「情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ。そして何よりも速さ」


 一気に言われて何個か忘れたけどほぼ全部関係ないよね。何よりもって言ってるけど速さが1番要らないんじゃないかな。


「そういうのいいから」


「まー…世話を続ける覚悟と環境とかじゃないか」


 覚悟と環境。

 現状はちゃんと世話しているし、それを放棄するつもりもない。環境というのは動物にとってストレスでない環境を用意する事だろうけど、うさ丸は特に不自由そうではない…。


「んー、何だろ」


「テイムなら特定のアイテムが必要とかスキルを使うんじゃね」


 アイテムかスキルね…。アイテムで思いつくのは首輪とかだけど、ウサギって首輪付けないし、モンスターには付けられないのも居るだろう。スキルは売ってないし獲得もしてないので、どうしようもない。


「うさ丸は僕の言うこと聞いてくれてるけどねー…」


「キュイィ…」


 前にモリ森でクマと少し仲良くなったこともあった。あのクマはどうなったんだろうか。それも気になる。


「それっぽいこと言ったらどうにかならないかな。うさ丸、僕と契約して最強のウサギになってよ」



【確認:『うさ丸』と契約を結びますか?】



「出るんかーい」


 どこに引っかかった…って、考えるまでもないか。ほぼ間違いなく『僕と契約して』という所だろう。

 拒否する理由もないので承認すると、うさ丸が少し光った。それで終わりなようで、ログと説明が現れる。



《スキル:『テイム』を取得しました》

【契約を行った事により、『うさ丸』は死の概念から切り離されました。また、ステータスの閲覧、変更が可能になりました】



 スキルの『テイム』の詳細を見るが、レベルの表記がなく、アビリティも『契約』のみ。『契約』の効果もモンスターをテイムするといった効果だけで、特別なものはなさそうだ。

 ただこの『契約』というアビリティ、発動に「互いに同意を得ること」が条件となっている。


「よくあるやつじゃダメなのか…」


 あれだ、攻撃して体力をギリギリまで減らしたら捕まえられたりテイム出来たりするやつ。残念ながらテイムする前に心を通わせて同意させる必要があるらしい。



 そして説明の方の、まだ空中に浮いているウィンドウをもう一度読む。

 「死の概念から切り離された」というのはプレイヤー同様、死んでも復活出来るってことなのかな…? もし違ってたらって思うと怖くて試せないけど。


 ステータスの閲覧が可能になったとの事で、うさ丸のステータスを見てみる。戦わせていた訳でもないし、ルグレ付近の草原、ステータスがオール1でも余裕で倒せる程度なので当たり前だが弱い。

 具体的にはレベルが1、ステータスはAGIが12、STRが8で、それ以外は1だ。HPは30、MPは10。

 プレイヤーと比べるとレベル1でもAGIとSTRが高い……のは違うか。僕がステータス決めてなくて始めてからしばらくオール1で過ごしてただけで、最初に30ポイントくらいあったっけな。

 初期、レベル1の状態ではステータスポイントは30、HPは50。MPは…どのくらいだったっけ、30とか?


「まあ、プレイヤーよりかは弱いか。強かったらそれはそれでアレだけど」


 ここから戦闘させてレベルを上げて、ステータスを分配させてあげれば良いんだろうか。


「出来たのか」


「うん。見て、僕と契約したうさ丸」


「変わってねぇけど」


 僕にも契約前との違いは分からない。見た目って何か変化あるんだろうか、とうさ丸の体をあちこち見てみるけど、特に変化はないように見える。掌に頭を押し付けてきたので撫でておこう。可愛い奴め。


「良かったじゃないか。一段落着いたならこいつらを退かしてくれ、重い」


 寝転がっているエニグマの上、主にお腹とか胸にはたくさんのウサギが乗って丸くなっている。

 ウサギ達に声をかけると、それでも動かなかったりエニグマの上から降りて横で再び丸くなる。随分と懐かれている。


「もう大丈夫そう?」


「なんとか。『狂化バーサーク』を使っても無理となると厳しいな。フィルター機能使うか…」


「フィルター機能? 何それ」


「俺みたいに虫がマジで無理とか、グロいのが無理って奴向けの機能だ。細かく設定すればそいつの視点だけ別のグラフィックに差し替えられる。つうか設定調べてないのか? ステータスの開示設定は非公開にしてるのに」


 あー、なんかそんな設定あったような。前に見た時に見かけた気がしなくもない。

 ステータスの開示設定もあった。これは覚えてる。確かFFを始めてすぐにアリスさんになんか言われて文句言われるのが面倒って全て不許可にしたんだったかな。


「忘れてた。見たいの? 僕のステータス」


「いや、見せたくないなら見せなくて良いだろ。強要するつもりはない」


 メニューから設定を開き、ステータスの開示設定に行く。

 ステータスはフレンドかクランメンバー、或いは自分から見せようとしないと開示されない。この設定項目ではフレンドとクランメンバーが自分のステータスを閲覧出来るか、というのを変更出来る。

 種類は「全て許可」「全て不許可」「許可した人物のみ」の3つがある。今の僕は「全て不許可」になっているので、「許可した人物のみ」にしてからフレンドとクランメンバー全員を許可しておく。

 「全て許可」にしないのは今後を憂いてだ。変えるの面倒だし。


「変えたよ」


「別に催促したつもりはないんだが」


「忘れてただけだから」


「そうか…」


 多分ここで言われなかったら、思い出すのはもっと後か思い出さなかったかもしれない。


「っておい待て、なんだこのスキルと称号」


「どれ?」


「まず『魔術』」


「え? 湖底遺跡に行った時使ってたじゃん。アズマにも使わせろって言ってきたし分かってるものだと思ってた」


「あれかよ。ダンジョンから帰還する用のアイテム見ただろ、転移のスクロールって言うんだがあれみたいな魔法を使えるアイテムが高価で売られてる。

 あの時はこいつクソ高いもん馬鹿みてぇに使うなーとしか思わなかったが、自分で作ってたのか」


 感想酷くない?

 でも確かに、エニグマがあの帰還用アイテムしか知らなかったなら魔法陣も買ったと思っても仕方の無い事で……エニグマが知らないって相当だな、もしかして『魔術』ってマイナー? こんな強いのに。


「取得経緯は?」


「本読んだ」


「じゃあ次、『テイム』」


「それ今取得したやつ」


「称号2つは?」


 称号を確認するためにステータスを開く。僕が持っている称号は2つ、『動物に愛されし少女』と『迷い人』。


「動物なんちゃらは動物からの好感度の上昇に補正が掛かるらしいよ」


「ほう」


「迷い人は迷ったら50%で特殊マップに飛ばされる」


「あー……そっちは不便そうだな」


 僕の迷子の才能諸共エニグマに譲ってあげたいくらいには不便ではある。だがこれでやりたい事もあるしどうせ譲渡出来る物でもないしこれは黙っておこう。

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