第319話

 俺は念話で突入の意思をクルスたちに伝える。


『突っ込むぞ』

『わかりました』

『裏口は任せるのだ』

『もっもーー』


 ――ドォオオン


 その瞬間、モーフィが扉に頭突きした。

 小屋の扉が粉々に砕けて部屋の奥へと飛んでいく。

 俺は即座に部屋の中に突入する。


「ひっ」

「なんだ!」


 中の人たちが声を上げたときには、既に俺は中年を拘束していた。

 俺とほぼ同時に窓から入ってきたクルスは、もう一人を拘束している。

 クルスは獅子の被り物をしっかりとかぶっていた。

 一方、トクルは茫然自失状態で棒立ちしている。


「トクル。怪我はないか?」

「……」

「トクルっ!」

「…………」

「もっ」


 モーフィがトクルの背中を頭でつついた。


「あ、はい。大丈夫です」

 トクルはやっと我に返ったようだ。


「大丈夫なら何よりだ」

「こいつら、誰ですかねー?」

「まっとうな商人には見えないな」


 それに俺たちの襲撃に対して、よい動きができていなかった。

 商人でもなければ、戦闘職でもないように思える。


「おまえら! 何者だ!」

「うーん、自分たちの状況がわかってないみたいですねー」

 クルスが後ろ手に拘束した腕をくいっときめる。


「いででででで」

 男は痛みで悲鳴を上げた。


 最初、トクルを出迎えた商人風の男が、クルスの抑えている相手だ。

 つまり俺が抑え込んでいるのが、もう一人の男ということになる。

 トクルを裏切り者と断じ、殺すしかないといった人物ということだ。


「貴様ら……。こんなことをして……」


 俺が抑えている男が、うめくようにして言う。

 こちらの男の方が、顔は怖い。

 商人というより、裏社会の人間といった雰囲気だ。


「尋問しにくいから椅子に座らせるぞ」

「わかりました」


 俺とクルスは二人の男を椅子に座らせ、魔法の縄で拘束した。


「さて、とりあえず名前を教えてもらえるかな?」

「誰がいうか」

「教えるわけないだろうが!」

 きめられていた関節が自由になり、痛みが消えたので元気を取り戻したようだ。


 商人じゃない男の方が、俺を睨みつけながら言う。


「貴様ら、一体何者だ? 今、解放すれば許してやるぞ」

「やはり、自分の立場がわかっていないようだな」

「ふん。わかっていないのはお前たちの方だ」


 男たちはやけに自信満々だ。


「俺たちがカタギではないことは察しがついているんだろう?」

「まあ、お前の人相が悪いからな。そっちの商人も小狡そうな顔をしている」

「馬鹿にするんじゃねえ!」

 商人が抗議の声を上げるが、俺は無視をする。


「で、お前らがカタギじゃないとして、それがどうかしたのか?」

「この小屋にかけられた魔法の防御を突破したんだ。それなりに腕に覚えはあるんだろうがな」

「それほどでも、ありますけどー」

「もぅもう」


 クルスとモーフィが照れていた。

 そんなクルスたちを無視して男は続ける。


「だがな、俺たちは組織だ。一度や二度の戦いなら、お前らが勝つんだろう。だが毎日毎晩襲われて、いつまで持つかな?」

「ひっ」

「それは怖いですねー」


 トクルは怯えたように息をのむ。

 一方、クルスは言葉とはうらはらに、全く怖がっていないようだ。

 それが伝わっているのだろう。


「てめえ、舐めてるのか!」

「まあなぁ。俺はお前の言うことを、全部ハッタリだと思っているよ」

「……貴様ら」

「さっきトクルに言った裏切り者は殺すしかないって言葉も、鎌をかけただけなんだろう?」

「ちっ」


 先程トクルを脅していた方が、舌打ちをした。

 図星だったに違いない。


 狡そうな商人の方が叫ぶように言う。


「俺たちはなぁ、ネグリ一家のものだ!」

「ネ、ネグリ一家ですって……」

「自己紹介ありがとう」


 俺はネグリ一家を知っている。非合法の大きな組織だ。

 トクルも知っているようだ。明らかに怯えたような表情に変わる。

 トクルは功を焦って、親に無断で暴走したのだ。

 いい薬になったのではないだろうか。


 ネグリ一家は、脅し、殺し、違法商品の売買などなど。

 悪いことの総合商社のような組織だ。

 国の上層部にも、賄賂を渡しているとかいないとか、そういう噂もあるほどだ。


 クルスが間延びした声を出す。


「なるほどー。名字がネグリさんってのはわかりましたけど、名前の方はなんていうんですか?」

「一家って、そういう意味じゃねーよ!」


 煽っているのではなく、どうやらクルスは本気で言っているようだ。

 仕方ないので、俺が補足する。


「そういう名前の一味なんだ」

「へー、そういうのがあるんですねー」


 領主となったからには、そういう非合法組織の存在も知っておくべきだろう。

 あとで俺の知っていることは教えてあげようと思う。


 商人らしくない方が言う。


「貴様ら、ネグリ一家に喧嘩を売って、ただで済むとは思っていないんだろう?」

「お前らこそ、まさかそのまま帰れると思ってるんじゃないだろうな?」


 ここで始末してしまえば、ネグリ一家に報告できない。そう暗に言ってみた。

 商人らしくない方がにやりと笑う。


「お前ら、俺たちが二人だけでここに来ていると思っているんじゃねーだろうな」

「ふふ、今頃俺たちの手のものが、ネグリ一家の拠点に向かって走っているころだろうさ!」

 商人の方も調子に乗ってそんなことを言う。


「ひいい」

 トクルが怯える。


「今から追っても、もうおせーぞ!」

「今すぐ詫びて、俺たちを解放しな! そうすれば命だけは助けてやるよ!」


 それを見て男たちは嬉しそうに笑った。

 クルスが首をかしげる。


「君たちこそ、なんでぼくたちがこれだけだと思ったのかな?」

「フェム!」

「わふ」


 部屋の別の入り口から、フェムが登場する。

 フェムは本来の大きさに戻っていた。

 そして気絶した男二人の首根っこを咥えている。


「そ、そんな」

「さて。お前らには二つの選択肢がある。正直に話すか、ここで死ぬかだ」


 俺がそういうと、男たちの顔が青ざめた。

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