第5話 頼れるお姉さん
「トナカイに曳かせるソリってことは、垂直離陸はできないわけで、進行方向をいかに封鎖するかがカギだと思うんですよね」
「垂直な壁だと壁走りして垂直離陸ができるかもしれないわ」
「なら、油をかけて滑らせるし、なんなら電柱にソリを繋げばよくない? 鎖とか、自転車錠とかでさ」
迅堂、笹篠、貴唯ちゃんはサンタが実在するならどうやって生け捕りにするかを熱く議論している。
ネットで町の地図や衛星写真まで引っ張り出して白熱している三人娘を横目に、俺は海空姉さんに小声で話しかけた。
「気になってたんだけど、なんで本家に誘ったの? 俺の家に海空姉さんがくる形の方が自然な流れだった気がするんだけど」
「貴唯からの話を自然な形で共有するには、全員が一堂に会しても不自然ではないイベントがないと難しかったからね」
刑事の話か。
確かに、海空姉さんから言い出すのは不自然だ。
俺を経由する場合、夏のバイトに参加していない笹篠にこの話を教えるのも不自然になる。
というか、海空姉さんも国が怪しいって睨んでるんだな。
「そういう理由か。流石、海空姉さんは頭が回るね」
素直に感心すると、海空姉さんは小さく微笑んだ。
「ボクは君の頼れるお姉さんなんだぜ?」
「頼りにしてるよ」
『ラビット』ともども、頼りにさせてもらうよ。
「――ヤバっ、そろそろ迎えが来る」
貴唯ちゃんが時計を見て立ち上がる。
鞄を掴んだ貴唯ちゃんを見て、お開きの流れを察した笹篠と迅堂も片づけを始めた。
「名残惜しいけれど、私も帰るわ」
「迅堂春も凱旋しないとですね」
海空姉さんがしたり顔で頷いた。
「では、巴はボクが独り占めだね」
なんかほざいてるけど、俺は写真の恨みを忘れていないんだ。
「迎えってことは貴唯ちゃんは車で帰るでしょ? 俺は笹篠と迅堂を送って帰るよ」
もう外は暗いし。
俺が立ち上がろうとすると、海空姉さんが袖を掴んできた。
「クリスマスの夜に男が一人歩きなんて危険だ! 逆ナンされてしまう!」
「されないって」
「いえ、先輩は夏祭りで逆ナンされていました!」
あったっけ、そんなこと。
迅堂の告発を聞いた海空姉さんは重々しく頷いた。そんな深刻な話題では断じてない。
「これはやはり、最年長のボクが送っていくのが大人の務め。誰か、一緒に来てくれ」
海空姉さんが声をかけると、手近なお手伝いさんがサッと音もなく海空姉さんの後ろに控えた。
「行こうか。クリスマスに夜の散歩も悪くない」
「風邪を引かないようにね。マフラーと手袋は持った? 誰か、靴底カイロを用意してください。後、お風呂の準備もお願いします」
「……巴、ボクが保護者のはずだ。貴唯からも巴に言ってやってくれ」
「巴兄さんに任せておくのが一番だって一族の常識だし」
「親族会議を開いてやろうか……」
お手伝いさんにマフラーを巻き巻きされている海空姉さんを置いて、玄関を出る。
一足早く外に出ていた笹篠が両手に息を吹きかけて温めていた。白い息が冷たい空気に散る。
空を見上げるとあいにくの曇り空。星が見えないのは残念だ。
俺に気付いた笹篠が両手を出してきた。
「白杉、手を出しなさいよ」
「こう?」
言われるがままに両手を出すと、柔らか冷たい笹篠の両手に包み込まれた。
「暖かいわね」
「家の中にいたからね」
手を握ったまま、笹篠が空を見上げた。
「ゆっくり帰りましょう。今日は雪が降るはずだから」
「未来知識?」
「ムードのないこと言わないの」
「ごめん」
笑いあって、俺は再び空を見上げる。
雪が降ると聞けば、この曇り空を憎めない。我ながら現金なものだと思う。
玄関を出てきた海空姉さんや迅堂、貴唯ちゃんを振り返る。
ちょうど、本家の前に斎田家の車が停まったところだった。
「貴唯、迎えに来たよ」
車を降りてきた斎田さんが車のバックドアを開けて貴唯ちゃんを手招く。
「みんなまたね。明華姉さん、巴兄さんを落としてください。応援してます!」
「任せなさい」
「巴はボクのだ」
「いえ、先輩は渡さないです」
帰り際に火種を投じて暖かくしていくとは、なんて気配りのできる子だろうか。
貴唯ちゃんが車に乗り込むと、斎田さんは海空姉さんに頭を下げて運転席に乗り込んだ。助手席には奥さんの姿もある。
「これからクリスマスディナーだそうだよ」
海空姉さんが補足してくる。
そう言えば、俺も夕食はまだだったな。
「貴唯ちゃん、ケーキを食べて大丈夫だったのかな?」
「先輩、甘いものは別腹ですよ」
「それがスリム迅堂さんの最後の言葉だったわ」
「笹篠先輩!?」
「巴がお世話になったようだし、お正月に和菓子セットでも送ろうかな」
「松瀬のお姉さん、この流れでそれを選びますか」
迅堂がツッコみに回っている。珍しいこともあるものだ。
のんびりと歩いていると、お手伝いさんの存在を忘れそうになる。気になって振り返れば、構わずにどうぞと笑みを返された。
まっすぐに迅堂の家に向かう。
「先に笹篠先輩をリリースすべきだと思うんですよねー」
「子供を先に返すべきでしょう?」
「一歳しか違いませんよ。むしろ精神年齢では上なくらいです!」
いや、精神年齢は笹篠も見た目より上だから。全員未来人なんだし。
笹篠が迅堂の主張に肩をすくめた。
「現実を認められないところがいかにも子供ね」
「そっくりそのままお返ししますよ」
「はいはい、喧嘩しない」
二人の間に割って入ると、即座に両方から腕を掴まれた。
「先輩、我が家でクリスマスパーティ二次会しません? 夕食まだですよね!」
「白杉、うちの両親が会ってみたいって。ブッシュドノエルも作ってあるわよ」
そう言えば、笹篠って日仏ハーフだった。本場のブッシュドノエルか。
「クリスマスに関しては我が家の方に分があるわよ。血の半分は本場なんだからね」
「巫女バイトに志願した口でよく本場とか言えますね!」
「血の半分は日本だもの」
「いいとこどりだー」
とりあえず、放してほしい。両腕を拘束されていると歩きにくい。
家の前に着くと、迅堂は名残惜しそうに腕を放してくれた。
「松瀬お姉さんにパス!」
「引き受けよう」
空いた腕が海空姉さんに捕まえられる。
サンタさん、自由を、ください。
「先輩方、また今度遊びましょう! 気を付けて帰るんですよー!」
玄関の方へ駆けて行った迅堂が俺たちにそう言って、扉を開けるなり中へと「メリークリスマス!」と声をかけて入っていく。
家の中でもあのノリか。
「次は私の家ね。雪、なかなか降らないけれど……」
俺の腕を掴んでいるのとは逆の手を空にかざして、笹篠は詰まらなそうにつぶやく。
「明日の午前中までに積っていれば、クラスの打ち上げも少しは盛り上げるんじゃないかな?」
「巴と笹篠さんは明日、学校の行事があるのかい?」
「行事というか、同級生同士での私的な打ち上げみたいなものですよ」
「学生らしいねぇ」
海空姉さんも大学に行っていれば同じようなことをしていたと思うけどね。
忙しい身の上だから断っていた可能性もあるけど。
海空姉さんは白い息を細く吐き出しながら少し考えて、俺を見た。
「まぁ、クラスメイトと一緒なら大丈夫だろうね……」
何その言葉、意味深なんだけど。
笹篠の前で問い詰めるわけにもいかず、俺は聞き流す。
笹篠が住むマンションは庭も玄関もLEDで飾り付けられてクリスマス仕様になっていた。玄関横には小さなクリスマスツリーが飾られている。
「父もそうだけど、このマンションって外国人が多いのよ。その人たちが凄く凝り症なの。妙にイベント好きなのもあって、年々派手になっていて困るわ」
「引くことで完成する美があることを教えてみたらどう?」
「お寺観光でもすればいいのかしら?」
真剣に検討する笹篠の横でイルミネーションを見物していた海空姉さんが口を挟む。
「ボクには正月飾りが派手になる未来が見えるよ」
「ありえない話じゃないわね」
苦笑した笹篠が俺たちに手を振って、玄関へと歩いていく。
家の中へと入っていく笹篠を見送って、俺と海空姉さん、ほぼ気配を感じないお手伝いさんは松瀬本家への道を歩き出した。
「おや、降り始めたね」
海空姉さんが空を見上げて静かに微笑む。
「最後のクリスマスにならなければいいけれど……」
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