第436話 休息

 俺たちが睡眠について考えていると、ティミショアラが言う。


「ふむー。あまり長引くようなら、我が壁をぶち破るしかなかろうなー」

「そういえば、ティミは大丈夫なのか?」

「心配無用だ。我は数か月眠らなくても、食事をとらずとも大丈夫である」

「そっちではない。長い間人型をとっていると足がしびれるんじゃないのか?」

「おお! そうである。アルラはよく覚えていてくれたな!」


 ティミと出会ったばかりのころそんなことを言っていた。


「シギショアラに会うため、頻繁に人の姿になっているせいか最近では慣れてきてな」

「慣れとかあるのか」

「うむ。今では、もうあまりしびれないのだ」

「それならよかった」

「うむ」

「シギはよく寝ているが、大人になったら眠らなくてもいいんだな」

「シギショアラは赤ちゃんゆえな。赤ちゃんと子供は眠るものだ」

「古代竜でもそうなのか?」

「当然であるぞ」

 俺とティミが、そんな話をしていると、ルカが手早くメモを取っていた。



 それから、俺たちはさらに長い間歩いた。

 ダンジョンに入ったのは午前中だった。 

 日の光が入らないので時間はわかりにくいが、恐らく日付はとうに変わっているだろう。


 毒が出てこないよう、移動し続けながら敵を倒し続け、罠を解除し続けた。

 もう何体敵を倒したか、何度罠を解除したかよくわからなくなってくる。


 全員の疲労が色濃くなり、俺が脱出を考え始めたころ、急にダンジョンの景色が変わった。


「壁の色が変わりましたね!」

 そうクルスが元気に言った。


 石材の壁であるのはこれまでと変わりない。だが石の種類が違う。

 より白っぽくなった。大理石のような石で作られているようだ。


「それに横幅がどんどん広くなっているわ。天井も……うん。高くなりつつあるかも」

 ルカは壁に触れない程度に近づいて調べている。


「強力な罠の可能性があるのだわ。強力な敵の可能性も」

 そういって、ユリーナは俺の方を見た。


「わかっている。念入りに調べているところだ」

 俺は罠よりも敵を警戒していた。

 罠ならば、狭い方が厄介だ。避ける場所がないからだ。

 だが、通路が広い方が、より巨大な敵を出すことができる。


「でも、アルラさん。敵の気配も罠の気配もないですよね?」

「……そうだな」

「隠すのがうまくなったのかなー?」

 クルスは歩きながら首をかしげる。


「アルラ、本当? 罠も敵の気配もないのかしら?」

「幸いなことにないな」

「……どういうことなんだろう。わからないわね」

 ルカは警戒を強めたようだ。


「うーむ、もう罠は終わり、試験合格ってことではないのか?」

 ティミショアラがそんなことを言う。


「もしそうなら、いいんだけどな」

 希望的観測をもとに動かない方がいい。それが冒険の基本である。


 俺は念入りに魔法で調査する。

 罠もない。魔物もいない。そして、なにより毒罠もなかった。

 そもそも、壁が再構成できる構造ではなくなっている。


「今のところは特に危険はなさそうだが、油断はしないでくれ」

「わかっているわ」

「畏まりましてございまする」


 ベルダは力強くはっきりと返事をする。

 かなり疲れているだろうに、気合で頑張っているのだろう。


 一方ヴィヴィは、

「ふしゅー、すぴ」

 モーフィの背の上で眠っていた。

 ヴィヴィの判断は正しい。眠れるときに眠っておいた方がいいのだ。


「フェム。どう思う?」

『敵の気配はしないのだ』

「フェム、ありがとう」

「わふ」

『アルラ、フェムの背に乗ってもいいのだぞ? ひざが痛くなるのだ』

「ありがとう。つらくなったらお願いする」

『いつでもいうのだ』

 俺はフェムの背を優しく撫でた。


 フェムは戦力だ。いざというとき、俺に限らず背に乗せてもらわないとならないだろう。

 だから、今はフェムの体力も温存すべきなのだ。


「モーフィはどう思う?」

『もー……』

 モーフィは少し考えているようだった。


『いない』

「そうか、モーフィありがとう」

「もぅ」

 モーフィは背中のヴィヴィを起さないよう、静かに鳴いた。


「チェルノボクは?」

『ぴぎっ! ふししゃのけはいはする!』

「そうか。その気配は近い?」

『ちかくない!』

「そっか、ありがとう」

「ぴぎー」


 俺は全員に向けて言う。

「罠もないし、敵の気配もない。そろそろ休んでもいいかもしれないな」

「そうね。それがいいかも」

「そですねー。アルラさんの意見に賛成です」

「私も賛成なのだわ」


 ルカ、クルス、ユリーナが賛成してくれたので、ダンジョン内で休息をとることにした。


「ベルダ、いつでも動けるように鎧は脱がないでくれ」

「畏まりましたわ」

「あくまでもダンジョン内だからな。いつでも対応できるようにする必要がある」

「はい」


 本当は鎧などの重い装備を脱いだほうが疲れは取れる。

 だが、そんな贅沢は出来ない。


 俺とベルダがそんなことを話していると、

「……休息するのじゃな?」

 ヴィヴィが目を覚ました。

 モーフィの背から降りると、おもむろに床に魔法陣を描き始めた。


「ヴィヴィ? 起きて大丈夫か?」

「ふしゅ。大丈夫じゃ」


 半分寝ぼけながらも床に魔法陣をすらすら描いていく。

 寝ぼけているとはいえ、見事な魔法陣だ。


 生半可な敵ならば侵入できないだろうし、余程強力な攻撃以外ははじくだろう。

 加えて疲労回復効果にリラックス効果まで付与してある。


「ヴィヴィ。すごい魔法陣だ」

「ふしゅー。……それほどでもあるのじゃ」


 描き終わると、ヴィヴィはモーフィの背にもぞもぞと上ってすぐに眠り始めた。

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