第10話 タイムオーバーです
病院に運ばれてすぐ、迅堂の死亡が確認された。
死因は首つりにより自殺、窒息死。
娘が自殺などするはずがないと迅堂母が詳しく調べてほしいと医者に縋ったが、詳しい司法解剖は警察の方で行われるとのことだった。
病院の中庭のベンチに座り、夜空を見上げる。
「……自殺か」
夏の事件では、他殺にもかかわらず警察が自殺と判断して捜査が打ち切られた。
この病院に警察、国の息がかかっていて自殺という診断結果を下したという考え方も一応はできる。
だが、迅堂はおそらく本当に自殺した。
家に鍵がかかっており、迅堂母が開けるのを俺も目撃している。
家の中は整理整頓が行き届いており、荒らされた痕跡がなかった。
何より、迅堂の首にかかっていた縄の痕はその形状や角度から考えても正しい位置にあった。一度絞殺したうえで自殺に見せかけるためにクローゼットに吊った場合、別の跡が残るはずだ。
だからこそ、意味が分からない。
「なんで自殺した……?」
俺との約束の件もそうだが、迅堂には自殺の動機がない。迅堂母の狼狽振りをみても間違いない。
迅堂と連絡を取り合ったのは昨日の午後、今日の約束を取り付ける際の電話だった。あの時点で、迅堂には自殺の動機がなかったはず。
その後に何か事情が変わったのだろうが、俺や家族に相談していないのも気にかかる。
それに、明華と迅堂本人が言っていた。
――全員が相次いで自殺する未来。
これはその始まりに過ぎないのでは?
俺はスマホを取り出し、明華に電話をかける。
「……明華か?」
『えぇ、どうかしたの、巴?』
普段と変わらない明華の声に俺はわずかに安堵した。
「端的に、事実だけ報告する。迅堂が自宅のクローゼットで首を吊って自殺した」
『……っ』
息をのむ気配がした。
明華は気持ちの整理をつけるようにしばらく沈黙した後、口を開いた。
『もう助からないの?』
「死亡が確認された。今、迅堂の家では警察が捜査に入ってる。俺もこの後、現場検証で呼ばれてる。第一発見者だから」
『そう……。巴から見て、不審な点はなかった?』
「自殺する動機が不明だ。明華も聞いていた通り、今日の約束もあったしな」
『現場にも不審な点はない?』
「なかったな。迅堂の家に入るのは初めてだったから違いは分からないけど、荒らされたりはしていなかった」
明華は考えをまとめるような間を挟み、続けた。
『巴、身辺に注意して』
「連続?」
『えぇ、私が今まで見てきた未来だと、次に狙われるのは巴か松瀬さんよ。特に、松瀬さんに注意して』
「分かった」
気を付けて、という言葉と共に明華からの通話は切れた。
明華の無事はひとまず確認した。
明華も今回の迅堂の自殺が連続自殺の始まりだと考えている様子だった。
つまり、この自殺の裏には何者かがいる。
「俺との電話の後に迅堂が何者かと接触し、それが自殺のキッカケになった?」
迅堂母は昨日の夕方、迅堂は家に帰ってきてから様子がおかしかったという。
確か、迅堂はクラスの友達と出かけていたはず。その友達が何かを知っている可能性がある。何も知らないのなら、何者かとの接触時間がさらに特定できる。
過去に戻るとしても、この世界線で得られる情報をまとめてからだ。
ともあれ、いまは海空姉さんに連絡しておこう。この世界線に留まる以上、危険性の周知は最重要だ。
海空姉さんのスマホの番号を呼び出して電話をかける。
コール音が響く。
一回、二回、三回と。
不安になるような長い呼び出し音の後、海空姉さんが通話に出た。
『もしもし、巴。どうしたんだい? 迅堂ちゃんとのデート終わりにボクの声が聞きたくなったのかな? 可愛いところがあるじゃないか』
「迅堂が自殺した」
『……え?』
心底驚いたような声だった。
『巴、迅堂ちゃんとデートに行ったはずだろう? どういうことだい?』
「待ち合わせ場所に迅堂が来なかった。スマホや家の電話にかけても誰も出ないから、直接家に行って、首を吊っているのを発見した」
『……そうか。笹篠さんは?』
「さっき連絡した。無事だ」
『わかった。本家においで。このタイミングで起きるとは思わなかったけど、連続自殺事件が起きているようだから、ボクが知っていることを話したい』
海空姉さんも知ってるのか。
「分かった。警察の現場検証に付き合った後になるけど、必ず行く」
通話を切り、ため息をつく。
ひとまず、現状でやれることはやった。
後は頭を働かせるだけだ。
そう思った時、足音が近付いてきた。
「白杉君だな? 春の彼氏の……まだ、友達か?」
ジムで鍛えているのか、筋肉質な男性だ。スーツが小さいのか、窮屈そうに見える。
「迅堂さんのお父さんですか?」
「あぁ、仕事先で知らせを受けて、いま顔を見てきたところだ。隣に失礼するよ」
ベンチに腰を下ろした迅堂父が地面を鋭い視線で睨む。
「単刀直入に聞こう。春を振ったか?」
「春先の喫茶店バイトの頃からお付き合いは断っています。大学入学まで誰とも付き合う気がないので」
「春から聞いていた通りか。君から見て、春の様子はどうだった?」
「昨日の夕方に電話を受けた時は普段通りでした。ただ、その後メールが返ってこなくて心配していました」
迅堂父は俺の話を聞くと無言で頷く。
「春が自殺すると思うか?」
「思えません。性格もそうですが、約束もありましたから」
迅堂父が俺の背中を軽く叩く。
「同じ考えだ。春と昨日一緒に遊んでいたという友達の家にも電話をして、話を聞いた。駅前で別れるまで普段通りだったそうだ」
もう友達にまで話を聞いたのか。フットワークが軽い。
迅堂父は険しい表情で虚空を睨む。
「春が自殺をするはずはない。だが、状況証拠は自殺としか考えられない。何かを見落としているはずだ。君がそのピースだと思ったんだがな」
「申し訳ありません。俺もそのピースを探しているところです。ただ、状況証拠で言えば不可解な点があります」
「約束のことか? 昨日の夕方から事情が変わっただけだろう」
「いいえ。もう一つあるんですよ」
首を吊っている迅堂を発見した時に気付いたことがある。
「迅堂の部屋の机の上にノートが数冊広げられていました。遺書かと思って、見ないようにしていたんですけど、ロープを切るためにハサミを取った時、ちらりと見えました。ただ板書を写しているだけのノートでした」
「……勉強していた?」
「自殺前に勉強なんてしますかね?」
「しないな。家に帰って来てからも何かがあったのか」
迅堂父は首を横に振る。
「様子が変だとは思ったが、具体的なことは何も分からないな」
「どう、様子が変だったんですか?」
「そうだな。よそよそしいというか、困っているというか。てっきり、白杉君と何かあったのかと思ったんだ。青春だな、と……笑っている場合ではなかったのにな」
迅堂父が立ち上がる。
「ありがとう。参考になった。こんな形で初めて会話することになるとは思わなかったが……。君が私たちの息子になる未来があったなら、歓迎なんだがな」
寒風に肩を縮こまらせて、迅堂父がベンチを離れる。
その背中を見送っていた俺のスマホから声が聞こえた。
『――ロールバックを行います』
ぎょっとしたのも束の間、俺は天井を見上げていた。
「にゃー」
聞きなれた鳴き声に、俺は顔を向ける。
我が家の愛猫ソノさんが朝食を寄越せと訴えている。
俺は自分がベッドの上に横になっていることに気付いて、枕もとのスマホに手を伸ばす。
日付はクリスマスの翌日、時刻は午前七時。
「……は?」
状況が分からず、間抜けな声が口からこぼれた。
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