第229話

 俺はテントから出る。

 巨大なティミショアラがテントを覆うように立っていた。

 ティミは俺の懐から顔を出しているシギショアラを見て、鼻息を荒くした。


「シギショアラ。ここにおったか!」

「りゃっりゃー」


 シギも嬉しそうに鳴いている。


「ティミ。迎えに来てくれたのか。ありがとうな」

「なに、我が姪が帰って来ていないと聞いてな。叔母としては当然のことだ」

「あっ、ティミありがとー」

 クルスはテントから顔だけ出して言う。


「気にするでない」

 そして、ティミは小首をかしげた。


「それにしても、クルスはともかく、アルラとフェムがいるのに、この程度の吹雪で足止めを食らうのか?」

「無理すれば行けるかもしれないが、無理することもないと思ってな」

「アルラの魔法とフェムの鼻と方向感覚があれば迷うこともあるまい」

「コレットもいるし無理はしたくない」

「ふむ。それもそうであるか」


 それからティミは言う。


「はよう、我が背中に乗るがよいぞ」

「ありがとう。ティミ」


 全員がテントから出て、素早くテントをたたむ。

 畳むのも簡単だった。さすがクルスの持ち物。とても高性能なテントだ。


 ティミが姿勢を低くしてくれる。だが、それで飛び乗れるのはクルスとフェムぐらいだ。

 クルスはぴょんと跳躍して背にのぼる。

 フェムはティミのひざや尻尾を利用して、跳躍して背中にのぼった。

 ほかの者たちは俺が重力魔法をかけて浮かせて乗せる。


「モーフィも重力魔法で上に乗せてやるからなー」

「もっも!」

 モーフィは駆けだした。そしてフェムと同じようにして、ぴょんぴょんと背中に上った。

 そんなモーフィをクルスとコレットが撫でる。


「モーフィ山羊みたいだね」

「モーフィすごいー」

「もっもー」


 俺がティミの背に乗ると、ティミが言う。


「飛んでも大丈夫か?」

「少し待ってくれ」


 俺は素早く前面と上面に魔法障壁を張る。風と雪よけだ。


「コレットはモーフィにつかまってなさい」

「わかった!」「も!」


 任せろといった感じでモーフィが力強く鳴く。


「すこし暗いね。ころんだらたいへんだよ!」

 コレットはそういうと、魔法の灯りを発動した。

 一気に明るくなる。


「コレット、ありがとう」

「えへへ」


 明るくなったので、改めて俺は周囲を見回す。

 ステフの顔色が悪い。

 俺はさりげなくステフの近くに立った。


「ステフ、大丈夫か?」

「は、はい」


 あまり大丈夫じゃなさそうだ。がくがく震えていた。

 そんなステフの横にフェムがやってきて寄り添っている。


「落ちそうになっても俺が魔法で何とかするから安心しろ」

「はい。師匠を信じているのです」


 そうはいうものの、震えは止まらない。むしろティミ自体に怯えているのかもしれない。

 こればっかりは慣れてもらうしかないだろう。


「ティミ、大丈夫だ」

「ふむ。しっかり掴まっておるのだぞ」


 ティミはふわりと浮き上がる。

 気を使ってくれているのだろう。いつもより振動が少ない。

 そして高速で移動を開始する。


 ティミも前面に魔法障壁を張ってくれている。

 俺の魔法障壁と合わせて二重の障壁に守られていることになる。

 高速で移動しているのに向かい風をほとんど感じない。


 猛吹雪の中の高速移動だ。コレットの灯りに照らされた雪が高速で後ろに流れていく。

 なかなか見ることのできない不思議な光景だ。


 先程まで震えていた、ステフも不思議な光景に見とれている。


「それにしてもすごい雪なのです」

「ムルグ村は豪雪地帯だったんだねー」


 ステフとクルスがそんなことを言う。

 だが、コレットが首をかしげる。


「そんなことないとおもうんだけどなー」

「そうなのか?」

「うん。いつもはあんまりふらないよ?」


 コレットはそういうが、コレットはまだ幼児。

 物覚えがついてから数回しか冬を過ごしていないだろう。

 コレットが生まれてから、たまたま雪の降らない冬が続いただけかもしれない。

 村に帰ったら、ミレットに聞いてみよう。


 そんなことを考えていると、ティミが口を開いた。


「そろそろ到着するぞ」

「すごい、さすがティミちゃん速いねー」


 クルスに褒められて、ティミの尻尾がわずかに揺れた。

 吹雪が激しすぎて、どのくらいの速さで飛んでいるのかわからないほどだった。


 ティミは静かに着地する。ほとんど振動はなかった。

 どうやらいつもと違い、衛兵小屋のすぐ近くに降りてくれたようだ。


 クルスとフェム、モーフィはぴょんと飛び降りる。

 コレットとステフは俺が重力魔法で背から降ろした。

 すると、すぐにティミも人型に戻った。


「ふむ。なかなかの吹雪であったな」

「ティミは極地で慣れているんじゃないのか?」

「もちろんそうだぞ。だからこの程度の吹雪では方角を見失ったりはしないのだ」

「すごいね、さすがティミちゃん」


 クルスが感心していた。


 帰還に気づいたミレットが小屋から出てきた。

「おかえりなさい。早く小屋に入ってください。風邪ひいちゃいます」

「ありがとー」


 急いで全員で小屋の中に入る。玄関で雪をバサバサ落としていく。

 魔法で防風していたのにかかわらず、頭のうえや服にはかなりの雪が積もっていた。


「あ、いい匂いがしますよ! アルさん」

「りゃ!」


 小屋の中からとても美味しそうな匂いがした。


「温かいスープの用意ができていますよー」

「やったー」


 俺たちは食堂へと向かった。

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