第38話 そうだ、バジトラに行こう(2)
「……この馬車速くないか?」
「ですね」
「速い」
雑貨屋ぐれ〜ぷから北東門へ向かう間にアリスさんとエンカウントし、バジトラへ行くというのを話すと一緒に来たいと言われたので一緒に馬車に乗っている。
何日か前に、裁縫師は鎧の内側に入れる布かなんかの素材も作っているとか言っていた……ような気がする。サービス開始から時間が経って、鍛冶師がバジトラへ移動したからそれに合わせてアリスさんもバジトラへ行こう、という事なのだろう。
移動中暇なので気になっていた事を聞いておこう。
「裁縫とか鍛冶って現実と全く同じ方法でやるんですか?」
「いやー? デザインを決めると必要な素材とかが出るからそれを集めて、パーツ毎に作って合わせれば完成じゃ。まあシステムのアシストが大きいから案外適当でもクオリティはいいんじゃがな、ちゃんとやれば防御力ボーナスとかが付くんじゃ」
錬金術より遥かに優しそうだ。
「デザインが細部まで決められる分センスが求められるのが難点じゃなぁー。
βテストでは思ってたのとなんか違う、とか言ってやめたのもちらほら見かけたしの。そこら辺が不遇不遇言われる原因かもしれん。特定の組み合わせで決まったものしか作れない、とかだったら違ったんじゃろうけどな。
鍛冶は……どうじゃったかなぁ、聞いた気もするが覚えとらん」
自由度が高いのには制約があるという事か。それにしても、必要な素材が出てくるのは羨ましい。
とは言っても、恐らく錬金術と裁縫では根本的というか、題材というか……求められる所が違うんだろう。裁縫はセンスを全開で発揮させるためにその他の要素は薄くして、錬金術は未知の探究と解明とかそんな感じなんだろう、きっと。そう思ってないとやってられない。
「大変だね。ところで凛姉に着せる用のワンピースは?」
「いやお主さぁ……。素材がないって昨日言ったじゃろ?」
「まだ集めてないの?」
僕が寝た後に2人で何を話していたんだか、恐ろしくて聞けない。
まさかこれ以上服が増えるとでも……? 既に普段着のセーラー服と軍服ワンピースで2着あるし、更にアリスさんから押し付けられたメイド服があるから十分だというのに……。
メイド服はブランにあげようと思ってたけど頑なに受け取ってくれないしエニグマにでも渡そうかな。エニグマならどうにか処理してくれそうだし。
「ああ、そうじゃ。我そんな戦えんからよろしく」
アリスさん曰く。戦闘に出てないからレベルが7だし、戦闘スタイルは主に魔法らしい。
このパーティー魔法攻撃要員多くない? というか全員そうじゃない?
「わかりました」
3人のうち2人がレベル7だけど、ブランのレベルは高いはずだし3人もいるんだから流石に…ねぇ? 大丈夫だと思うんだけどな。
エニグマとアズマと共にルークスに行った時に戦った狼達を見た感じはそこまで強敵ではなかった。いやまあ、あの時の僕のレベルは2で延々と1匹の狼を木刀で殴り続けていただけだったが。大多数はエニグマとアズマが倒していたが、難易度が同じくらいであれば、あれから僕のレベルも上がってるし魔術とかで戦略性も上がってる……はず。
ただ、前はエニグマが敵は狼ということを事前に教えてくれたが、今回は全員が初挑戦なので前情報が一切ないというのが不安要素だ。魔法防御力が高い敵とかだったらほぼ詰みだが。
《『エニグマ』からフレンドメッセージが届いています》
おお。まさかこのタイミングで都合よくルグレからバジトラへの道中で出てくる敵の情報をくれるというのか!
【エニグマ:兎って匹じゃなくて羽で数えるらしいな】
……。
知るかそんなの。
「ん? なんか止まっておらんか?」
「戦闘ですね」
「こういう感じなんじゃな…。あの速度から止まったのに衝撃とかなかったんじゃが」
馬車が止まったのでうさ丸を置いて外に出ると、前方に小さめの人型がわらわらと集まっているのが見える。あれがファンタジー系のゲームなんかで出てくる、俗にいうゴブリンだろう。武器や防具なんかも所持しているが、サイズが合ってなかったりボロボロだったりと、拾い物だというのが窺える。
「『凍結解除』!」
ブランの声を合図に、火や水、風や土など様々な魔法が馬車の前にいるゴブリン達に飛んで行った。魔法は1体に当たろうとそれを無視するかのように貫通し、当たった1体だけでなく周りも巻き込んで倒していった。
「なにそれ…」
僕の口から零れるように出ていった呟きは聞こえなかったのか、ブランは魔法の詠唱に入った。
それを見て戦闘を優先すべきだと意識を切り替え、短剣と幾つかの魔法陣を手に持って走り出す。
前情報はなく、敵の攻撃力なんかも分からない。1発でも喰らえば死ぬかもしれないし、1発くらいなら耐えられるかもしれない。
だがそんな賭けみたいな検証に付き合う必要はない。攻撃力がどれだけでも、当たらなければどうということはないと昔から言われているのだ。
「せいっ!」
短剣をゴブリンに突き刺す。狙うべき箇所は首や目などの、人間と同じ弱点。人型というのは弱点である部位が分かりやすいから楽だ。
アリスさんとブランは魔法で後ろから攻撃してくれているので、僕は2人へ向かおうとするゴブリンを倒す。近くのを倒し終えたら魔術で牽制し、確実に数を減らす。
ゴブリンの数が目に見えて減ってきたのでそろそろ攻め時だと思い、やってくるゴブリンを倒す受け身の戦闘ではなく、こちらから近付いて倒していく攻め気の戦闘に切り替える。
後方から魔法を撃ってくれる2人よりも前に出て戦っている僕の方にヘイトが集中しているのか、2人へ攻撃しようとするゴブリンはいない。
それなら僕は自分が死なない事だけ考えてればいい。非常に有難い限りだ。
「ふっ!」
残りの数が少なくなってくると、装備が潤沢な奴が多くなってくる。今まで木の棒とかだったのが、鉄製の剣を引き摺っている。サイズが人間より小さいからか、装備と体が合ってない。
しかし兜なんかはサイズが合ってなくても十分な防御力を誇る。短剣で攻撃しても無意味だろうと、顔はやめて首へ突き刺す。
「グゲッ」
「はっ?!」
突き刺した短剣が引き抜けない。
短剣が首元に刺さっているゴブリンは既にHPが尽きて死んでいるが、死んでから光の粒となって消えるまで、もっといえば消えきるまでには時間差がある。ここで無理に短剣を引き抜こうと時間をかけるのは危ない。
「ちっ…」
短剣から手を離し、落とし穴の魔法陣を地面に投げ捨てながら一旦下がる。
ヘイトが高い僕を追おうとして突っ込んできたゴブリン達は僕とゴブリン達の間に置かれた魔法陣を踏み、次々と落とし穴に落ちていく。
弱点部位を的確に狙える武器である短剣はこの場面で非常に強い。が、先程の位置まで回収に行くのは困難だ。今からもう一度あのゴブリンの場所まで行っても、到着する頃にはゴブリンの体は消えきり、短剣は回収可能にはなっているだろうが他のゴブリンが多い。拾っている暇は無さそうだ。
「仕方ない…」
落とし穴に毒煙玉を投げ込みつつ、アイテムメニューを操作して金属バットを取り出す。
残る敵は両手で数えられる程。そのどれもが重そうな鎧とちゃんとした鉄製の剣を装備している。弱点を防御する鎧を着込まれてる分、弱点を的確に狙う短剣より鎧の上から衝撃を与えられる金属バットの方が良い。そう思うと短剣を手放さなければならなくなったのは丁度いいかもしれない。
「『凍結解除』!」
「『ウォーターボール』」
ブランが最初に叩き込んだのと同じように、色んな属性の色んな魔法が残りのゴブリン達に飛んでいく。
攻めるチャンスを逃すわけにはいかないと、魔法に追従するように走り出し、魔法に当たったけど死ななかったゴブリンに金属バットをフルスイングで当てる。衝撃は鎧越しでもちゃんと伝わり、HPを削りきれた。
「よっし!」
残るゴブリンは4体。そのうちの2体は魔法を食らって弱っている。
ストックがなくなりかけている魔法陣の中から『ファイアランス』を取り出して起動し、弱っている1体を処理。そのままもう片方の弱っている奴も金属バットで倒そうとしたが、まだ元気な2匹から攻撃が来てしまったのでやむを得ず攻撃を中断し、後退して攻撃を避ける。
「凛姉! 横!」
ブランの声に反応して左右を見るが特に何もない。ということは。
「おっけー!」
横に大きく飛び、ブランとゴブリンの直線上に入らないようにする。
僕が退くのと入れ替わるかのように緑色の魔法、つまり風魔法がゴブリン達に水平に飛んでいき、2体を上下に分断し即座に消滅させた。
避けれなかったらああなっていたのが自分だと思うとゾッとするが、結果的には当たってないから良いだろう。
「凛姉、もうMPない!」
「我もー!」
この場における戦力は僕1人、そのプレッシャーで少し緊張してきた。
今まではブラン達の魔法や魔法陣を起動して発動させた魔術をきっかけに攻撃を仕掛けていたが、攻撃用の魔法陣のストックはさっきのファイアランスで無くなってしまった。
敵が鎧を着ている事、更にこちらの武器が金属バットというのを考えると、必然的に攻撃時に大きく振りかぶる必要がある。しかし大振りの攻撃というのは避けられてしまうと大きな隙になってしまう。
だがそれはサイズの合わない武器を持つ敵も同じ。ならば、相手が攻撃してきたのを避けてからならば思うがままに攻撃できる。いわばカウンター戦法だ。
ゴブリンはそれを理解してないのかそれとも理解した上でなのか、勢い良く突っ込んでくる。
右から左に振られた剣を、剣の長さより大きく後ろに飛んで避け、振り切ったところで近付いて頭に向けてバットをフルスイングで当てる。
ゴブリンはよろけたがHPが全く削れていなかったからか1発では倒せなかった。ならばもう1発、というところでゴブリンがこちらに大きく1歩踏み出し、体を捻って今度は剣を左から右へ振ってくる。
「くっ…」
近すぎて今からでは避けられない。せめてダメージを減すために、金属バットで剣を止めようとした時。金属バットと共に握っていた魔法陣が地面に落ち、次の瞬間に地面が崩れる。そのせいでゴブリンが体勢を崩し、振られた剣は僕の目の前を通り過ぎて行った。
どうやら落とし穴の魔法陣を落としてしまったらしい。が、僕もゴブリンも落ちてしまっては毒煙玉も使えない。
落ちながらも金属バットを固く握り、背中から落下していくゴブリンの腹部にバットを叩き付ける。上から力が加わったゴブリンは僕よりも速く穴の底に落ちていった。
穴の底に叩き落とされ、鎧の重さかダメージの蓄積で身動きが取れないゴブリンに、落下の勢いを乗せた一撃をもう一度お見舞いする。ゴブリンの上のHPゲージは全て黒くなり、光の粒となって消えていった。
「勝った…」
現実で体を動かしている訳ではないので肉体的な疲労はないが、集中力を使ったのとプレッシャーがあったし、それらから解放されて精神的な疲労が酷い。
落とし穴の側面に露出する石や岩を掴み、ロッククライミングのように穴から這い出る。
「凛姉!」
上半身だけ穴から出すと、ブランに脇をガッ! と掴まれて引っ張りあげられる。
「見事じゃったぞ、リンよ」
「ありがとうございます」
何故か降ろしてくれず、ブランに抱っこされたまま馬車に戻る。
座るとうさ丸が寄ってきたので、撫でていると馬車が動き出した。
「疲れた…」
バジトラに着くまでゆっくり休もう。
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