第19話 救難信号
「先輩、今日は一日悩みまくってましたね?」
夜を迎えてバンガローに入るなり、迅堂は開口一番俺にそう話しかけてきた。
「悩んでいるのに動きに精彩を欠かないのは流石ですけど、何を悩んでるんですか?」
聞かれても、迅堂に相談はできない。
国兎こと波理否さんが世界線ごとに名前を変えている話なんてすれば、一発で迅堂の記憶と人格が吹き飛ぶ。
したがって、俺は相談もできずに話題を変えるしかなかった。
「まぁ、ちょっとな。というか、そんなに悩んでいるように見えたか?」
「他の人の目は誤魔化せても、悠久の時を先輩観察に注ぎ込んだこの迅堂春の目は誤魔化せませんよ。今となっては先輩の発汗量から脱水症状の推測ができるレベルです」
「えっ、普通にキモイ」
「女子に言っていいセリフじゃないですよ!」
俺にツッコミを入れさせて気分を変えさせようとする気遣いだとは思うけど、やっぱりキモイ。
「悪かったよ。心配してくれてありがと。お礼にコーヒーでも淹れるか」
「眠れなくなっちゃいますよ?」
「それもそうだな」
コーヒーを飲まなくても、警戒心のせいで眠れなくなりそうだけど。
波理否さんは今日一日、特に不審な点もなかった。当たり前のようにテントを張り、ラジオの音楽放送を聞きながら、なぜか竹刀で素振りしていた。
そもそも、未来人だったとして、それを他者に確信させるような偽名の使い分けをするのか、という疑問もある。
俺以外の未来人が気付いたらチェシャ猫が発動しかねない。ほとんどテロだぞ、あれ。
波理否さんが迅堂や笹篠同様にチェシャ猫を知らない可能性もあるけど。
未来人仲間を探そうとしているのかもしれない。だとしたら接触を図るべきなのか。
そんなことを今日一日考え続けて答えが出なかったのだ。
「先輩、ゲームしましょう」
「なんか、やりこんでそうだな」
「触るのは今日が初めてですよ」
「この世界線では、だろ?」
疑いの目を向けつつも、気分転換にちょうどいいからコントローラーを手に取る。
管理小屋から持ち出してきたモニターとゲーム機だが、ソフトは二つだけ。格闘ゲームを選んで迅堂と対戦を始めた。
「ところで先輩、笹篠先輩とはどこまで行ったんですか?」
「唐突だな。動揺を誘って操作ミスを狙う作戦か?」
「それもあります」
リーチと速度を生かした陰湿な嵌め技に捕まる前に距離を取って遠距離攻撃を打ち込む。
防御が間に合わずに仰け反った迅堂のキャラを画面端に投げ飛ばした。
「先輩は実際のところ、笹篠先輩と付き合うんですか?」
「その予定はないな」
「つまり、私にもチャンスがあると?」
「現状では、ないな。そもそも、大学に入るまでは彼女とか作る気もないんだよ。だから、笹篠にしろ、迅堂にしろ、はっきり断ってるだろ」
付き合いとして一緒に出掛けたりはするけど、それもあくまで友達としてだ。
迅堂はしつこく嵌め技を狙ってくるが、動きが読めると対処もたやすい。
「第一ですねー、先輩は身持ちが固すぎますよ。もうこのバイトも五日目ですよ? こーんな美少女と二人で過ごしてて手を出さないっておかしくないですか?」
「常識的だと思うんだが?」
「男性として非常識という話を――うわっ、ハメ技!?」
「いや、ただのコンボだよ。長いだけで」
今までコンボを使わなかったのは必殺技ゲージを程よく貯めるためである。
故に、コンボの終了と同時に必殺技を繰り出し、迅堂のキャラをきっちり仕留めた。
「ぐぬぬ、格ゲーは得意なのに……」
「このゲーム機の持ち主に散々付き合わされたからな」
斎田さんの娘、貴唯ちゃんはもっとエグイ攻め方をしてくる。
あの子、ゲームだと陰湿になるんだよなぁ……。
迅堂はコントローラーを置くと、アウトドアチェアに体を預けてため息を吐く。
「まぁ、先輩がこの夏に手を出してこないだろうってことは分かってるんですけどね。ボディタッチすら数える程度ですし」
「あのな、俺を朴念仁みたいに思っているのかもしれないけど、俺だって普通に男子高校生で、友達と猥談で盛り上がるくらいはするんだよ。理性で抑えつけているだけの話だから。その蓋を開けるような真似をしないように気を使ってんの」
下世話な話、危ない場面とかあったからね?
今は死の回避が最優先って言い聞かせてるから道を踏み外してないだけで、足を滑らせる程度は何度もあったわ。
迅堂が疑わしそうな目を向けてくる。
「本当ですかー? 証拠見せてくださいよ」
「証拠ってなんだよ」
「そうですね。バイトが終わったら、先輩の自室にエッチぃ本があるかを抜き打ちチェックします」
「おい、やめろ」
「あ、マジな顔だ。こんな話題でそんな凛々しい顔をされても反応に困っちゃいますけど」
抜き打ちチェックをすると言われて誠実かつ男らしい顔をしない男子高校生なんている? いや、いない。
迅堂はニヤニヤ笑ってアウトドアチェアの背もたれの天辺に腕を乗せ、俺の方に体を向ける。
「私としては、役得があってもいいかなって思うんですよ。これでもずーっと頑張ってるんですよ? 先輩は認識していないとしても、ずっと、ずっと、頑張ってこの夏を乗り越える方法を探しているわけです」
「苦労をかけるね」
「それは言わない約束ですよ」
迅堂はくすくす笑って、細めた目で俺を見る。
「主観的に、牢獄みたいだなって思わないこともないんです」
「時の牢獄か。……肝試しの夜に情報を得られなかったこと、根に持ってる?」
「いいえ。不満なら、過去に戻ってやり直せばいいんですから」
気にしていないと迅堂は言うが、目が笑っていない。
入力信号が途絶えたことで、テレビが自動で電源を落とした。
迅堂が立ち上がる。テレビのリモコンで再度電源を付けるのかと思いきや、迅堂は俺の前に立った。
迅堂が前かがみになり、俺が座るアウトドアチェアの肘置きに両手をついて顔を近付けてくる。
「先輩、私は必ず先輩を助けます。だから、私のことも助けてくださいね?」
「……迅堂、それって」
自分が他の世界線で死んだこと、かつ俺が未来から戻ってきたことを察している?
返答に窮していると、迅堂はそっと俺から離れて部屋に向かって歩き出す。
「おやすみなさい、先輩」
肩越しに振り返って笑った迅堂に、俺は辛うじて言葉を返す。
「……あぁ、おやすみ」
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