第308話

 ユリーナ父はしばらく考えた後、値段を提示してくれた。

 同じ大きさの最高級の宝石、その三倍ぐらいの値付けだ。


「これは商人としては、あり得ない値付けです」

「といいますと?」

「商人は適正な価格を考えて、お客さまが買ってもいいと思える値段を付けます。今回は適正価格を踏まえたうえで、お客さまが絶対に買いたくない値段をつけました」

「お手数おかけします」

「いえいえ、婿どのの頼みですから!」


 そういって、ユリーナ父は機嫌よく笑う。

 だが、クルスは少し機嫌が悪そうだった。

 理由はわからないので、気にしないことにする。


 そして、俺はユリーナ父に念を押す。


「あくまでも売るつもりはありません。なので、買いたいという人が現れたら、私に直接お知らせください」

「わかっております。仲介を頼まれたということにしておきますよ」

「お父さま、お願いするのだわ」

「うむ、任せておけ」


 サンプルとして、小さなかけらを一つだけ渡すことにした。


「確かに受け取りました」

「よろしくお願いいたします」


 改めてお願いして、俺たちはリンミア商会を後にする。

 帰り際、ユリーナ母に呼び止められる。


「婿どの、これをもって行きなさいな」

「これは?」

「お土産よ。お菓子を入れておいたから、後でみんなで食べてちょうだい」

「ありがとうございます」

「ユリーナをよろしくね」


 ユリーナの父母に見送られて、俺たちはムルグ村への帰路についた。

 ムルグ村に到着したら、俺は衛兵業務だ。

 いつものように、門の横に座る。


「天気は良いけど、やっぱり寒いですねー」

 今日はクルスが俺の横に座っていた。


「そうだな。今日は仕事は休みなのか?」

「そうですよー」

 そういいながら、クルスは俺にぴったりくっつく。


「寒いから、フェムちゃんとモーフィちゃんこっち来て」

「わふ?」

「もっも!」


 周囲を歩きまわっていたフェムとモーフィがやってくる。

 そして、俺とクルスに体を寄せてくれた。


「フェム、ありがとう」


 フェムは俺の太ももの上に、前足を乗せている。

 俺はひざを痛めている。冷えると痛みが増すのだ。

 だから、フェムは足を温めてくれるのだろう。


「もっ」

 モーフィはクルスの股の間に顔を突っ込んでいた。


「よーしよしよし」

 クルスはそんなモーフィの首を抱き寄せる。


「もうもぅ」

「モーフィちゃんは暖かいねー」


 モーフィは機嫌よく、クルスに撫でられている。


「りゃ?」


 俺の懐に入っていたシギショアラが顔を出す。

 もふもふ濃度が上がったのを敏感に察知したのだろう。


「シギ、中に入っていた方が、暖かいぞ」

「りゃあ」


 シギはもぞもぞと出てきた。

 そしてフェムの上に乗って、フェムの毛に埋もれながら撫ではじめた。


「寒くなったら早めに戻るんだぞ」

「りゃ」


 シギとフェムを撫でながら、俺はフェムに尋ねる。


「そういえば、子魔狼たちは元気なのか?」

「りゃ?」


 シギは子魔狼という言葉に素早く反応した。

 きょろきょろしている。

 シギは子魔狼たちと、よく遊んでいた。友達なのだ。


『元気なのだ』

「最近見ないが……」

『冬なのだ。寒いから天気が余程良くないと外に出ないのだぞ』

「なるほどなー」

『小屋は広いから、子魔狼たちは中で遊んでいるのだ』


 狼小屋は広い上、ヴィヴィの魔法陣が沢山刻まれている。

 床は暖かく、冷たい風も入り込まない。快適なのだろう。


「魔狼たちが元気ならよかった」

『小屋の中が快適すぎるから、狩りに出ているとき以外はずっと中にいようとするのだ』

「散歩は?」

『散歩はさぼるなと厳命しておいたのだ』


 魔狼の散歩は、遊びではない。

 縄張りを巡回し、異常がないか点検する業務である。


「なるほど」


 ちょうどその時、狼小屋から四頭の魔狼が出てきた。

 フェムに気づいて、こちらに向かって走ってくる。


「わふ」「わっわふ!」

 魔狼たちは俺とクルスに飛びつく。そして、顔をぺろぺろ舐めてきた。


「よーしよしよし」

「魔狼ちゃんたちも元気で何よりだよー」

「りゃーありゃありゃあ」


 俺とクルスが魔狼たちを撫でまくると、シギも一緒に撫でていた。

 しばらく撫でてやると、魔狼たちは満足したのか、走っていった。


「これから巡回なのか」

『縄張りの点検は大事な仕事である。一日に二回は行っているのだ』

「狩りはうまくいっているのか?」

『冬はどうしても難しいのだ……』

「困ってたら言えよ。魔狼用の肉の貯蔵はまだまだある」

『助かるのだ。だが、余裕があると知っていると、狩りも怠けたくなるのだ』

「なるほど」


 魔狼王というのも色々考えることがあって大変そうだ。

 夕方になり、全身が冷え切った頃。

 衛兵業務を切り上げようとしていると、

「おっしゃん、ただいまー」

「アルさん、お疲れ様です」

「師匠。ただいま帰ったのです」


 リンドバルの森から、弟子たちが帰ってきた。

 弟子たちはリンドバルの森で、レアから魔動機械の技術を学んでいるのだ。


「おかえり。あれ? ヴィヴィたちは?」

「ライちゃんたちの世話を終えたら、すぐにこっちに来ると言ってました」


 ヴァリミエは獅子の魔獣ライやグレートドラゴンのドービィなどを可愛がっているのだ。


「ライやドービィも、たまには遊びに来ればいいのに」

「ですよねー」


 そんなことを話しながら、俺たちは衛兵小屋へと一緒に戻った。

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