第16話 二律背反
迅堂の家まで歩く。
すれ違うのはカップルばかり。多分、俺と迅堂も同類だと思われている。
「先輩は巫女さんとか好きですか?」
眼鏡和装男子フェチが判明した迅堂が俺の弱みを握ろうと話題を振ってくる。
巫女さんねぇ。
「悪くはないけど好きかと言われるとそこまではって感じかな」
「じゃあ、先輩が好きなコスプレは?」
「ちょっと待って、なんでコスプレ?」
巫女バイトするつもりの迅堂がコスプレ枠に巫女さんを入れるのはまずいだろ。
「定番のナース服ですかね? 回答次第では迅堂春の進路にもかかわってくるので慎重なお答えをお願いします」
「尼さんとか答えたらどうするつもりだよ」
「そこはシスターで手を打ちません?」
「迅堂に宗教関係は無理だと分かったわ」
尼さんとシスターのカテゴリが隣り合ってる時点で職業倫理的にアウトである。
「大丈夫ですよ。日本の神様は細かいことを気にしませんって。つまり、巫女さんバイトなら清楚でお調子者の迅堂春に適任では?」
「清楚でお調子者って両立する属性だったのかよ」
「それで、先輩の好きなコスプレは?」
蒸し返すんだ……。
「うーん、割烹着かな」
「割烹着!?」
「和服と同じで姿勢が良くないと似合わないし、家庭的な感じが良くない?」
「割烹着……。高難易度ですね。うーん、手持ちにないうえに見せる機会がなかなか作れない……」
真剣に悩んでいる様子だけど、割と適当に言っている。
「和服もいいけどな」
「とりあえず、和装がいいんですね。やっぱり環境でしょうか?」
「我が家は基本洋服だぞ。一族でもいつも和服なのは海空姉さんくらいだ」
「やっぱり、あの人がラスボスですね」
「たまに聞くけど、そのラスボスって何?」
春からずっと、迅堂も笹篠も海空姉さんをラスボス扱いしている。
迅堂は俺の質問を聞いて遠い目をした。
「何度も過去に戻ってやり直しては先輩と付き合っているわけですが、松瀬のお姉さんはどの世界線でも超えるべき試練を与えてくるんです」
「どんな?」
試練とやらの内容が気になって尋ねると、迅堂はふっと疲れたように笑った。
「華道、茶道、お琴を一通り。他にも必要だからと庭園巡りをさせられたり」
「うちが造園業をやってるからなぁ」
「しかも、付きっきりで教えてくれるんですよ。断れないじゃないですか。しかも教え方が上手!」
海空姉さんも幼少期から一通り習ってるからね。もともとのスペックが高いうえにいまや未来人だから、技量もウナギ昇って竜になってる。
「そもそも、先輩に一番近い女性が松瀬のお姉さんですよ。それがあんな和風美人なんて、そこからして強敵ですよ」
「まぁ、美人だよな」
だらしないところもあるけど。
「先輩をものにするならまず、松瀬のお姉さんに打ち勝たないといけないんですよ。笹篠先輩も強敵ではありますけど、先輩が和風美人好きになったのも松瀬のお姉さんの影響ですよね?」
「どうだろう。海空姉さんはあまり関係ない気がする。和服を見慣れているだけだと思うんだよ」
馴染みがあるから親近感を抱くだけで、好きとはまた別なのかもしれない。
クリスマスにしては微妙な話題を続けているうちに迅堂の家に着く。
「先輩、おやすみなさい」
「おやすみ。手を離せ」
「寄っていきません? 両親には先輩のことを良く話しているので、さらっと受け入れてもらえますよ?」
「根回し済みでも家族団らんにお邪魔する気はないよ。それに、笹篠にクリスマスプレゼントを渡しに行かないといけないし」
「クリスマスデートの直後に他の女の下へ直行とは、二股が板についてきましたね、先輩!」
「弄らないでくれる? 日頃のお礼も兼ねたプレゼントなんだから。しかも、海空姉さんの分もあるから計算上は三股になる」
「クリスマスですから大目に見ますよ。先輩を独り占めしたままなのも悪いので、笹篠先輩におすそ分けしておきます」
「ありがとう。そろそろ手を離せ」
いつまで握ってるんだよ。
名残惜しそうに手を離した迅堂はそのまま手を振って家の中へと飛び込んでいった。
俺は迅堂の家に背を向けて歩き出す。
迅堂の安全は確保できた。だが、前の世界線でなぜ迅堂がチェシャ猫に襲われたのかは不明だ。
チェシャ猫に繋がる情報がまるでない。正直、不気味なくらいだ。
俺はスマホを取り出し、笹篠のスマホに電話をかける。
もう日も沈みかけて、街灯の明かりもついている。家に帰っているだろうか。
笹篠の家に向かうべきかと考えていると、電話がつながった。
「もしもし、笹篠か? クリスマスプレゼントを渡しそびれていたから――」
……なんだ?
わずかな違和感に口を閉ざし、耳を済ませた直後、一方的にスマホが切られた。
「……さ、笹篠?」
呼びかけるが、当然応答はない。ツーツーと電話が切られたことを教える電子音が響くだけだ。
すぐに駆け出す。
同時に、頭を回転させる。
なんで、違和感を抱いた?
笹篠が一切声を発しなかったから?
いや、違う。
電話口に出たのが――笹篠ではなかったからだ。
声が聞こえたわけではない。
だが、俺がクリスマスプレゼントを渡したいと言いかけた時、ため息が聞こえた。笹篠とは違う低い音だった。
がっかりしたような、当てが外れたような、あれはそんなため息だった。
電話を切ったのもため息の主だ。
ならば、スマホの持ち主である笹篠はどうなった?
丁字路に差し掛かり脚を止める。笹篠の家と駅に別れる道だ。
「……駅だ」
前の世界線で笹篠にクラゲのライトアップを見に行こうと提案した時、笹篠は言っていた。
『白杉も調べてあったんじゃない』
笹篠もクラゲのライトアップを見に行くため事前に調べていたんだろう。クリスマスプレゼントを自宅に置いていた理由も俺が家まで送ると踏んでのことだった。
笹篠にとって、クリスマスの今日にクラゲのライトアップを見に行くのは確定事項だったのだ。
俺と行けなくなった笹篠がまっすぐに家に帰るかというと、おそらくは帰らない。一人でもクラゲを見に行くだろう。
そして写真を撮って、明日俺を誘うのだ。綺麗だったからもう一回見に行きたい、とか。
全力で走り続けて、俺は駅へと到着した。
息を整えつつ、水族館に行くべく電車に乗ろうと改札を目指して走る速度を緩め、歩きに変えた時、人だかりが目についた。
目を向ける。
背の高い雑居ビルの前にある人だかり。
漏れ聞こえてきた言葉に、俺は足を止めた。
「――飛び降り自殺だって」
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