第146話

 眠りについたティミショアラを、シギショアラは優しくなでていた。

 頑張った叔母を、シギなりに労わっているのだろう。


「シギは優しいな」

「りゃ?」


 撫でながら、シギは首をかしげる。巨大なティミを撫でる小さなシギは可愛らしい。

 心優しい子に育ってくれて、とても嬉しい。


 ルカが眠りについたティミショアラを見ながら言う。


「寝る前に気になること言ってたわね」

「そうだな……。明日聞こうか」

「そうね」


 ティミはひざから取り出された大星型(だいほしがた)十二面体の石について何か知っていそうだった。

 古代竜(エンシェントドラゴン)の知識は、人類とはまた別の系統だ。

 そして長命なので知識も深い。期待できる。


 俺はティミの鼻先を撫でていたシギを抱きかかえると自室へと帰る。

 そして眠りについた。



 次の日の朝。食堂に行くと人型になったティミがいた。

 ルカやクルス、ユリーナ、ヴィヴィとヴァリミエもいる。


「ティミ、もう大丈夫なのか?」

「うむ。よく眠ったのだ」

「りゃあ」


 ティミのもとにシギがふわふわ飛んでいく。


「おお、シギショアラ。相変わらず可愛いな」

「りゃっりゃ!」

「そうか、元気なのだな!」


 ティミはシギに頬ずりしている。シギも機嫌よく羽をバタバタさせていた。

 俺はそれを見ながらティミに尋ねる。


「古代竜も睡眠は大切なんだな」

「疲れると、どうしても眠たくなるからな」

「寝ないで飛んだの?」

「そうだぞ」

「それはきつそうだな」


 ティミはうんうんと、うなずいていた。

 それを聞いているルカは細かくメモを取っている。

 古代竜の生態を記録しているのだろう。


 ティミはシギをテーブルの上に寝かせて、お腹をこちょこちょし始めた。


「我は一週間やひと月ぐらいなら、寝なくても大丈夫だ。だが、我は全力で飛んだ」

「あーなるほど。古代竜の飛行は魔力を使うんだったな」

「うむ。普通に飛ぶのならともかく、全力のさらに上を目指して高速で飛んだのだ。それは我にとっても、とても疲れることだ」


 シギに早く会いたいばっかりに急ぎまくったようだ。

 シギと遊んでいるティミに向かって尋ねる。


「ところで、昨日寝る前に言ってたことが気になったのだけど」

「昨日? 我は何か言ったか?」

「これのことだぞ」


 俺は大星型(だいほしがた)十二面体の石二つを机の上に置く。

 相変わらず痛そうな形だ。


「あー、これのことか」

「寝る前にあれだな……って意味深なこと言ってたでしょ」

「うむ。それはあれだ、死神の呪いだな」


 死神の呪い。初めて聞いた。

 それを聞いて、ユリーナが首をかしげる。


「死神?」

「死神は死をつかさどる神だぞ」


 それは俺も知っている。

 死神は恐れられ、忌み嫌われている。いわゆる邪神の類だ。

 当たり前だがみんな死にたくないのだ。

 それにゾンビ化の秘術も、死神の系統だ。邪神に分類されて当然と言える。


 石を指でいじりながらティミは言う。


「それにしても、これは強烈な呪いを感じるな。死神の使徒の眷属にでも呪いをかけられたか?」

「いや、これを俺にかけたのは魔王だ」

「ふむ? それは不思議な話だな」


 ティミは首をかしげる。

 俺は魔王の死に際に放った、不死殺しの矢を食らったのだ。


「どこら辺が不思議なの?」

「魔王は魔の神の使徒であろ? 魔の神と死の神は全くの別ものだ」

「それはそうだけど」

「聖神の使徒であるクルスが、死神の呪いを使うぐらいおかしい」


 そう言われたらそうかもしれない。

 魔王が聖別したりするようなものだ。


「俺は魔王の放った不死殺しの矢を食らったわけだけど」

「不死殺し。まあそうであろうな。名前からして、まさに死の神の領分であろう?」

「確かにそうね」


 ルカが納得した様子でうなずいた。

 死の神の手から逃れ、そして逃れ続けているものが不死者である。

 死の神が自然の摂理を維持するため、不死者を殺すために使うのが不死殺しだ。


「魔人王がジルニドラ大公に不死殺しの矢を使ったのだけど、魔人王が死神の使徒だったのか?」

「それは無いと思うが」

「どうして?」

「死神の使徒の使う不死殺しなど食らったら、いくら姉上でも死ぬであろう」

「そんなに強力なのか?」

「使徒だからな」


 聖神の使徒であるクルスの強さを考えれば、納得できる。

 ティミは真剣な表情で続ける。


「それに、ゾンビ化も死の神の領分だ。死神の使徒ならば、いくら強大な姉上だろうとゾンビ化に抵抗することは難しかろう」

「なるほど」


 ジルニドラはシギを質に取られていた。それゆえ、自ら魔法陣の中へと入り、薬まで飲まされた。

 そこまでされたのだ。

 もし魔人王が死神の使徒であったならば、いくら竜大公といえどゾンビ化に抵抗するのは難しかろう。


「りゃあ」


 母親の話題が出たことに気づいたのだろう。シギが鳴きながら首をかしげた。

 俺はシギの頭を撫でてやる。

 シギはとてとて走って、俺の懐に飛び込んだ。すこし寂しくなったのかもしれない。

 俺はシギを、優しく服の上から撫でてやった。


「おそらくだが、魔人王は死神の使徒の眷属だったのだろうな」

「じゃあ、なぜ魔王は不死殺しの矢を使えたんだ?」

「うーん」

「わからないのだわ」

「謎ね」

「ぼくもわかりません!」


 みんなわからないらしい。

 黙って聞いていたヴィヴィが口を開いた。


「死神の使徒の眷属だったのじゃろ?」

「魔王は魔神の使徒だろ? 魔神の使徒が死神の使徒の眷属になるってありうるのか?」

「普通はあり得ないのじゃが、そもそも魔王が不死殺しの矢を使うってことがありえないのじゃ」

「それはそうだが」


 真剣な顔で考え込んでいたティミがいう。


「つまり魔王から魔神の加護が喪われていた、もしくは喪われつつあったってことかのう?」

「使徒が神の加護を喪うってあるの?」

「たまにあるぞ。神の意に反しているとそうなる」


 それを聞いてクルスが笑う。


「ぼくも加護を喪って聖剣を使えなくなったりするかな!」

「なんで、少し嬉しそうなんだよ……」


 クルスの考えはよくわからない。


「クルスは大丈夫なんじゃない?」

「大丈夫だと思うのだわ」


 ルカとユリーナがそういうと、クルスは前のめりになる。


「なんで!?」

「なんでって、クルスは聖神が大好きそうな行動してるからな」

「確かに」

「そうですかねー?」


 クルスには自覚がないらしい。

 弱者を助けて慈しみ、おごらない。異種族を差別せず、ゾンビを見つけたら叩き潰す。

 まさに聖神の使徒としてふさわしい。


 ユリーナがクルスを抱きしめる。


「クルスは立派なのだわ」

「えへへ」

「もっにゅもっにゅ」


 モーフィはクルスの手をハムハムしていた。

 モーフィは聖神の使徒により聖別を受けて聖獣になった。

 ある意味、聖神の使徒の眷属といっていいのだろう。


 じっと聞いてたルカが言う。


「で、アルラのひざは、どうすれば治るのかしら?」

「死の神の使徒ならなんとかなるかもしれぬ」

「なるほど」


 死の神の使徒がどこにいるかもわからない。

 そして、神の使徒なのだ。とても強いのだろう。

 協力を願うのも難しいに違いない。


「とりあえず、死の神の使徒を捕まえれば解除できるってことですね!」


 クルスが元気にそう言った。そう単純ではないと思うのだが。

 ティミは考えながら言う。


「まあ。そうだな。いうこと聞かせるのは難しいが……。場所はわかるのだし」

「え? わかるの?」

「わかるぞ?」


 ティミはなぜかわかるらしい。

 ひざの改善に向けての、大きな一歩になりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る