第290話

 クルスの鼻息は荒い。きょろきょろしている。

 俺の近くで寝っ転がっていたモーフィも興奮したようだ。


「もっもっも!」

 クルスと一緒に鼻息荒くきょろきょろし始めた。

 クルスもモーフィも、ティミショアラを探しているのだろう。


「まあ、クルス。落ち着くんだ」

「はい」

「モーフィもだぞ」

「もっ」


 モーフィはすかさず俺の右手を咥えた。

 落ち着いてくれるなら俺の右手くらい好きに咥えればいい。


「えっと、クルス。許可がとれたっていうのは、つまりどういうことだ?」


 クルスたちが魔導士ギルドに行ったのは朝だ。そして今は昼前。

 いくらなんでも、ジャック・フロスト討伐の許可がとれたとは考えにくい。


 どこでジャック・フロストが発生しているかは、ルカたちから聞いてある。

 魔導士ギルドを頼ると決まってからは、すんなり教えてくれたのだ。

 クルスが暴走する心配がなくなったからだろう。


 ジャック・フロストはクルス領の隣で発生していた。

 そこは侯爵家の領地である。


「魔導士ギルドの名前を使って、侯爵家と直接交渉する許可がおりたってことか?」

「違います。そうじゃないです」

「まあ、さすがにそれは難しいか」


 直接交渉できるとしても、魔導士ギルドの上級職員が同席することになるのだろう。


「となると……。なんの許可がとれたんだ?」

「侯爵領に入って、ジャック・フロストを討伐する許可です」

「む? 本当に許可がとれたのか?」

「とれましたよー」


 本当にこの短時間で許可がとれるものなのだろうか。

 不安だ。クルスが勘違いしているのではないだろうか。


「ステフ。本当に許可がとれたのか?」

「はい。とれたのです」


 また、きょろきょろし始めたクルスに言う。


「ティミの帰宅予定は昼過ぎだ」

「そうなんですね。残念です」

「ティミが帰ってくるまで、クルスとステフがどう交渉したのか、話を聞かせてくれ」

「わかりました!」

「小屋の中で話を聞こう」


 俺は衛兵小屋へと移動する。

 夏場と違って、冬は村の外に出る村人は、ほとんどいない。

 だから、夏より衛兵業務は暇なのだ。基本、何もすることがない。

 週に一、二度、村の外に出る用事がある村人に付き合うぐらいだ。


「フェムも、小屋の中に行こう」


 フェムは俺のすぐ横で寝っ転がっている。静かに立ち上がって大人しくついてきた。


「もっにゅもっにゅ」

「モーフィも……。まあ、いいか」


 モーフィは俺の手を咥えながら、ついてきた。


 小屋に入って居間に行くと、ヴィヴィが長椅子で寝っ転がっていた。

 牛の世話を終えると、ヴィヴィは小屋で休んでいることが多い。

 冬だから仕方がない。


「お、クルスにステフ。早かったのじゃな」

「うん、そうなんだー」

「モーフィは……。またアルの手を咥えているのじゃな」

「もっ」


 ヴィヴィは俺の手からモーフィを離して抱き寄せる。

 そして、撫でまくった。


「モーフィはいつも可愛いのじゃ」

「もっも!」

 モーフィも嬉しそうで何よりだ。


 俺が座ると、その横にクルスが座る。

 ステフはヴィヴィの隣に座った。フェムは俺の足元に寝っ転がる。


「フェム。床は冷たくないか? 長椅子の上に座ったらいいぞ」

「わふ」


 フェムは俺の太ももをまたぐようにして横たわった。

 俺もあったかいので、助かる。


「りゃありゃ」

 シギショアラが俺の懐から出て、フェムの上に乗る。

 毛に包まれるようにして丸くなった。もふもふが気持ちいいのだろう。


 俺は改めてクルスに尋ねる。


「で、どういう経緯でこの短時間で許可貰えたんだ?」

「え? もらえたのかや?」

「もっ?」


 ヴィヴィは驚く。なぜかモーフィも驚いていた。

 クルスはフェムを撫でながら、語り始める。


「あくまでもステフちゃんが申請するっていう建前なので……」


 クルスはステフの付き添いということで、魔導士ギルドへと赴いた。

 クルスとステフが入った途端、魔導士ギルドは静まりかえったのだという。


「うむうむ。ちゃんと、びびっておるようじゃな」

 ヴィヴィは満足げにうなずいた。


「そして、事務局次長って人が慌てた様子で駆けてきてー」

「事務局長はどうしたんだ?」


 事務局長はステフに最初に倒された魔導士だ。


「なんか、静養しているって聞きましたよ」

「そうなのか」


 馬鹿にしていた獣人に負けたことが、よほど悔しかったのだろう。

 静養と言いつつ、修練しているに違いない。


「で、事務局次長に、侯爵領に発生しているジャック・フロストを研究したいので討伐したいって伝えたんです」

「ほうほう。予定通りだな」


 そこからは仲介してくれるかどうかの交渉が必要だ。

 仲介してくれることになっても、仲介料や交渉方法の相談が必要だ。


 仲介したくないといえば、俺が出張るつもりだった。

 会長は俺を怖がっているらしいので、効果はあるだろう。


「事務局次長は、侯爵家と相談するから、ぼくの屋敷で少し待っていてくれって」

「なるほど。侯爵家の魔導士とお話ししたりする必要があるんだろうな」

「はい。そう思って屋敷で待っていたんですが……。二時間後ぐらいに、自由に討伐して調査してくださいって」


 ヴィヴィが真面目な顔で言う。


「早すぎるのじゃ。魔導士ギルドが嘘ついてるってことはないのかや?」

「ぼくもそう思ったんだけど、侯爵家の筆頭魔導士が侯爵直筆の許可証を持ってきたから」


 そういって、クルスは許可証を机に広げた。

 俺は許可証をしっかり確認した。

 ヴィヴィやフェム、モーフィとシギも真面目な顔で調べていた。


「本物にしか見えないな」

「だから本物ですよー」


 そういって、クルスは胸を張った。

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