第80話 ボス戦と昼休み
でっかい鹿、攻撃している前衛組にばっかりヘイトが向いているのでこっちを一切見ない。矢を当ててもダメージは前衛組の方が効率よく出せてるから、やはりヘイトはこっちに来ない。
「えっちょっ…邪魔!」
先程からちょいちょいアズマが僕の前に立ってくる。しかも喋らないからどういう意図でやってるのか分からない。
「何?!」
《『アズマ』からフレンドメッセージが届いています》
【アズマ:ヘイトのリセット】
フレンドメッセージで返事してきた。喋れよ。
しかしアズマはわざと邪魔してるわけじゃないし、むしろ僕のためにやってくれているから強く言いにくい。
それからも稀にアズマが視界を遮ってくる中で弓を撃ち続ける。
『ポイズンアロー』や『パラライズアロー』はクールタイムが終わったら撃てるタイミングで撃っているのだが、パラライズの方は中々効かない。
ここまでで1度だけ麻痺の付与に成功し、少しの間動きを止められた。だがそれからも何回か当てては居るのだが全然麻痺状態にならない。
毒は常になってるんだけど…。
おそらく、状態異常にも耐性というのがあるのではないかと思う。
その耐性が一時的な物なのか、それとも永続する物なのかは気になる…が、今はあまり関係ない。どうせこのボスはここで倒される。
麻痺という状態異常は動きを拘束する分、周りの火力を思うがままに叩き込む事が出来る。敵が動けないのだから当てにくい高火力の技や、隙が多いアビリティなど。少しだけとは言えども、動きを封じるというのは大きなチャンスなのだ。
だからこそ、麻痺の耐性というのは他の…毒よりも高く設定されているのではないだろうか。毒も毒で防御力に関係ない固定ダメージを与えるから強いのだが、麻痺の方が脅威度は高い…のかな、多分。
「マルチ…マ……」
そしてもう1つ。『マルチプルアロー』を使うタイミングを探っているのだが、どうも前衛組に当たってしまいそうで使えない。
声を張って前衛組にイノシシから離れてもらう事も可能ではあるが、僕が『マルチプルアロー』を使ってイノシシに与えるダメージと前衛組が離れずに攻撃を続けた場合に与えるダメージ、比べるとどう考えても前衛組が攻撃を継続した方が高い。
「使うのやめよ…」
このアビリティは使わない事にしよう。1人の時や味方が全員遠距離攻撃タイプの時になら使えそうだけど、今回はその場合には含まれない。
「『クイックアロー』」
クールタイムが終わったアビリティをローテーションで撃っていく。
こういう戦闘で、人間とかそれに準ずる知性を持つ相手であれば矢を避けるかもしれないけど、今の相手はイノシシ。『ミラージュアロー』を使って矢を見えなくしようがしまいが、対して変わらないのだ。よってミラージュアローも今回は使われない。
弓で単純な火力を出せるアビリティ又は装備なんかは確保しておくべきか。現状覚えているアビリティでは状態異常付与がメインになる。
『マルチプルアロー』は範囲殲滅型とも言えるアビリティなので一体に火力を集中させたい時には使えないし、『ミラージュアロー』は騙すことがメインになるアビリティだからあまり火力は出ない。
ポイズン、パラライズ、スリープの3種類は状態異常付与だ。弱いとは言わないが、強いとも言えない。やはり一気に倒そうとなるとあんまり…といった感じになってしまう。『クイックアロー』も弱くはないのだが、最初から覚えているアビリティというだけあってそんなに強くない。
僕一人で戦う事になった場合、火力が足りなくて押し切られて負けそうな気配がある。火力の確保も今後の課題として取り組むべきか。
「グウゥゥゥ…」
色々考えながら矢を放っているうちにボスであるでっかいイノシシは倒され、光となって消えていく。
エニグマが唸り声を上げながら赤黒いオーラを引っ込めたと同時にイノシシも消えきり、体があった場所には皮やら肉やらが落ちて部屋の真ん中に宝箱が現れる。
これにてボスの討伐は完了だ。
僕がボスに与えたダメージってどれくらいなんだろう。1割くらい削れてたら嬉しいけど…そういうの確認出来る機能とかないのかな。
「お疲れさん。死ななくて良かったな」
エアリスさんやクロスくんはボスのドロップアイテムを回収しに行ったり出てきた宝箱を取ってきたりとそれぞれ動く。
入ってきた、背中側の扉とは真反対にもう1つ、ボスが背にしていた扉がある。その扉に入ると、ボス戦前にあった休憩出来る教室程度の大きさの部屋がまたある。構造は似ていてボス部屋に繋がる扉と、次の階層へ向かうための階段しかない。
「今回のドロップは?」
休憩スペースで円になるように座り、回収されたドロップアイテムや宝箱が中央に置かれ、それらを囲むような形になる。
ドロップアイテムと思われる物は肉や皮、あとは牙っぽい物。ただ、ボスがでっかいのでドロップアイテムもそれだけ大きい。牙なんて僕と同じくらい大きい。
使いそうなのは皮くらいだ。肉は料理しないから使わないし、牙だって武器に使うくらいしか使い道がないだろう。
しかし皮も使えるかと言うとそうでもない。防寒具としての使い道が真っ先に思い付いたため使えそうと判断したけど、別に防寒具が必要になる場面に遭遇した事がないので微妙である。
宝箱は開けると大量のお金と、水晶のような球体が入っている。
球体を触らせてもらい、調べてみると魔石だ。
「いつも通りか。欲しいのあるやつー」
手を高らかに挙げて主張する。魔石めっちゃ欲しい。
被ったらじゃんけんになるんだろうかと考えたのは杞憂なようで、僕以外には誰も手を挙げていない。なので当然目立つのは僕で、視線が集中する。
「どれだ?」
「魔石!」
「よし、箱ごと持ってけ」
エニグマはそう言って立ち上がり、僕達の中心に置いてあった宝箱を持ち上げて渡してくる。
「え? というか何で箱ごと回収されて──重っ!」
宝箱からエニグマの手が離された瞬間、重さに耐えきれず落としそうになる。地面ギリギリの所で留まったけど、もう少し力を入れるのが遅かったら落としていた。
「危な…」
何でわざわざ持ち上げて渡してきたのかは謎。
一旦ゆっくりと地面に置いて、中身のお金と魔石を取り出してみると少し軽くなる。
…これ宝箱も持って帰れるのか。自分の部屋に置いとこうかな。
「他欲しいのあるやつは?」
イノシシのドロップアイテムは別に欲しくもないので今度は手は挙げない。
宝箱…というか魔石が欲しくてさっきは手を挙げたが、あの時で既に僕以外に手を挙げる人は居なかったので、僕が手を挙げなければ誰も手を挙げることはない。
エニグマがこっちを見てくるが、要らない物は要らないのだ。見られても欲しいとは言わない。
「んじゃHPMP全快まで休憩」
はい。
「これ帰りどうするの?」
休憩時間は案外長い。丁度昼頃というのもあってエニグマ以外は一旦ご飯を食べたりとログアウトしている。
僕は兄さんに呼ばれたら行くけど、このままだとタイミング合わなそうだな…。
「行けるところまで行くから大体死んで戻るな。生きてた場合は前に言ったクソ高い帰還用アイテムを使うか歩いて戻るか」
「歩いて戻れるの?」
「歩いて来てんだから戻れるだろ。お前は…道覚えてなさそうだな」
むしろ覚えれる方がおかしいと思います。
ただでさえ覚えにくい迷路を全て覚えた上で、ゴールから入口を逆走する行程を何回も繰り返さなきゃいけないとか嫌だ。そんなの自殺してリスポーンした方が早いし楽だし。
「ボス戦、1回突破してたらスキップ出来るんだっけ」
「ああ。組んでるパーティーメンバー…つか入った奴が全員クリア済みならボスの後ろの扉が最初から開いてるから戦闘中でも戦闘前でも通ればスキップ出来る。
ちなみに戦闘中に扉に入った場合は入り直すとボス戦も最初からだから安全な場所から攻撃とかは無理だぞ」
「そんな事考えてないよ」
むしろその発想が出るのはちょっと性格悪いんじゃない?
…まあエニグマらしいとも言えるけど。
「あ、そうそう。訓練所の『天候操作』のカスタムで雪降らせられるから時間ある時に雪合戦しよ?」
「は? 何で?」
「面白そうじゃん」
「いや…別に良いが。話が飛躍しすぎだろ」
「今思い出したんだからしょうがないでしょ」
何もせず、というのは退屈なので、先程貰った宝箱を踏み台にしながら錬金釜でポーションを量産しつつエニグマと話す。
エニグマもエニグマで何もしないのは退屈なようで、前に訓練所で試していた棒みたいな槍を天井と地面に突き刺し、その間のロープを掴んでプロペラみたいにグルグル回ったりしている。
「NPCを雇ったりって出来ないの?」
「雇用か? 冒険者ギルドかどっかから出来た気もするが」
でもよく考えたら錬金術覚えてるNPCって居るのかな? 知ってる範囲だとルークスの薬屋さんと師匠しか居ないしレアそうだな。
覚えてなかったら1から教える必要があるのか。それはちょっとめんど……大変そうだ。
他に聞きたい事は…。
「このゲームってさ、ログインしながら寝ててもオンライン表示なの?」
「だな」
一応話す時は止まってくれる…のは違うな、天井に刺さってる槍を回収し始めた辺り飽きたのか。
「僕のフレンド大体常にログインしてる気がするんだよね。見た時だいたい皆オンラインだし」
「なんかFFにログインしながら寝ると超低確率でイベントが起こるらしいぞ」
「イベント?」
「夢の中で自由に探索出来るとか。掲示板情報が正しけりゃ、ふわふわした空間で取ったアイテムを起きた時にアイテム欄に入ってたらしい。報告は片手で数えられる程度しかないから、本当にあるのかってのは疑われてるが」
なるほど。夢の世界を歩き回れるというのは面白そうだ。
夢から睡眠に関連すれば、僕が知ってる限り大体ずっと寝てる人が居たな。ヒュプノスさんも夢の世界で何かしてたりするのだろうか。今度会った時に聞いてみよう。
「ってのもあるし、FFにログインしといた方が色々便利なんだよな」
確かに。今朝訓練所で起きた時みたいに涼しかったり、現実では朝でもゲーム内は夜なら寝れるだろうし。
時間加速設定を適用した所で寝ても疲れってとれるのかな?
それはそうと、ずっとログインしているエニグマについて気になることがある。
「宿題やってるの?」
「知らん知らん知らん」
「前みたいに日本史のプリントの解答欄全部『織田信長』で埋めちゃダメだよ?」
「マァァァァァ!」
エニグマは奇声を発しながら槍を壁に投げて突き刺し、もう片方も反対側の壁に投げつける。
宿題やってないのか。中学の時から夏休み最後の日と夏休み明け1、2日目は死んだような顔をしながら些細な事でキレるくらいには限界になってたけど、高校に入ってもそれは変わらなそうだ。
徹夜は体に悪い…って言ってもどうせやるんだろうな。宿題関係なくゲームやってたら朝になってたみたいな事よく言ってるしなぁ。
「そもそも何でこの時代に紙媒体なんだよ! 意味わかんねぇだろうが!
効率よく勉強させたいなら電子媒体でやらせろや! そしたらヘッドギアに移して時間加速使いながらやってやっからよぉ!」
「うるさ…」
「学校爆発して休みにならんかな」
急に声のトーン下げてくるじゃん。
しかも学校が爆発することないし。相当だよ、学校が爆発するって。事故とかじゃなくて計画的犯行だよ、それ。
「マジで何で紙媒体なんだろうな」
「スマホ壊れてたら出来ないからとかじゃない?」
「それは壊す奴が悪い」
ただの暴論。
なんて話しているとアズマがヌゥっと僕の横に移動してくる。鎧は着たまま、兜も外していないためロールプレイを続行しているのか、全く喋らない。
「アズマ、エニグマってご飯とか食べるためにログアウトしてる事ある?」
兜が縦に揺れる。
「ちゃんと食べてると思う?」
今度は横に揺れる。
「宿題やった?」
サムズアップ。
どうやらエニグマも食事はしているらしいが、アズマからするとちゃんとした食生活はしてなさそうに見えるらしい。
そして宿題はちゃんとやってると。偉いね。
「だってさ」
「いや、飯風呂トイレくらいはちゃんとしてるが」
アズマに質問した後、エニグマの方に向き直す。僕としてもエニグマは心配ではある。
ゲームを楽しむのは良いが、それで体調崩される方が嫌だ。僕だって前に何のゲームだったか忘れたけどやり過ぎて風邪引いた事もあった。エニグマだって……エニグマが学校とか休んでるの見たことないな。
「あ? 飯が速すぎる?」
誰も言ってない…と反射的に言いそうになったが、アズマがフレンドメッセージでも送ったんだろうか。
ボス戦の最中でやってきたのと同じであれば極力話さないようにしているが必要な事はメッセージを送ってくるんだろう。
「飯食う速さなんて人それぞれだろ」
「普段何食べてるの?」
「ゼリー」
……。
え? 終わり? ゼリーだけ? それは流石に栄養失調とかになるんじゃ…。
「栄養なんかは全部入ってるゼリーだからな。『10秒でエネルギー補給』が謳い文句だ」
「いや、それ絶対食事をそれだけで済ませるのは推奨されてないと思うよ」
「現状問題ないから大丈夫だろ」
「今は良くても後に響くからちゃんとご飯食べた方が良いよ。なんなら作ってあげようか?」
「俺が作った方が美味いから要らん」
変な所で張り合って来るじゃん。確かに料理はエニグマの方が上手だけど、今は別にそういう話ではない。
「何でもいいけど、ちゃんと食べなよ」
「親かよ。まー気が向いたらな」
いやもう…自己管理能力が低すぎる。
と、今度はアクアさんとクロスくんが同じくらいのタイミングで戻ってきた。
「じゃあ準備しろよー。エアリスが戻ってきたら出発するからな」
1番準備するべきなのはエニグマだよ。壁に突き刺さった槍回収しないと。
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