第395話

 怯え気味のジールに配慮して、ティミショアラは近寄らずに言う。


「先ほどはすまなかった。危害を加えぬゆえ、安心するがよい」

「……が、がぁ」


 ジールは本能的にはまだ怯えているようだ。

 だが、頭では怖くないとは理解できたのだろう。過度に怯えることはなくなった。

 そんなジールの手をヴィヴィがつかむ。


「わらわたちが竜舎を作ったのじゃ。気に入るとよいのじゃが……」


 ヴィヴィはジールを引っ張って竜舎の中に入っていく。

 竜舎はきれいな白い石造りだ。窓も屋根も扉もすべて石でできている。

 窓や扉の部分は薄めの石の板で、簡単に開閉ができる。

 薄めといっても魔法陣で強化しているので、容易には壊れない。耐寒性能も充分だ。


「がぁ」

 中に入ったジールが驚いたように鳴いた。


「中はジールでも寛げるぐらいの広さに作ってあるのじゃ。寝床などはまだないのじゃが……」

「がっがぁ」


 ジールは嬉しそうにヴィヴィの体にほおずりした。


「寝床がわりに、これはどうであろうか?」

「ティミ、それは何だ?」

「たらいである。足を洗ったりするのに使ったりもするのだ」


 ティミが魔法の鞄から取り出したのはたらいだったようだ。だが古代竜サイズだ。

 ジールが入るにはちょうどいいぐらいだろう。


「じゃあ、これもあげよう」

 俺も魔法の鞄から毛布を取り出す。冒険者なので余分に毛布ぐらいは持っているのだ。


「がぁがぁ!」

 ジールは嬉しそうに尻尾を振った。たらいに毛布を敷いてあげると、その上に座った。

 ベルダが頭を下げる。


「何から何まで……本当にありがとう」


 それから俺たちは小屋の中の端にある転移魔法陣について説明した。

 封じてあるが、万一のことがないよう、むやみに触れぬように言い含めておく。

 ベルダもジールも真剣な表情で説明を聞いてくれていた。



 そして、俺たちはムルグ村に戻った。

 深夜。俺が寝ていると、フェムに顔をべろべろなめられた。


「どうした……。フェム。トイレか?」

『寝ぼけているのだな? 来客なのだ』

「こんな時間に?」


 俺が起きるのとほぼ同時に衛兵小屋の扉がガンガン叩かれはじめた。


「アルさん、アルさーん!」

 トムの声だ。宿屋から転移魔法陣を通ってやってきたのだろう。

 俺はすぐにシギショアラを懐に入れて小屋を出る。


「トム、どうした?」

「石像が動いたんだ!」

「む? 石像が動く?」

「そうなんだ。石像が暴れてるんだ! 来ておくれ」

「わかった」


 よくわからないが、とりあえず騒ぎが起きているのは確からしい。

 エルケーについてから考えることにする。


 俺は移動しながら、素早く狼の被りものをかぶる。

 クルス、ユリーナ、フェム、モーフィ、ヴィヴィ、チェルノボクがついてきた。

 ティミはシギの宮殿でお休み中だ。


「クルス、一応被り物をかぶっておいてくれ」

「了解です!」


 クルスが獅子の被り物をかぶったのを確認して、俺はトムに尋ねる。


「ルカは?」

「ルカさんはまだエルケーに帰ってきてないよ」


 ルカは昨日から冒険者ギルドの任務でエルケーを離れたままとのことだ。

 ルカと一緒にレオとレアの兄妹も留守なのだろう。

 それでもエルケーにはステフがいる。しばらくは大丈夫なはずだ。


 大急ぎで、転移魔法陣を通ってトムの宿屋に向かう。

 トムの宿屋にはミリアと子供たちがいた。ミリアが子供たちを落ち着かせていたようだ。

 俺たちを見てミリアも子供たちもほっとした表情になった。


 子供たちもミリアもトムの宿屋に泊まっていたのだろう。

 トムの宿屋はヴィヴィの魔法陣が描かれているので比較的安全だ。


「子供たちは全員いるか?」

「はい。無事です!」


 ミリアが答えてくれた。ケィなど小さな子供はミリアにヒシっと抱きついている。

 大きな子供たちは子供たちをかばうように外側にいた。


「ステフは?」

「石像から街のみんなを助けるために行かれました」

「そうか。トム、子供たちを頼む」

「わかったよ!」


 そして、俺たちはトムの宿屋の外に出る。

 トムの宿屋は防音性能が高いため気にならなかったが、大きな音が聞こえてくる。


 ――OOOOOOOOO


「なんの音じゃ?」

「石像の鳴き声かな?」


 ヴィヴィとクルスがそんなことを話している。


 今日は月のない夜。そのうえ厚い雪雲が空を覆っているため星明りも届かない。

 そして、エルケーの夜は暗い。街灯り一つない。

 目が慣れるまで、自分の手も見えないほどだ。


「必要のないものもいるだろうが……」

 俺は暗視の魔法を全員にかける。


「助かるのじゃ!」

「見えるようになりました!」


 ヴィヴィとクルスは嬉しそうに言う。


「りゃあああああああ」


 俺の懐でシギショアラが大きな声で鳴いた。驚いたのだろう。

 シギの視線の先には、動く巨大な石像が見えた。本来のモーフィぐらいの大きさだ。


「あれは、なんなのだわ?」

「わからないのじゃ」

 ユリーナとヴィヴィも驚いている。


「とりあえず、倒してから考えましょう!」

 そう言ってクルスが走り始める。


「フェム!」

 叫ぶと、すぐにフェムが本来の姿に戻る。

 俺がその背に飛び乗るとフェムは走り出す。


 ヴィヴィとユリーナもモーフィの背に乗って、ついてくる。


 動いている石像に近づくと、破壊された建物が目に入る。

 さらに近づくと、ステフがいた。


「師匠。これで安心なのです」

「大丈夫か?」

「あまり大丈夫ではないのです」

 そういったステフの下半身は石と化していた。

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