第220話

 余裕の態度を崩さないルカにステラは苛立ったようだ。

 いや、これは苛立ちというより、焦りかもしれない。

 そんな分析を俺がしていると、ステラが気合を入れなおして叫ぶ。


「その余裕の笑みを消してやるのです!」


 火炎弾、水弾、氷弾、魔法の矢。

 ステラは多様な魔法を繰り出しはじめた。 


 まるで、自分の魔法の中にルカに通用するものがないか探しているようだ。

 だが、ステラの放つ魔法はすべてルカに難なく弾かれている。


「うーむ」

「どうしたのじゃ?」

 俺がうめくと、ヴィヴィが首を傾げた。


「いやなに。多様な魔法を使えるのはいいのだが、使い方がな」

「ふむ?」

「どういうことなのですか?」

「りゃあ?」


 不思議そうな顔をするヴィヴィの後ろから、ミレットが尋ねてきた。

 コレットはステラの魔法をじっと見ている。

 だが、こちらの会話にも注意を払っているようだ。

 コレットの長いエルフの耳がしきりに動いている。

 シギも俺の懐から顔だけ出して鳴いている。


「なんというか、魔法はただ使えばいいってものじゃなくてな。効果的に組み合わせないといけないんだ」

「そうなんですね」


 ミレットは真剣な顔でうなずいた。

 コレットは、ステラとルカを見ながらぽつりとつぶやいた。


「水を凍らせたりとかかなー?」

「そうそう、コレット。素晴らしいぞ」

「えへへ。ほめられたー」


 コレットは可愛く照れている。


 コレットは鋭い。

 水の後に氷を撃つなら、ぬかるんだ地面を凍らせて滑るようにすればいい。

 逆に氷の後に炎を撃つなら、氷を溶かしてドロドロにすればいい。


 それを相手に気づかれないように実行できれば、それだけで有利になる。

 むしろあえて気づかせて、相手の行動を縛るということもできる。


「ステラはそういう、戦術的なことをあまり考えてないなって」


 まるで昔のヴィヴィのようだ。


「なるほどのう」


 ヴィヴィはうんうんと頷いていた。


 そのころにはステラは、かなり息が上がっていた。

 魔法を使いまくって疲れたのだろう。

 そんなステラに笑顔でルカが尋ねる。


「もういいかしら? それともまだ魔法撃ちたい?」

「……攻撃をうけきってみせるのです」

「そう。わかったわ」


 ルカは片足のまま軽くしゃがんだ。そして、無理のない動作でぴょんと跳ぶ。

 それだけで一気に、ステラの目の前まで移動した。


 突然目の前に現れたルカに、ステラは怯えの表情を見せる。

「ひっ」

「これでおしま――」


 そういいながら、木の枝を振りぬこうとしたルカは、怯えるステラを見て止まる。


「ふむ」

 そして、ルカは枝を持っていない左手の指で、ステラの額をビシっと弾いた。


「あうっ」

 それだけで、ステラは後ろに転んだ。


「まだ、やりたいかしら?」

「……いえ、負けたのです」

「そ。ならよかったわ」


 そういって、ルカは左足を地面につける。


「ルカ、ありがとうな」

「暇だったし。それにしても左足を使わないって、結構しんどいわね」


 そう言って笑う。


「だろ、結構面倒なんだ。走るのとかしんどいしな」

「わふ」


 いつの間にかフェムが俺の横にいた。


「走れなくてもフェムがいるから安心だな」

「わふわふ!」


 撫でてやるとフェムは尻尾をぶんぶん振った。


「私はお風呂にでも入ってくるわ」


 そういって、ルカは歩き始める。

 その時、ステラが声を上げた。


「ルカさん!」

「ん? どうしたの?」

「手合わせしてくださってありがとうございます」

「こちらこそありがと。あなた、優秀ね」

「いえ、手も足も出なかったのです」

「それだけ使えれば充分よ」


 ルカはステラを励ましてから、風呂に入りに行った。

 ステラは俺たちの方にとぼとぼ歩いてきた。


「負けてしまったのです」

「そうだな。まあルカは強いからな」

「はい。強かったのです」


 ステラはしょんぼりしていた。


 俺は少し考える。

 ルカとの試合を見る限り、教えられることはありそうだ。

 だが、ステラは師匠の体系を引き継ぎたいのだ。

 そうなると、俺は役に立たない。


「ステラ。正直に言って、師匠の魔法体系に関して教えられることはあまりないんだ」

「ご謙遜を」

「いやいや、本当に。師匠の魔法と、俺の魔法はだいぶ違う」


 そういっても、ステラは納得してくれなかった。


「そこを何とか、弟子入りを認めてほしいのです」

「でも、ルカにも負けたし……」

「もう一回試合させてやればいいのじゃ。そうすれば諦めるであろう?」


 ヴィヴィがそんなことを言う。


「では、次にここに来た方と戦って勝てば、弟子にしてくれるのですか!」

「えぇ……。それはちょっと」

「戦闘職じゃない方は抜きで、試合して勝てば、認めてくれないでしょうか!」

「それだとステラ勝てないだろう」

「だからこそ意味があるのです。認めてくれるのですか?」

「そりゃ認めるけど」

「ありがとうございます!」


 ステラは、村の門から少し離れて、倉庫の前あたりで仁王立ちしはじめた。

 フェムが不安そうに尋ねてくる。


『良いのか?』

「だって……、本人がどうしてもって言うし」

『時間的にクルスとか出てくるのだぞ』

「クルスだと、ルカ以上に勝ち目がないな」


 モーフィに乗ったヴィヴィが尋ねてくる。


「ヒーラーのユリーナなら勝てるのではないかや?」

「ユリーナは、ああ見えてめちゃくちゃ強いぞ」

「そうなのかや?」

「めっちゃ殴ってくるぞ。ユリーナはオークキングとか素手で殴り殺すからな」

『恐ろしいのだな……』


 フェムがぶるりと身震いした。


「ヴァリミエが一番ましかなー?」

「確かに姉上が一番まともかもしれぬのう。姉上は戦闘の専門家じゃないのじゃ」

「それでも魔法戦でヴァリミエにステラが勝てるとは思えないがな」


 その時、突然、俺の懐の中のシギが鳴いた。

「りゃっりゃー」

 そして倉庫の扉が開く。


「シギショアラ! いい子にしておったかー」

「りゃああ」


 ティミショアラが満面の笑みで飛び出してきた。

 シギも嬉しそうに羽をバタバタさせて、ティミのもとに飛んでいく。


「一番まずい奴が出てきたのじゃ……」

 ヴィヴィが不安そうに言った。

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