第278話

 魔法も何も使っていないのに、急に泡を吹いて気絶というのは尋常ではない。

 急病に違いない。会長の体調が悪いというのは本当だったようだ。


「急病だ! 治癒術士を呼べ!」


 俺が声を上げると、即座に治癒術士がやってくる。

 試合ということで控えていたのだろう。

 治癒術士は手際よく、会長を診た。


「どうですか?」

「気絶ですね」

「病気ですか?」

「いえ、恐怖だとおもわれます」


 真面目な顔で治癒術士は言った。


「えぇ……。どういうことだ……」


 困惑する俺に向けてクルスが嬉しそうに言う。


「さすがです。アルラさんは脅すのが上手ですね! 勉強になります」

「脅していたわけでは……」

「お前の顔も焼いてやるのじゃ! っていう雰囲気がすごかったのじゃぞ」

 ヴィヴィまでそんなことを言う。とても心外だ。


「最後の方は子や孫を焼いてやるって、言外での脅しがすごかったな」

 そういって、ティミショアラが俺の肩に手を置いてくる。


「りゃあ」

 ティミに抱かれていたシギショアラが鳴いて、俺の懐へと飛んできた。


 ふと周囲を見てみると、軍務卿がいなかった。


「あれ、軍務卿は?」

「バルテル男爵を連れて、出て行ったのです」


 バルテル男爵は軍務卿の大切な部下だ。

 怪我はしていないはずだが、念のために休ませるのかもしれない。


 ティミはうんうんと頷きながら言う。


「軍務卿は、黙って去ることで、見なかったふりをしてくれたのだろうな」

「会長を脅すのもまずいし、仮にも大魔導士のはずの会長が脅されるのもまずいもんね」

 そういう、クルスも笑顔だった。


 俺は会長が目覚めるのを待って、話をしたかったのだが、治癒術士に止められた。


「これ以上、あなたさまがいると、本当に会長が死にかねないので……」


 そんなことはないと思う。だが治癒術士の言うことは聞いたほうがいい。

 俺たちは魔導士ギルドから帰ることにした。


 帰り際、受付の横を通ったとき、クルスたちに先に行ってもらうよう告げる。

 そして、俺は受付担当者に声をかけた。


「獣人の精霊魔法の使い手について聞きたいのですが」

「……えっと、獣人の精霊魔法の使い手、でございますか?」

「なにか情報があれば、コンラディン伯までご一報ください」

「はぁ。わかりました」


 受付担当者は気のない返事をした。やる気のないのは困る。

 効果があるかどうかわからないが、一応会長と知り合いだとアピールしておこう。


「アルラが会長によろしくと言っていたとお伝えください」

「一応伝えておきますね」

「獣人魔導士の情報が分かったら、こちらに……」


 そう言ってクルスの屋敷の住所が書かれた紙を提出する。


「そちらに報告に来いということですか?」


 受付に睨まれた。受付は少し腹を立てていそうだ。

 確かに、情報をもらう立場でありながら、報告に来いというのは感じが悪い。


「これは失礼いたしました。何かあればこちらにという意味です。これからは定期的に魔導士ギルドに顔を出させていただきますね」

「きっと時間かかると思いますよ?」

「それでもかまいません。なにか分かるまで何回でも出向く所存です」

「はぁ」


 受付は、こいつは、なんでこんな情報が知りたいのだろうかと思っていそうだ。

 この調子だと、きっと後回しにされてしまう。いや、調査をしない可能性も高い。


 ただで情報収集しようというのは虫が良すぎるかもしれない。

 冒険者ギルドに依頼するときも、それなりに報酬を支払うのが普通だ。

 寄付しておくべきだろう。あっ、ついでに会費も払っておこう。


「あ、それと、私とは別人であるところの、アルフレッド・リント氏から、これを預かってきました」

 そういって、金貨三十枚を受付のカウンターに載せた。


「これは?」

「アルフレッド・リント氏が十五年滞納していた会費です」

「十五年分の会費にしても、かなり多い気がしますが……」


 受付担当者は困惑している。

 俺が支払ったのは、大体会費三十年分だ。


「おつりは、迷惑料がわりにギルドに、寄付したいと言っていました」

「そうですか。ありがとうございます」


 そして、さらに十五枚金貨を載せる。


「これは、今後十五年分の会費とのことです」

「なるほど、わかりました。手続きを進めておきます」

「よろしくお願いしますね。もし、獣人の精霊魔法の使い手に関する調査でお金がかかるようでしたら、払いに来ますので言ってくださいね」

「はい。了解しました」


 そして俺は魔導士ギルドの建物を出た。


 建物を出ると、先に出ていたクルスたちがいた。

 クルスは軍務卿と話をしている。バルテル男爵はいなかった。


「勇者伯閣下。ちょっとお話があるのですが……」

「えー。ぼくは忙しくて……」

「そうおっしゃらずに……。大切なお話ですので……。お付きの方々もぜひ」


 軍務卿に深々と頭を下げられ、断りにくい状況になった。

 クルスがこちらをちらちら見てくる。

 軍務卿は、俺の正体がばれたら最も困る相手だ。

 それをクルスもわかっているから、気にしてくれているのだろう。


「ぼく、実はあまり時間がなくてですね……」

「お時間は取らせませんので」


 これ以上断ると感じが悪い。

 クルスの今後の政治的な立場を考えても、要望に応えるべきだろう。


「伯爵閣下。軍務卿も是非におっしゃってくださっていることですし。折角ですから」

「アルラさんがそういうのならば……」

「ありがとうございます」


 軍務卿はクルスと俺に頭を下げる。やけに低姿勢なのが気になった。


「軍務卿。どちらに向かえばいいですか?」

「秘密の話ができれば、どこでもよいのですが……軍務省は避けたいですよね」


 そういって軍務卿はクルスと俺を見た。

 軍務省に行ったらバルテル男爵がいるのだろう。

 多少気まずい気がしなくもない。


「そうですね。じゃあ、ぼくの家でもいいですか?」

「はい、構いません」


 全員で、クルスの家に向かって歩き始めた。

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