第224話

 ステフは先程、風呂に入ったはずだ。

 ティミショアラの咆哮を食らって漏らしたので、帰宅後ヴィヴィが連れて行った。


「ステフはもうお風呂入っただろう?」

「はい!」

「なら、どうして脱衣所に?」

「弟子たるもの師匠の身の回りの世話などするのは当然なのです」

「いや、それは気にしなくていいぞ」

「ですが……」

「本当に気にしなくていい。それに混浴もあまりよくないしな」

「……了解したのです」


 改名の際にも思ったことだが、ステフは弟子入りについて古い常識を持っているようだ。

 今は弟子と言っても、義務は特にない。コレットのような気楽な感じで構わないのだ。


 ステフの場合、元々の師は実の父親だ。

 親子の場合、特に弟子入りするという意識を持つのは難しい。

 だから、ステフの意識としては、初めての弟子入りに近いのだろう。

 それゆえ、気合を入れすぎているのかもしれない。


 そんなことを考えながら風呂場に入る。


「モーフィはもう体洗ったのか?」

「も!」


 俺はモーフィの背中に鼻をつけて匂いを嗅いだ。

 いつもよりいい匂いだ。ヴィヴィに洗ってもらったのだろう。

 ならば、モーフィは洗わなくてもいいかもしれない。


「フェム、おいで」

「わふ」


 俺がフェムを洗っている間、

「もっも!」

 モーフィは洗ってほしそうに体をこすりつけていた。


「洗ってほしいのか?」

「も!」

「仕方ないな」


 俺はモーフィも洗う。

 ちなみにシギショアラは自分で、体を洗っていた。

 シギの小さな手に比べて、石鹸は大きい。洗いにくそうだ。

 それに、まだまだ下手なので、後で俺が仕上げをした方がいいだろう。


「シギは偉いなー」

「りゃっりゃー」


 シギは自慢げに羽をバタバタさせる。

 特に羽の裏とかは洗うのが難しいらしい。あまり洗えてないようだ。


 モーフィを洗った後、シギの身体も洗ってやる。

「りゃりゃ」

 シギはご機嫌に鳴く。


 シギを綺麗にした後、俺は自分の体を洗う。

 フェムとモーフィはもう湯船に入っている。

 だが、シギは俺の頭の上に乗り、小さな手でわしゃわしゃと洗おうとしてくれる。


「シギ、ありがとうなー」

「りゃっりゃー」

 背中もつたないながらもゴシゴシしようとしてくれている。

 とても可愛らしい。


 自分の体も洗い終え、シギと一緒に湯船に入る。


「冬は温泉に限るな」

「もう」

『全くなのだ!』

「りゃ!」

「こう寒いと、ひざも痛んだりするのだが、温泉に入るとましになるな」

『それは何よりだな』


 とても心地が良く、ぼーっとする。

 しばらくそうしていると、ティミショアラが入ってきた。


「シギショアラ、体を洗ってやるぞー」

「りゃ!」


 シギに拒否されて、ティミは少しへこんでいる。


「もう、洗ってやったからな」

「むむう」


 しぶしぶ、ティミは自分の体を洗う。ものすごく早い。

 シギを洗っているときは、あえて時間をかけていたのだろう。


 ティミはすぐに湯船に入ってくる。


「やっぱり冬は温泉に限るのう」

『アルと同じことを言っているのだ』

「アルラもそう思うか! 気が合うな!」

「そうかもな」

「シギショアラ。こっちにおいでー」


 ティミはシギを抱き寄せて撫でたりしている。


「ティミってこれから極地に帰るんだろう? 湯冷めしないのか?」


 ティミは寝るときは小屋から出ていく。

 寝ぼけて巨大化したら、小屋が壊れるどころか、村が滅びかねないからだ。

 夜は極地の宮殿に戻って眠っていることが多い。


「それは色々対策があるので大丈夫だ。古代竜を舐めるでない」

「それはすごい」


 ティミは湯船の中で大きく伸びをした後、俺の方を見た。


「獣人の魔導士とは珍しいのではないか?」

 ステフのことだ。


「確かに珍しいが、いないわけではないぞ」

『獣人の魔導士は心配になるのだ』


 フェムは泳ぎながらそんなことを言う。

 魔族やエルフは魔力が多く、人族は中ほど、獣人は魔力が少なめだ。


「確かに種族によって魔力量の多寡の傾向はあるが、個体差の方が大きい」

『そうなのか?』

「俺は人族だが、エルフや魔族より魔力量多いし」

『それもそうであるな』


 ティミがシギを撫でながら言う。


「そもそも、我らにくらべれば、一般的な魔族と獣人の差など小さすぎて気づかぬぐらいだ」

「そりゃ古代竜にくらべれば、大概そうだろうな」

「アルラは特別だぞ」

「それは光栄な限りだな」


 俺は浴槽につかりながら。新しい弟子の教育方針について考えた。

 基礎から教えればよかったミレット、コレットとは違う。

 ステフは基礎はもう十分押さえているのだ。

 応用を教えるにしても、重力魔法などは難しすぎる。加減が難しい。

 ステフがどんな魔法を使えるのかを、まず聞いたほうがいいかもしれない。


 そんなことを考えていると、ティミに尋ねられた。


「アルラ。アルラの師匠がステフの祖父なのであろう?」

「そうだぞ」

「アルラの師匠も獣人だったのか?」

「いや、普通の人族だったな」

「ステフの祖父なのであろう?」


 ティミは首をかしげている。


「母親が獣人なのかもしれないし、そもそも、人族の親子関係に血縁は必須ではないからな」

「そういうものなのか」


 ティミは納得したようだった。

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