第2話 ケーキ勝負!
翌日、終業式を終えた俺の前には二つのケーキが並べられていた。
「昨日、作ったケーキよ。さぁ、食べなさい」
「これからケーキ屋のバイトなんだけど」
「先輩、食べないのは失礼にあたりますよ」
食べないわけじゃないんだけどね。
ただ、食べたらケーキ屋バイトがどうでもよくなりそうなくらい、見た目がすでに美味しいんだよ。
改めて、二つのケーキを見比べる。
両方ともチョコレートケーキだ。側面まで丁寧にむらなくコーティングしてある。もはやプロと遜色ない腕前なのは、この二人が揃いも揃って未来で研鑽し合った結果だろう。
この二人、いろんな分野で研鑽しすぎて超人化してきてる。
迅堂のケーキは上に赤いイチゴムースとビターテイストの黒いチョコムースがバランスよく配置されていて、落ち着いた味にもかかわらず見た目にかわいらしいケーキになっている。切ってみると、二層のスポンジの間にイチゴムースの層があり、切り口を側面から見ても彩りが綺麗なケーキだ。
食べてみると、意外にも酸味が利いている。イチゴの酸味が舌の上で踊った後、チョコレートが落ち着かせてくれた。後に残るのはチョコレートの落ち着いた苦みとほのかな甘み、丸みを帯びた香ばしさ。
文句のつけようがないほど美味しい。常々料理上手な迅堂が腕によりをかけたのだろう。
「どうです、先輩。嫁に欲しくなるでしょう?」
「めっちゃ美味しい」
どうしよう。これ以上とかちょっと想像がつかないほど美味しい。俺の好みに一直線のお味。
研究されつくしている。ケーキ以上に、俺という人間の味覚を……。
未来人怖え。
笹篠が不満そうに自分が作ったケーキを突き出してくる。
「食べなさいよ。私が白杉のために作った一点物よ」
「ありがたくいただきます」
迅堂と同様に見事な調理技術で仕上げられているのが分かる。チョコレートコーティングの上に砕いたアーモンドやヘーゼルナッツが散らされ、大人の気品が漂う。
切り分けてみると、下からスポンジ、チョコムース、スポンジ、チョコムースという四層になっている。一番上のチョコムースの表面をパリッとしたやや厚めのチョコの層が覆うことで形を保っていたらしい。
迅堂が素直に感心したように笹篠のケーキの断面を見る。
「凄い技術力ですね。チョコの温度管理を間違えたら切り分けた瞬間にトロって崩れちゃいますよ」
「温度と組成を見つけるのに苦労したわ。でも、味は保証する」
見ればわかる。絶対に美味しい。
三角柱のケーキの先端をフォークで切る。パリッとした表面のチョココーティングが割れるとスッとムースやスポンジが切れる。
一口サイズになったそのケーキを口に運ぶ。
ふわりと、ナッツの香りとチョコの香ばしさが口に広がる。サラッと瞬時に溶けたチョコムースのコクがあるほろ苦さと甘さがスポンジの柔らかさと絶妙にマッチしていた。少し厚めのチョココーティングは混ぜ込まれたナッツのおかげでたやすくばらばらになり、ぱりぱりと楽しい食感を加えている。
迅堂とは方向性が違う。しかし、甲乙つけがたい美味しさ。
「すごい美味しい」
ケーキ屋バイトの帰りに売れ残りがもらえることになってたけど、もういらないかも。
万人受けの商品でこの味を上回るものがあるとは思えない。頭の中に隔離スペースを作ってこの味を永久保存したい。
「で、どっちの方がおいしいんですか?」
「はっきり決めなさいよ。同率一位はもう飽きたわ」
「なら、二人もそれぞれのケーキを一口食べてみろよ!」
有無を言わさず二人にケーキを差し出す。
互いを睨んだ笹篠と迅堂は渋々といった様子でお互いのケーキを一口食べて、唸った。
「うーん……。私はまけてないわよ」
「うーん……。負けてないんですけどね」
「ほら、二人も素直に自分の勝ちを主張できないだろうが!」
減点ポイントはないのに加点ポイントは互いに方向性が違うせいで比べにくいんだよ!
引き分けに納得してもらったところで、俺は時間を確認する。
「そろそろバイトに行かないと」
「そうですね。先輩、バイトに行きましょう」
「待ちなさい。なんで迅堂さんまで一緒に行く流れになってるのよ」
鞄を片手に立ち上がった俺に続こうとする迅堂の肩を掴んで、笹篠が問いかける。
俺も不思議に思って迅堂を見た。
迅堂は左手でピースサインを作って天井に掲げる。
「よくぞ聞いてくれました! 実は昨日のうちに貴唯ちゃんからケーキ屋の人手が足りないとの情報をゲット。斎田さんに夏のキャンプ場での働きぶりを吹聴してもらってからバイトとして志願。無事に採用されたのです!」
「なっ!?」
笹篠が驚愕して、迅堂のケーキを見る。
「これを、バイト採用手続きの片手間に作ったというの……?」
いや、笹篠が想像しているよりも時間に余裕があるから。迅堂も未来人だから、レシピを完璧に暗記してチョコレートが冷え固まるまでの間に電話したんじゃないかな。
時間の使い方が上手いのは確かだけど。
「ふっふっふ、この迅堂春の権謀じっつ――権謀術数に恐れおののくがいいですよ!」
「うわぁ、噛んではいけないセリフを噛んだせいで頭悪く聞こえる」
「うるさいですよ、先輩!」
抗議を聞き流す俺の横で笹篠が悔しそうにぶつぶつと呟いている。
「まさか、夏のバイトが伏線になるなんて……。今から戻る? でも、夏の事件は不明点が多すぎるし……」
凄く悩んでいる。
悩む笹篠へ、教室の片隅から声がかけられる。
「――おーい明華、明日のクラス打ち上げの席割を決めたいんだけど、希望があるでしょ。早くおいでー」
春のテニス大会で笹篠と激戦を繰り広げた女子テニス部、大野さんである。
笹篠はちらりと大野さんを見た後、にやりと笑った。
「そうよね。明日があるわ。明日は確実に白杉を捕まえられる……」
席を立った笹篠が颯爽と大野さんの下へと歩き出した。動機は不純だが、その立ち居振る舞いの堂々たる姿はカリスマがあふれ出している。
「先輩、バイトですよ! 働きますよー!」
クリスマスイブだというのに勤労意欲旺盛な迅堂に急かされて、俺はケーキ屋バイトへと向かうことにした。
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