第334話

 反省したかはわからないが、大人しくなったダミアンを置いて俺たちは退室する。

 退室する前、俺は今思いだしたかのように、ダミアンに言う。


「ああ、それと、俺はこれから、このエルケーの街で商売することに決めた」

「俺に言うな。魔王に話を通せばいいだろうが」

「いやいや、お前にもかかわりのあることだ」

「どういうことだ?」

「俺は、トムと組んで宿屋を経営しようと思ってな」

「はぁ?」


 俺はトムの署名の入った借用書を手に取る。

 借用書を見て、ダミアンは顔をひきつらせた。


「だから、この借用書は迷惑料代わりにもらっていくぞ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 ダミアンは思いのほか慌てている。

 意外だ。たっぷり脅したので、勝手に持っていけと言うと思っていた。


「なにか問題があるのか?」

「それは、魔王から依頼されて……」


 自称魔王がトムの家を欲しがる理由がわからない。

 なにか特別な理由があるのだろうか。


「自称魔王は多角経営なんだな。何のためにトムの家が必要なんだ?」

「そんなことは俺は知らねえ」


 ダミアンは自称魔王の使い走りに過ぎないらしい。

 まるでネグリ一家の幹部ではなく、自称魔王の配下のようだ。


「それを持っていかれると、俺が魔王に殺される……」

「安心しろ。そんなことで殺されるなら、精霊石の取引についてばらした時点で殺されるだろ」


 改めてダミアンは自分の窮地に気づいたようだ。

 顔を真っ青にする。


「まあ、安心しろ。俺が自称魔王に落とし前をつけさせる」

「あ、ああ」

「命が惜しければ、精々俺の応援でもしておくんだな」

「心の底から、あんたの勝利を祈っている」


 これで、悔い改めてくれればいいのだが。

 あまり期待はするまい。

 今後一切、悪事をするなと言っても無理だろう。


「いいか、ダミアン。二度と俺の商売を邪魔しようとするな」

「そ、それは……」

「命が惜しくないのか?」

「……ああ、そうだな。わかった」

「トムにちょっかいをかけるな」

「わかった」

「子分にもよく言っておけ」

「ああ」


 ダミアンが信用できないので、念を押す。


「子分がやらかしたらお前に落とし前をつけさせる。わかっているな?」

「はい」

「子供相手にあくどいことをするな」

「……ああ。肝に銘じる」

「何度でも来るからな?」

「わかってる、わかってるから……」


 ダミアンは怯えているようだ。

 念のためにもう一押ししておこう。


「……狼仮面はいつも見ているぞ」

「は?」


 狼の被り物をかぶっていないせいか、ダミアンにはいまいち伝わらなかったようだ。

 だが、ネグリ一家に連絡をとればわかるだろう。


 俺は意味深に笑うと、ダミアンのアジトを後にした。

 外ではヴィヴィたちが待っていた。


「最後、何やっていたのじゃ?」

「迷惑料がわりに、トムの借用書をもらってきた」

「なるほどなのじゃ」

「とりあえず、トムの宿屋に戻ろうではないか!」


 ティミがご機嫌に歩き出す。

 ちなみに、ダミアンのアジトの前にはチンピラが十人ほど転がっていた。

 ティミたちがアジトの中に入る前にのしたのだろう。


 チンピラを改めて眺めると、人族が多い。

 魔族と人族の比率は一対九と言ったところだろうか。

 やはり、王都に本拠地を持つネグリ一家だから人族が多いのかもしれない。


 それから、俺たちは適当に食べ物を買ってから宿屋に戻る。

 ルカ、ユリーナとレアが待っていた。

 もちろんトムとケィもいる。


「おじちゃん、おかえり!」

 ケィがぱたぱた駆けてきた。


「ただいま。トムとケィにお土産を買ってきたぞ」

「わーー」


 ケィが嬉しそうに笑う。

 トムは不安そうだ。


「い、いいのかい?」

「いいぞ。みんなで食べよう」

「でも、おいらお金なんて」

「お土産って言っただろう? 金なんてとらんさ」


 ダミアンに騙されたせいで、ただより怖いものはないと学習したようだ。

 みんなで買ってきたお菓子を食べていると、ルカが言う。


「首尾はどうだったの?」

「とりあえずは、順調だ」


 俺は全員に経緯と、ダミアンから得た情報を説明した。

 そして、トムに借用書を渡す。


「トム。ダミアンは反省したらしくてな。もう金を払えとはいわないとさ」

「ほ、ほんとうかい?」

「ああ、おじさんは、ダミアンみたいなやつとの話し合いが得意なんだぞ」


 ルカが呆れたように言う。

「話し合いねぇ」

「それより新魔王とやらが気になるのだわ」

「代官はなにをやっておるのじゃ」


 ヴィヴィも怒っているようだ。


「ルカ。冒険者ギルドはどうなっているんだ?」

「一応支部はあるのだけど……」

「問題があるのか?」

「周囲で聞き取りした限り、あんまり動いていないみたい」


 それは意外だった。

 エルケーは周囲に魔物の多い、いま発展途中の街である。 

 このような街には、冒険者が集まりやすい。

 仕事が山ほどあるからだ。

 それなのに、冒険者が活躍していないというのはおかしい。


「どういうことなんだ?」

「わからないわ。王都にいても全然情報が入ってこないから」

「それもそうだな」


 不思議なこともあるもんだと俺は思った。

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