第136話

 俺たちを乗せたティミショアラは、ものすごくご機嫌だった。

 ムルグ村にまっすぐには帰らず、高速で飛び回る。


「シギショアラ、あっちの方を見てみような!」

「りゃっりゃー」

「あれが、海だぞー」

「りゃっりゃー」


 シギも大喜びだ。それで、ティミはますますご機嫌になる。

 一方、ヴィヴィは俺にしがみついて、がくがくしていた。


「も、もう、帰るのじゃ」

「えー? まだ見せたいところがあるのだが」

「りゃぁあ?」


 ティミとシギはまだ飛びたりなさそうだ。

 だが、ヴィヴィは限界だ。念のために用意しておいた着替えが必要になっても困る。


「また、今度見せてくれ。寒くなるしな」

「そうか。まあそうだな」


 ティミがムルグ村に向かい始めたころ、西の空は赤く染まりはじめていた。

 ティミの頭の上に乗っていたクルスがこっちに走ってきた。


「ふわあ。アルさんアルさん、めちゃくちゃ綺麗ですよ」

「りゃっりゃー」

「確かにきれいだな」

「う、うむ。確かにきれいだ」


 怯えていたヴィヴィも見とれる美しさだった。

 シギは懐から、よじよじ俺の肩に上っていく。そして夕日に向かって吠えた。


「りゃ! りゃーー」

「そうだろうそうだろう。シギショアラ、見とくんだぞ!」

「りゃっ!」


 シギは感動したのかもしれない。

 夕日に向かって吠えたとき、魔力が少し混じっていた気がする。

 あとで、魔力の混じった吠え声について、ティミに聞いてみようと思う。


 しばらくして、遠くにムルグ村が見えた。


「ムルグ村が見えたぞ」

「警報なるかなー?」

「ならないのじゃ。そう作り直したのじゃ」


 ヴィヴィは自慢げだ。だが、依然として俺にしがみついている。

 そんなヴィヴィが面白いのか、シギはヴィヴィの頭の上に乗っていた。

 いや、シギはヴィヴィを守ってやろうとしているに違いない。


「シギはえらいなぁ」

「りゃ?」


 頭を撫でてやると、シギはきょとんとしていた。

 謙虚である。


 ティミは遠慮せずに、衛兵小屋前まで飛んで地面に降りる。

 領主の館より、土地が広くて、降りるには便利だ。


 ミレットとコレットが出迎えてくれた。

「おかえりなさい」

「みんなおかえりー! シギちゃんおかえり!」


 コレットはシギが気になるようだ。

 ヴィヴィの頭に乗っていたシギをぎゅっと抱きしめてほおずりしていた。


「りゃ?」

「シギちゃんはかわいいね」


 フェムが魔狼小屋からゆっくり出てくる。

 一瞬ティミにビビっていたが、すぐに平静を取り戻したようにみえた。

 おそらく虚勢だ。魔狼たちがどこで見ているかわからない。

 だから魔狼王としては威厳を示さねばならないのだ。怯えている姿など見せるわけにはいかないのだろう。


『無事、盾は取り返せたのだな』

「うん、なんとか……」

「もっもーー」


 フェムの言葉の途中で、モーフィが突っ込んできた。

 一生懸命、俺に頭をこすりつけてくる。寂しかったのかもしれない。


「モーフィお留守番ありがと」

「もっも!」


 一方、フェムは遠慮しているのか大人しくたっている。

 視線は絶対にティミから外さない。

 だから、俺はフェムを手招きした。


「フェムもありがと」

「わふ」


 フェムも近寄ってきたので、モーフィと一緒に撫でてやった。

 半日しか離れてないのに、寂しがりな獣たちだ。


 それから、すぐに村長へ説明に上がった。検地やり直しと代官補佐の処罰を聞いて喜んでいた。

 そのあと、みんなで夜ご飯を食べた。ルカやユリーナ、ヴァリミエなども一緒だ。

 ルカたちにも改めて経緯を説明する。


「へー。クルス頑張ったのね」

「さすがクルスなのだわ!」


 ルカとユリーナはクルスの活躍を聞いて喜んでいた。

 特にユリーナはすごく喜んでいた。


「うむ、我もクルスは立派だったと思うぞ」

「えへへ」


 ティミにも褒められ、クルスは照れていた。

 ルカが冷静に言う。


「冒険者ギルドからも農村出身者を雇って村々を回らせるわね」

「ルカ、ありがと」

「お礼はいいわ。当然、クルスに依頼料払ってもらうし」

「うん。依頼料は任せて!」

 クルスはお金持ちだ。冒険者パーティーを複数雇うぐらい容易い。


「冒険者ギルドとしても、安全な仕事を冒険者に提供できるのは助かるし」

「偽装させた方がいいかもな。薬草集めとかのふりをしつつ立ち寄る感じで」

 俺がそう提案すると、ルカは深くうなずいた。


「そうね、そのあたりは考えておくわ」

「何から何まで、ありがとね、ルカ」


 クルスはとても良い笑顔をしていた。

 一方、ティミはシギを抱きしめていた。


「明日からしばらく会えなくなるのだなぁ」

「りゃあ?」

「極地の宮殿に盾を設置しにいかねばならぬからのう」

「りゃっりゃ」

「おばさんがいなくても、いい子にしてるんだぞ」

「りゃあ」


 シギは機嫌よく、羽をバタバタさせながら、ティミの髪の毛をはむはむしていた。

 そんなティミに俺は聞いてみたいことがあった。


「ティミ、さっき夕陽を見ながらシギが鳴いた時、声に魔力が混じってた気がしたんだけど……」

「む? ああ、そうだな。混じっていたな」

「やはり……。ついに魔力を混ぜられるようになったのか」


 俺はシギの頭を撫でる。成長が嬉しい。

 テイミはシギのお腹をこちょこちょしながら言う。


「本来、我ら古代竜にとって、吠え声に魔力が混じるのは自然なことだからな。むしろ抑えるのが大変なぐらいだ」

「そうなのか?」

「うむ。そのうち、我は抑え方を教えねばならぬであろう」


 普通の魔獣はよほど強くないと、声に魔力を混ぜたりできないものだ。

 古代竜はすごい。


「この前、シギが魔力弾を出せたんだけど、それも普通?」

「なんと、それはすごい。普通は一歳ぐらいまでかかるぞ」

 魔力弾の方はすごいらしい。


「シギショアラ。そなた、天才であるな!」

「シギは天才だと俺も思っていた」

「アルラ、おぬしもそう思っておったか!」

「りゃあ」


 俺に頭を、ティミにお腹を撫でられながらシギは機嫌よさげに鳴いていた。



 その日は疲れたので早めに寝る。

 ちなみにティミは夕食後、ねぐらへと飛んでいった。足がしびれたのだろう。


 今日は、ひざの痛みがひどくない。石の成長が遅いのだ。

 それでもクルスは付き添ってくれる。


「クルスさんや、いつも、すまんのう」

「いえいえ、アルさんや……それは言いっこなしですよ」


 老夫婦的な会話を交わしてみたりした。

 ちなみにクルスはベッドに入って10秒で寝た。

 疲れていたのだろう。


「もっも」


 そして、モーフィは俺の手を咥えている。

 半日ほど留守番させて寂しかったのだろう。それを埋め合わせるかの様だ。


「モーフィはほんと指をくわえるの好きだな」

「もにゅもにゅ」


 俺はモーフィに指を咥えさせながら、フェムを撫でてやる。


「フェム、ティミに怯えてない?」

『わふ!』


 フェムがびくりとした。念話で犬みたいに鳴くときはびっくりしている時だ。

 図星だったのだろう。


『そんなことないのだ。……なぜそのような愚かなことを思いついたのだ?』

「だって、明らかに態度がおかしいし」

『フェムはビビってないのだ』

「まあ、古代竜は超強いからな、獣的に怯えるのは仕方ないかもしれないけど」

『だからビビってないのだ』


 虚勢を張るフェムに向けて言う。


「でも、ティミより、俺の方が強いぞ?」

『……わふ』


 フェムはきょとんとした顔で念話を飛ばしてくる。

 そして、しみじみと言う。


『それもそうなのだ』

「だろ?」

『そう考えると怖くないのだな』


 フェムはふんふんと鼻息を荒げていた。

 やっぱり怖かったんじゃないかと突っ込むのはやめておいた。


 獣たちと勇者に囲まれ、俺は眠りについた。

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