第3話 説明会
九月五日の土曜日、俺は駅前で佇んでいた。
休日だというのに高校の制服を着ている俺は若干人目を引いている。
待ち合わせでここにいる以上は隠れるわけにもいかず、居心地悪さを感じていると人混みを巧みに躱しながらこちらに小走りで近づいてくる迅堂を見つけた。
「先輩、お待たせしました!」
「おう、時間に余裕はあるけど、早めに行こうか」
迅堂を先導するように駅から離れて、商店街へ向かう。
今日は地元商工会との相談と商店街を相手に説明会だ。
「伊勢松先輩は市役所に寄ってから来るらしい」
「市役所ですか。何のために?」
連絡が回ってなかったのか、迅堂が首をかしげる。
まだ動き出して間もないとはいえ、連絡網の整備が必須だな。
「文化祭を共催するにあたって、商店街の出店は高校横の公園を使うんだ。それで、公園を管理している市に占有許可をもらうらしい」
「あ、なるほど。でも、土曜日ですよ? 市役所は閉まってませんか?」
「ここだけの話、海空姉さんが根回ししたんだ」
「……ラスボスですね」
別に強権を振るったわけではなく、提出書類の確認を含めて時間が必要なはずだから商工会議所の会員と一緒に同席するため市役所と時間を調整しただけである。
なにしろ、開催まで二か月もない。同席した方が話が早いからと、時間を調整するのに誰も反対しなかった。
「先生方は?」
「市役所の方に付き添いだってさ。いくら高校生の自主性を育てるって言っても、大人が責任を取れないのは不味いからな」
「話が大きいですけど、私たちはまだ子供ですからね。中身はその限りじゃないですけど」
不敵に笑って、迅堂が胸を張る。未来人だけあって、頭脳は大人と言いたいようだけど、普段の態度は明らかに子供だから素直に頷けない。
駅から歩いて商店街を抜け、少し離れた商工会議所に入る。
迅堂が少し緊張気味に左右をきょろきょろと見回した。
「何をしているところなのかよく分からないんですけど、そもそも商工会ってなんですか?」
「平たく言うと、商業全般で融通を利かせたり意見をまとめたりする役所もどきかな。いろいろと検定とかもやってるよ。簿記とか」
「高校の文化祭って場違いなんじゃ……」
「それが場違いじゃないんだなぁ。それくらい手広くやってるんだよ」
商店街を巻き込むから地域経済に資するとかなんとか、理屈はこじつけられるけど。
貸してもらった会議室に入る。商店街の人は誰も来ていないが、商工会議所の会員が一人、待ってくれていた。
「いらっしゃい。早かったね」
「資料とかを配布しておきたかったので。申し遅れました。私は白杉巴と言います」
「私は迅堂春です」
「うん、聞いてるよ。私は銅突というものだ。今日はよろしく」
銅突さんはスーツが似合う細身の男性だ。歳は五十代の後半だろうか。どこか味のある彫の深い顔も相まって貫禄があるけど、威圧感は特にない。
簡単に挨拶を交わして、会議室を整える。椅子の数を確認し、少し机の配置を変えて、用意していた資料を机の上に並べていく。
「このホワイトボードは使ってもいいですか?」
「備品は好きに使って大丈夫だよ」
許可を貰えたので、今日の議題などをホワイトボードに書き始めると、会議室に人がぞろぞろ入ってきた。
商店街の人たちだ。
「先輩、私はお茶を配るのを手伝ってきますね」
「あぁ、頼んだ」
商工会議所の人が気を利かせて入れてくれたお茶を迅堂が配っていく。
「――巴君、大きくなったわねぇ」
声をかけられて、ホワイトボードから視線を外すとケーキ屋を営む親戚、塚田さんがニコニコしながら立っていた。
「どうも。今日はよろしくお願いします」
「表情が硬いわよ。緊張しなくても、みんな共催に乗り気だから大丈夫。笑顔よ、笑顔!」
「真剣にやらないとまずいので、程よく笑顔になっておきます」
「先輩の満面の笑みはこの迅堂春が独り占めしますよ!」
お茶を配り終えた迅堂がここぞとばかりにアピールを始めた。俺の親戚である塚田さんにアピールして外堀を埋める作戦らしい。
だが、この程度の工作は前回の世界線も含めて一年以上も対処してきたのだ。回避は余裕である。
「俺は友達にも笑顔を振りまく愛想の良さで評判だぞ。迅堂だけのものじゃないから」
「それなら、ここの皆さんに披露するためにも、不肖迅堂春、先輩をくすぐりましょうか?」
「待って、斜め上の回答すぎる。俺の笑顔を大量生産しないで」
「迅堂春は心を入れ替えました。独り占め、ヨクナイ」
両手を構えてにじり寄ってくる迅堂から距離を取る。
ふと、会議室中の視線が集まっているのに気が付いた。
「その子が迅堂ちゃんの思い人?」
「松瀬の子だとは聞いてたけど、真面目そうでいい子じゃないの」
「迅堂ちゃん、人を見る目があるね」
商店街の人たちが孫の交際相手を見る目で俺を見てくるんですけど……。
「迅堂、もしかして商店街でのバイト中に触れ回ってるのか?」
「乙女がそんなことを口に出すはずがありませんよ」
「数秒前のお前自身にその台詞を言える?」
「態度には出しますし、私は否定しないので!」
取り返しがつかなくなる前に否定してほしいんだけど、取り返しがつかないようにしたいんだろうから無理だよな。
「夫婦漫才してる」
「相性ばっちりでは?」
「応援してるよ、迅堂ちゃん」
奇しくも商店街の人たちの気持ちが一つになったところで、俺は時計を確認する。
ちょっと早いが、全員揃っているなら始めてもいいかな。伊勢松先輩たちからは少し遅くなるから先に始めてほしいと連絡を貰っている。
会議室を見回して人数を数えてみると、どうやら一人足りないようだ。
「あと来てないのって――」
誰ですか、と聞く前に会議室の扉が開いて一人の男性が入ってきた。
「すみません、遅れました」
「いえ、まだ時間ではありませんから大丈夫ですよ」
開いている席を勧めると、男性は軽く頭を下げて席に向かう。ちょうどその隣の席を宛がわれている塚田さんが気遣うように男性に声をかけた。
「織戸さんはいま忙しいものね」
織戸さんは確か商店街の老舗和菓子屋さんか。
飾り気のない清潔感のある服装なのも頷ける。
声をかけられた織戸さんは眉間にしわを寄せて塚田さんを見た。
「どういう意味です?」
わずかに険のある口調に塚田さんが怯む。
「いや、重陽の節句がもうすぐでしょう? 養護施設から今年も注文があったんじゃないの? バイトの田村君もそれに合わせて新しく雇ったでしょう?」
「……あぁ、そういう意味でしたか。ご心配には及びません」
職人気質で気難しい人なのかな。
参加者が全員揃ったのを確認して、俺は迅堂に目配せする。
迅堂はノートパソコンを開いて議事録作成の準備を整え、頷いた。ボイスレコーダーも横に置いてある。
俺は会議室を見回して口を開く。
「それでは、会議を始めようと思います」
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