第179話

 クルスは俺を見つけると、手を振りながら走ってきた。

 胸が豊満になっている。胸のところにチェルノボクが入っているのだろう。


「アルさん、奇遇ですね!」

「別に奇遇じゃないぞ」

「そういえば、モーフィ肉を売りに行くって言ってましたね」


 クルスは嬉しそうに、にこにこしている。

 そして、ミレットが持っているお菓子に目を付けた。


「あ、おいしそう」

「これはお土産ですよ」

「楽しみだなー」


 クルスは食べる気満々だ。

 お菓子はコレットとモーフィへのお土産である。

 そもそも、王都土産なのだ。王都に来ているクルスに買うのはおかしい。

 だが、クルスが楽しみにしているのならば、さらに買いたそうと思う。


 会話をしている間に、ユリーナもやってくる。


「牛肉はちゃんと売れたの?」

「おかげさまで。いい取引ができたよ」

「それは何よりだわ」


 ユリーナの後ろには部下たちがいる。恐らくクルス領の官僚なのだろう。

 クルスの配下には領主の館在住の行政を担う官僚の他に、王都在住の官僚もいる。

 王都の色々な機関との調整や、その他色々なことを担う官僚だ。


 官僚の一人が、鋭い視線で俺たちの方を見る。

 頭のよさそうな、そして育ちもよさそうな若者である。


「閣下。こちらの方々は?」

「えっとね――」

「控えなさい!」


 クルスはにこやかに応対しようとした。

 だが、ユリーナがぴしゃりというと、険しい顔で官僚を睨みつけた。


「申し訳ありません」


 官僚は大人しく引き下がった。ユリーナの官僚に向ける視線はきつい。

 ユリーナの態度が剣呑すぎて少し怖いぐらいだ。

 クルスにこっそり聞いてみる。


「クルス。ユリーナどうしたの?」

「わかんないです。なんか機嫌が悪いんです」

「わからないかー」


 クルスにはわからない理由で、ユリーナは怒っているらしい。


「で、教団の税額査定の方法わかった?」

「はい。それはばっちりです」

「それはよかった。教団に向かうのはいつにするんだ?」


 ムルグ村から死神教団へは転移魔法陣が通っている。

 明日と言わず今日にでも行けるのだ。


「そうですねー、明日辺りでいいかもです。チェルちゃんも行ってみたいよね」

「ぴぎ」


 クルスの胸のあたりから小さな声がした。

 やはりチェルノボクはクルスの胸あたりにいるようだ。


 官僚たちをじろじろみていたヴィヴィが言う。


「クルスの部下たちかや? 王都にも結構おるのじゃな」

「半分はユリーナの家の人たちだよー」

「ユリーナの家は金持ちなのかや?」

「そうだよー」


 ユリーナの実家はもともと金持ちなのだ。

 勇者パーティーのメンバーは基本実家の身分は高くない。

 名字を持っていたのも、父が騎士の従士だった俺だけだ。


 だから、クルスもルカも偉い学者さんに家名を考えてもらったのだ。

 だが、ユリーナの家名、リンミアはもともと実家の屋号だったものである。

 リンミア商会は歴史のある豪商なのだ。下手な貴族より力がある。


「ユリーナはお金持ちのお嬢さんなんだよ」

「へー。そんな風に見えないのじゃ」

「私にはお嬢様に見えてましたよー」


 ヴィヴィとミレットのユリーナに対する印象は異なるようだ。

 その時、ユリーナの後ろにいた老人がユリーナに語り掛ける。


「お嬢様、そろそろ……」

「黙りなさい」

「はっ」


 老人は姿勢を正して口を閉じる。ユリーナは不機嫌そうだ。

 俺はクルスにだけ聞こえるように小さな声で言う。


「ユリーナ使用人に厳しいのな」

「そうですかねー?」

「さっきの若いのに対してもきつかったし」

「若い方はぼくの部下ですよ?」

「そうなの?」


 意外である。自宅の使用人ならともかく、他家の官僚をしかりつけるとか普通はしない。


「そうですよ。機嫌が悪いから仕方ないのかも」

「機嫌が悪くてもなー」


 不思議である。


「クルス。そろそろ行くわよ」

「あ、はーい。じゃあ、アルさんまたあとでー」


 そのあと、ヴィヴィとミレットとも言葉を交わしてクルスは去っていった。

 去り際、ユリーナが俺の耳元で言う。


「後で話があるわ」

「……了解」


 機嫌が悪い理由でも聞かされるのだろうか。

 それから、俺たちはクルスやユリーナ、ルカも喜びそうなお菓子を買う。

 そして、村へと戻った。



◇◇◇◇◇


 倉庫を出ると、モーフィが駆けてくる。

 まっしぐらである。


「もっもー」

「よーしよしよし」


 一生懸命に鼻を俺の腹にうぐうぐとこすりつけてくる。

 顎の下や頭を撫でまくってやった。


「わ、わらわに鼻を押し付けてもいいのじゃぞ?」

「もっもーー」


 ヴィヴィの嫉妬に気が付いたのか、モーフィはヴィヴィにも体をこすりつける。

 ヴィヴィはにへにへしながら、モーフィを撫でまくる。


「モーフィはまったく、仕方ないのじゃ」


 コレットも駆けてきた。


「おっしゃーん」

「いい子にしてたか?」

「コレットはいつもいい子だよー」


 コレットの頭を撫でてやる。

 一方、フェムは近くをうろうろしていた。尻尾はゆっくりと揺れている。

 魔狼たちの手前はしゃげないのだろう。魔狼王という立場も大変である。


「フェム、おいで」

「わふぅ!」


 呼ぶとフェムも駆けてきた。

 フェムを撫でながら言う。


「お土産もあるからなー」

「わふわふ!」

「やったー」

「もっも!!」

「りゃあ」


 なぜかシギも大喜びしていた。

 そんな獣たちとコレットに向けてミレットが言う。


「お土産は夕ご飯の後ですよ」

「わふぅ」「もぅ」「りゃぁ」

「コレット、我慢できるよ!」


 がっかりする獣たちに向けてコレットがどや顔していた。

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