第17話 飛び降り
飛び降り自殺。……連続自殺。
連想ゲームのように笹篠に繋がり、俺は深呼吸を一つする。
まだそうと決まったわけではない。それでも、希望なんてものは打ち砕かれるのが常だ。
なら、形ばかりでも覚悟を作ってから、人だかりに踏み込むべきだろう。
「――そこの君、ちょっといいかな?」
覚悟を決めて人に声をかけようとした時、横から聞き覚えのある声に呼び止められた。
振り向くと、そこには黒いスーツ姿の男性が手を中途半端に上げた形で動きを止めていた。俺が振り向かなかったら肩を叩こうとしていたのだろう。
「そう、君。ちょっとこっちに来てくれるかな?」
「……誰ですか?」
誰何する。だが、その黒スーツの男性を俺は知っていた。
前の世界線で迅堂が病院に運ばれた際に話をした刑事、床次さんだ。
床次さんは人目を気にするように周りを見回した後、困ったように頬を掻く。
「あぁ、ごめん。怪しむのはわかるんだけど、大人しくついてきてほしい。笹篠明華さんの友達だろう、君」
「確かに、笹篠さんとは友達です。あなたは?」
「結構強情だね……。あまり人目を集めたくないって配慮なんだけど」
困り顔をして、床次さんは口の前で人差し指を立てて内緒のジェスチャーをした後、懐から警察手帳をのぞかせた。
「これでどう?」
「なるほど。すみませんでした。どこに行けばいいですか?」
「ありがとう。ついてきて」
先導する床次さんの後ろを警戒しながらついていく。
なぜここに床次さんが、とは今さら言うまい。
先ほどのビルから飛び降り自殺したのはおそらく、笹篠だろう。
だが、床次さんが俺に声をかけたのはタイミングができすぎている。
笹篠から俺に繋げるまでがあまりにも早すぎるのだ。
人だかりができていたくらいだから、飛び降り自殺が発生してまだそんなに時間はたっていない。
人だかりから離れた駅近くのビル陰で床次さんは足を止めた。奥の方にはパトカーが停まっている。角度を変えたことで人だかりの前に黄色いテープが張られているのが見えた。
「改めて、刑事の床次です。これ、警察手帳ね。君が白杉君であってるかい?」
「はい、白杉巴です。学生証とか、見せた方がいいですか?」
「持ってるの? 真面目だね。見せてほしいな」
財布から学生証を出して提示すると、床次さんはざっと見て小さく頷いた。
「確かに。それで、聞きたいことというのは君の友達、笹篠さんのことなんだ」
「あの人だかりと関係してますか?」
「質問してるのはこっちね」
怒られた。
床次さんは苦笑しつつ、人だかりの方へちらりと目を向けた。
「隠しても仕方がないから白状すると、君の推測通りだ。落ち着いて聞いてくれ。笹篠さんがそこのビルの屋上から飛び降り自殺を図った」
……へぇ。
今の段階で飛び降り自殺と断定するか。
俺は屋上に目を向ける。ここからでは見えるはずもないが、靴が揃えておかれてでもいたのか。
それとも、夏の事件と同じく――自殺にする気か。
前の世界線で、床次さんは宮納さんや大塚さんの『ラビット入りのスマホ』を探している様子だった。
兎狩りだとすれば、自殺と断定するのもおかしな話ではないが……まだ情報不足だな。断定は危険か。
床次さんは冷静な俺を見て、眉をひそめた。
「仲がいい友達だと推測していたんだけど、ずいぶんと冷静だね」
「正直、現実感がないです。今日の午後過ぎまで、クラスのみんなと一緒に焼き肉を食べていたくらいですよ? 自殺なんてするとは思えない」
「ふむ、なるほど……。焼肉ね。もうちょっと詳しく教えてくれる? 何時から集まって、何時まで一緒だった? 参加者もできるだけ詳細に教えて欲しい」
根掘り葉掘りと聞いてくる床次さんの質問に適宜答えていく。
流石にクラスメイトの連絡先は俺の口からは言えないので、学校に問い合わせてもらうようにお願いした。
手帳に色々と書きつけていた床次さんは俺をまっすぐに見つめる。
「飛び降りた笹篠さんのスマホを確認したところ、直前に君からの電話を受けた形跡があったんだ」
あの電話か。
「クリスマスプレゼントを渡そうと思って合流できないか電話をかけたんです。一言も話さず切られました」
通話時間を見れば分かるだろうけど、一応正直に答える。
納得した様子の床次さんは手帳にペンを走らせながら口を開く。
「確認のため、君のスマホを見せてもらってもいいかな?」
その質問を聞いて、俺は背中に氷を突き付けられたようなヒヤリとした感覚に見舞われた。
床次さんが兎狩りだとしたら、『ラビット』が入っている俺のスマホを見せるのはあからさまにまずい。
スマホに『ラビット』が入っている時点で未来人だと決め打ちされる。どんな手段で排除を狙ってくるかもわからない。
とはいえ、この流れで見せるのを拒むのも疑いを招く。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ――
回避方法がない。
思考が空転しかけたその時、スマホが振動する。
……海空姉さんからの着信だ。
「すみません、ちょっと電話がかかってきたので、出ます」
床次さんから一歩離れて、スマホを耳に当てる。
制止しかけた床次さんが諦めたように肩をすくめた。
「もしもし? 海空姉さん?」
『やぁ、巴の頼れるお姉さんの海空だよ。忘年会で大人連中に振舞うお酒の予約をしてきてほしいんだ。頼めるかい? というか、いま何所だい?』
前の世界線では笹篠と一緒の時に受けた、お使いの電話連絡か。
頼りになるお姉さんだよ、マジで。
海空姉さんは『ラビット』の開発者だ。しかも、俺のスマホを『ラビット』を利用して遠隔操作できる。
おそらく、遠隔で『ラビット』を消去することもできる。
床次さんの手前、言葉を選びつつ海空姉さんに状況を伝えれば乗り切れる。
「海空姉さん、実は笹篠が飛び降りたらしくて、いま現場にいるんだ。直前に笹篠のスマホに電話をかけたんだけど、すぐに切られて、確認がてらこのスマホを刑事さんに見せるから、通話を切りたいんだけど」
海空姉さんは夏の事件以降、国や警察を疑っている。
いまだにキャンプ場を訪ねてくる刑事についての情報を俺や笹篠、迅堂に共有しようとするくらいだから、警察に『ラビット』を見られるリスクは承知しているはず。
海空姉さんは一瞬の沈黙を挟み、口を開いた。
『……ふむ、そうだったのか。笹篠君は無事なのかい? いや、巴に聞くことではなかったね。うーんと、分かった。その、気落ちするなというのは無理だと思うけど、そこに居なさい。すぐに迎えを送る。お酒の件は別の者に頼むから気にしなくていいよ。それじゃあ、切るけれど、くれぐれも短気は起こさないようにね』
「分かってるよ」
伝わったか?
それとも、ダメだったか?
もっとわかりやすい言い回しはなかったか?
思考がぐるぐると回る。
通話を切り、俺はスマホのロックを外した。
ホーム画面にアプリ一覧が表示されている。そこに『ラビット』は――なかった。
内心安堵しつつ、床次さんにスマホを渡す。
「どうぞ」
「ありがとう。個人情報もあるだろうから、一緒に画面を見てくれるかい?」
俺にも確認できるように画面を傾けて、二人でホーム画面をのぞき込む。
「……通話履歴はこれかな?」
ホーム画面を見た床次さんは通話履歴を開き、笹篠との通話記録と時間を確認する。
「うん、間違いないね。この電話を受けた時にはもう、自殺の意志を固めていたのかもしれない。だから、その、あまり気を落とさないようにね」
最後に俺のことを気遣う様子を見せて、床次さんがスマホを返してくる。
スマホを受け取ると、床次さんは人だかりとは逆の方へ行くようにアドバイスをしてパトカーの方へ歩いて行った。
俺は駅の方へ歩き出す。
しばらくすれば、本家のお手伝いさんが運転する車が来るだろう。
今はとにかく、海空姉さんの顔を見て安心したい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます