第141話

 俺たちが領主の館に近づいていくと、役人の一人が気づいてくれた。

 慌てた様子で代官を呼びに行く。

 さほど、時間をかけずに領主の館から不安げな様子で代官が出てくる。


「伯爵閣下。今日は一体……」

「はぁはぁ、……えっとね、はぁはぁ」


 さすがのクルスも息切れしていた。

 フェムやモーフィと一緒になって馬よりも速くかけてきたのだ。


「はっはっは」

「はあはあ」


 フェムとモーフィも息が荒い。

 終盤は楽しくなってきたのか、競争みたいになっていた。

 かなり全力気味に走っていたのだ。当然こうなる。


「フェムもモーフィも頑張ったな」

「さすがなのじゃ」


 体力を回復させてやるため、俺とヴィヴィは降りて獣たちを撫でてやる。

 そうしておきながら、息のあがっているクルスの代わりに俺は代官に説明した。


「今日は転移魔法陣を持ってきました」

「転移魔法陣というと、大都市と大都市の間にある、あの転移魔法陣ですか?」

「はい。伯爵閣下がすぐに移動できたら便利ですからね」


 代官はとても驚いていた。

 通常、転移魔法陣は大都市間に国家所有で置かれるものだ。

 たとえ領主でもそう簡単に設置できるものではない。

 法的な理由で設置できないのではない。主に経済的な理由で設置できないのだ。

 転移魔法陣はそれほど高価なのである。


「ところで、失礼ですが、あなたは……?」

「この前も来てた、アルラだよ」


 クルスが紹介してくれる。もう、息を整えたらしい。

 フェムやモーフィの息はまだ荒いのに、回復が早い。

 さすがは勇者である。


「先日は仮面をつけたままで失礼いたしました」

「いえいえ、アルラさま。今後ともよろしくお願いいたします」


 代官と互いに頭を下げあった。

 この前は狼の仮面を取らなかったので、代官に素顔を見せるのは初めてなのだ。

 その後、代官に応接室へと通される。

 モーフィとフェムは当然といった様子でついてきた。


「えっと……」

「代官、どうしたの?」

「いえ、なんでもありません」


 代官はフェムとモーフィをみて何かを言いたそうにしていた。

 領主の館に牛と狼は普通入れない。戸惑うのはわかる。

 だが、館の主であるクルスが平然としているので、受け入れたようだ。


 代官以外の役人が席を外したところで、改めて自己紹介をする。


「アルラというのは、間違いではないのですが。一般的には子爵アルフレッド・リントと呼ばれています」

「おお! 私のようなものでも、その御高名は存じ上げております。伯爵閣下と組まれていた高名な魔導士閣下ですね。どうして、偽名を?」

「アルラっていうのは……偽名というわけでもないんですよね」


 古代竜からラという名をもらったということと、隠遁していると言うことを代官へと告げた。

 代官は真面目な顔でうなずいていた。


「そのような事情があったのですね。承知いたしました。アルラさんが、リント子爵閣下だということは内密にしておきます」

「お気遣い感謝いたします」

「りゃっりゃ!」


 俺の懐からシギショアラが顔を出す。

 代官を見ながら、羽をバタバタさせている。

 シギショアラは代官と初対面ではない。だが紹介はしていなかった。


「この子がシギショアラです。古代竜の大公の公子です。近いうちに大公に践祚する予定です」

「そ、それは……おめでとうございます」

「りゃ!」


 シギは機嫌よくうなずいた。

 それを見ていた、ヴィヴィが胸を張って言う。


「ちなみにわらわの名は、ヴィヴィ・リンドバルじゃ」

「リンドバルさん、よろしくお願いいたします」

「そして、こちらの可愛い牛がモーフィで、そっちの油断ならない顔をしているのがフェムじゃ」

「も、モーフィさんとフェムさん。よろしくお願いします」

『よろしくなのだ』

『よろ』

「っ!」


 念話が飛んでくると思わなかったのだろう。代官はびくりとした。

 一通り自己紹介をしていた間、クルスはお茶をがぶがぶ飲んでいた。

 ムルグ村から走ってきたので喉が渇いたのだろう。


「がっふがっふ」

「もっふもっふ」


 フェムとモーフィにも、たらいで水が出される。勢いよくがぶがぶ飲んでいた。

 お茶を飲み終わった後、クルスが一息ついて言う。


「そういえば、領主の館に、領主の執務室みたいなのってないんですか?」

「一応あります。使うことを想定されていない狭い部屋なのですが……」

「使われてないなら、ちょうどいいです。魔法陣はそこに設置しましょう!」


 代官に案内されて、領主執務室へと向かう。

 机一つしかない小さな部屋だ。使われていないようだが、埃が積もっていない。

 定期的に掃除されているのだろう。


「魔法陣を置くには充分な大きさだな」

「そうですね。ここに設置しちゃいましょー」


 クルスが魔法の鞄から転移魔法陣の刻まれた盾を取り出す。

 そして素早く魔法陣を起動する。クルスも魔法陣の起動だけならできるのだ。


「これでよしっと!」

「一応、この部屋に防御魔法陣を描いておくのじゃ」

「ヴィヴィちゃんお願いね」

「気にするでないのじゃ」


 ヴィヴィは防御魔法陣を壁と床、天井に刻んでいく。

 これで部屋を破壊される危険性は少なくなった。代官側が魔法陣を使えなくしようと破壊するのを防ぐ意味もある。


「あ、そうなのじゃ。せっかくだから、領主の館にも防御魔法陣を刻んでやるのじゃ」

「え、いいの?」

「うむ。準備をしていないから、衛兵小屋より弱くなってしまうがのう」

「それでも助かるよ!」


 ヴィヴィはせっせと防御魔法陣を刻んでいく。

 これにより多少の災害にも山賊の襲撃にも負けない館になるだろう。


「もっも」

 そんなヴィヴィの後ろをモーフィがついて行く。

 防衛魔法陣をヴィヴィとモーフィに任せて、クルスは代官と会議を開始する。


「更迭された代官補佐の後任も決めなくてはいけないと思って……」

「伯爵閣下のおっしゃる通りです。税の査定のやり直しも急がないといけませんし」

「代官補佐は地元から選ぶのが普通ですよね。候補者はいますか?」

「数人は候補はいますが決めかねています。そこで、更迭された代官補佐の職務は今年は私が直接引き受けようかと……」


 代官補佐を新たに任命する時間的余裕がないのは確かだ。

 だからといって、代官が代官補佐を兼務するのも体力的に厳しいのではないだろうか。

 心配になって俺は尋ねる。


「大丈夫ですか?」

「非常事態ですし、今年だけならば……。それに補佐候補を部下として使って人柄を見ようかと」

「なるほど、それは確かに効率的なのかもしれません」


 クルスがそれを聞いて真面目な顔で考え込む。

 考えている最中、ずっと、フェムの頭をわしわししている。


「わふふ?」

「うーん……」


 フェムは戸惑っているが、クルスは一心不乱にわしわししていた。

 そして、わしわししながら口を開く。


「そういうことなら、ぼくが代官業務をやりましょう!」

「え? クルスなんて?」

「だから、ぼくが代官の業務を代行します!」


 本来、領主の業務を代行するのが代官である。

 だから、領主が自分の仕事を自分で遂行するというだけのことだ。

 だが不安になる。


「クルス大丈夫?」

「はい!頑張ります!」


 代官補佐の業務はクルスには無理な気がする。畑の査定もなにもかも、やり方を知らないのだ。

 そして、代官の業務もまた、クルスにできるとは思えない。


「クルス、代官業務というか領主の業務できるの?」

「はい、頑張ります!」


 なにやら、クルスはやる気の様だ。やる気があるのは結構である。

 だがやる気があっても、無理なものは無理である。

 頑張ってどうにかなることとならないことがある。


「代官は専門職だぞ。中央から臨時に元官僚を雇うべきだ」

「閣下。私もそう愚考します」

「……わかりました。アルさんと代官がそういうなら」


 クルスは納得したようだ。

 大急ぎで代官業務を代行してくれる官僚を王都で雇い入れることに決まった。

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