第33話 魔法陣の改良(2)
師匠と話していたらゲーム内で夕方になっていた。しかしまだ夜ではないので、夜になるまで回復ポーションを作っておく。
完全に防げるかは分からないけど、毒煙玉運用の手立ては見つかったので、毒ポーションの生産も忘れずにやる。
「凛姉」
「うわぁっ!」
後ろから急に声をかけられたら誰だってビックリすると思う。心臓に悪いよそういうの。
「ブラン…どうしたの」
「凛姉は女の子になってからもう1週間以上経ってるでしょ? そろそろ慣れたかなって」
「ああ、そんなこと…。もう慣れてるよ」
鏡の前を通って驚く事も、声に違和感を覚えることもなくなったし、トイレやお風呂なんかも何も考えずに済むようになった。誠に遺憾だがね。
「今日は髪の結び方を教えてあげる!」
「いや別にいいよ…」
「教えてあげる!」
そんな強調しなくても…。
なんだか、女の子になってから妹に押しきられる機会が多い気がします。というか、女の子になってから妹がやたら可愛い服を着せたりしてきます。姉って呼ばれてるけど僕は兄だぞ。
「どんな髪型がいい?」
聞かれても困る。女の子の髪型なんてポニーテールとツインテールとおさげくらいしか知らない人間だぞ僕は。あとショートかストレート…それは結んでないけど。
「…ポニーテールで」
1番楽そうなのがそれだ。髪は背中に届くくらいの長さなのでポニーテールでも十分映えるだろう。あとは店主さんとお揃いでおさげも良いかも。楽そうだし。
合成で作っているポーションを完成させ、調薬に切り替えて三角フラスコと丸底フラスコに水と大量の毒草を突っ込んで煮込む。
「任せて!」
ブランに髪を結ってもらいながら、話を聞く。
ゲーム内で初めて会ってから数日、僕が魔術の教科書の問題を頑張って解いている間にも何回か会ったけど、これからはずっと一緒に居られるんだとか。
ゲームなんだし僕の心配はせずに好きにすればいい、と伝えても僕と一緒に居ると言うばかり。何故そこまで心配されるのだろうか。やはり身長が低いことで弱そうな印象を与えてしまうとか?
「できた!」
渡された鏡を見ると、ストレートだった後ろ髪が全部1つに纏められてた。軍服ワンピースに似合うね、ポニーテール。凛々しさが目立つ。
「この場所で結べばいいの?」
教えてあげると言ってきたのだから僕が覚えるまで言ってくるだろうし、さっさと覚えた方がいい。ポニーテールは1つに纏めて結ぶだけだから大体の位置を覚えればいいから楽だね。
1回解いて、今度は自分で結んで見せる。ブランは納得したようにうんうんと頷く。
よし、終わったのでポーション作りに戻ろう。
…と思ったが、まだ終わりではないようだ。髪を弄ってくるブランからは勝手にやるから好きにしていいよ、と言われたのでそうしよう。
髪を触られていると立てないので、合成ではなく調薬で続ける。ドロドロした紫のジェルみたいになっている毒ポーションを2つともガラス瓶に移し、同じように水と毒草を入れてスタンドにセットする。
残りの待機時間は魔法陣を描く。
師匠から教えてもらったような、木や金属板を削って魔法陣を描いたり、魔導水を素材にしたインクを使って描くのは現状は不可能だ。削る方は技術と素材がないし、インクは魔導水がない。ついでに言えばインクの作り方も知らない。
だから今できる事は量産くらいかな。紙もインクも有り余るほどあるし、攻撃手段は沢山あっても困らない。インベントリに制限とかないしね。
「凛姉、何描いてるの?」
「魔法陣だよ。これでブランみたいに魔法が使えるんだ。自由度と難易度はこっちの方が断然高いけど」
属性と要素を組み合わせて魔法を作れる、というのを大雑把に説明しながら落とし穴や風のドームなんかの量産しようと思っていた魔法陣や、試したい魔法陣なんかを描いていく。
思い返してみれば電撃の当初の目的…というか、こうなったらいいな、というのが敵への麻痺の付与だった。だが電撃は電撃、麻痺は発生しなかった。しかも直接的な攻撃だったので、恐らく要素が悪いのではなく属性が悪い。
だとすると麻痺にも属性が存在する事になる…のかもしれない。もしそうならば、麻痺だけでなく状態異常全般の属性が存在していると言う説も浮上してくる。
「麻痺属性の絵って何だ…?」
そう、問題はそこだ。雷や火、水なんかは分かりやすいし、絵とか記号にも表されていたりする。
睡眠なんかはいびきの擬音としてZが使われることがある。だが麻痺にはそういった記号はないし、絵にもならない。ならどう表す…?
麻痺に近いのは痙攣だろうか。麻痺というのは痺れて動けなくなるもので、「痺れる」という部分が痙攣と似ている…というイメージがある。実際にどうなのかは知らないが。
仮に、痙攣している人の絵を描いたとしても、それが属性なら要素はどうするのだろうか。属性と要素が合わさってようやく「麻痺」を表すのだとしたら、要素も描いた方がいい可能性もある。
煙玉を作る時に描いている火属性だけの物だが、一応あれでも成立はする。だが威力が低い。要素によって威力が変動するのであれば、やはり要素は加えた方がいいだろう。
物は試しとよく言うので、人を描いて痙攣しているようなエフェクトっぽいのを描く。
失敗にはならなかったので少なくとも魔法陣としては成立している。思い通りの効果になっていればいいけど…。
麻痺を量産するのは使ってみてからでも遅くはない。むしろ効果が分からないまま量産して、いざ使ってみたら想定とは全く違う物でした、なんてのは困る。
そうなると必然的に別の魔法陣を描く事になるのだが、次は何を描こうか…。
「うーん……とりあえず状態異常関連かな」
睡眠がZを並べるだけでいいならそっちの方が楽だし、毒は髑髏マークを描いたら完成したりしないだろうか。するといいな。
「どう?」
唐突にブランから鏡を渡され、何かと思って鏡に写った自分を見ると、先程結ったポニーテールではなく三つ編みになっていた。魔法陣について考えるのに夢中になっている間にブランがやっていたらしい。
「あー…可愛いね」
ナルシストみたいで嫌だ…。
ブランは満足そうに頷くと、せっかく結んでくれた三つ編みを解いてまた髪を弄り始めた。
…魔法陣を描こう。
Zを3つで睡眠属性になるとしたら、要素はなんだろうか。火や水なんかの属性と違って、睡眠属性を槍とか針にしても意味はない気がする。
特に思いつかなかったので先程の麻痺と同じく、属性だけを描く。要素はいつか思いついた時にまた試してみればいいだろう。
とは言っても状態異常の属性が存在している、というのはまだ完全には言い切れないが、あると仮定してもやはり要素が思いつかない。
火や水の形を矢とか槍にして威力が変わるのはよく考えたらちょっと意味が分からないが、それが状態異常属性に適用されているのだろうか。そもそも状態異常属性の威力が強くなるってなんだろう。
…効果時間かな? 状態異常の変動する部分ってそこら辺しかないし。
まあ、今は要素の問題は後回しにしよう。
状態異常属性があるなら毒を作ってみるのもいいかもしれない。毒煙玉を使うのもいいけど、あれはどちらかというと複数相手に効果が高く、単体との戦闘ではあまり使えない。
毒の魔法陣を作るために、髑髏マークを描いてMPを込める。いつも通り、MPが減って魔法陣が完成…しない。
MPの減る速度が変わるのは魔法陣ごとに使うMPが違うからだけど、今まで見たことないくらい速い。あっという間にMPが全部消え、今度はHPが減り始める。
これだけ大量にMPを消費する魔法陣は見たことがない。HPを使って完成するのであれば死なない程度まで注いでみよう。
HPのゲージが2秒で1割くらい減り、最大HPの10分の1くらいになっても止まる気配がないので魔法陣から手を離す。
なんだか気持ち悪い。頭が痛いし、息が乱れる。
MPがなくなって代わりとしてHP、つまり生命力を使っているのだから当然なのかもしれない。
魔法陣は完成していない。MPを肩代わりしてHPを消費して、それでもHPを9割を使っても完成しない魔法陣というのは気になる。今後もMPを込めてみよう。
「はあ…少し休憩しよ」
ブランに髪を弄るのをやめてもらい、フラスコの毒ポーションを瓶に移してインベントリにしまってベッドに寝転がる。ウサギ達が一斉に寄ってきて暖かくて気持ちいい。
「眠いから寝る…」
「うん、おやすみ凛姉」
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