第135話

 それからティミと一緒に領主の館へと帰還した。

 ちなみに、代官補佐はつままれての移動だ。

 代官補佐は泣いていたが、先に領民を泣かしたのは代官補佐である。

 代官補佐を牢屋に放り込むとクルスは代官に向かって言う。


「代官補佐を全員集めて」

「今すぐ招集をかけます」

「検地帳も持ってくるように伝えて」

「はい」


 代官補佐が到着するまで2時間から3時間かかる。

 その間、クルスは領内の法律などの書類に目を通しはじめた。真剣な表情である。

 一方、シギショアラはティミショアラに抱き着いていた。胸元に顔をうずめている。


「りゃっりゃー」

「お、シギショアラ、どうしたのだ?」


「りゃあ」


 シギはティミにすごく懐いたようだ。

 シギに抱き着かれて、ティミはすごくうれしそうだ。


「空を飛んだから尊敬されたのかもしれないな」

「そうなのか? シギショアラ、いつでも飛んでやるぞー」

「りゃっりゃ」


 ティミは出されたお茶菓子をシギに食べさせる。

 シギが俺以外の手から物を食べるのは珍しい。

 さすが、叔母である。


 3時間後、代官補佐3人が到着した。

 クルスの領地には、牢屋にぶち込まれたやつを含めて、4人の代官補佐がいたのだ。

 応接室に入った代官補佐たちは、緊張した面持ちだ。

 代官も代官補佐の隣に真面目な顔で立っている。


「今日集まってもらったのは――」

 俺が語り掛けると、クルスが立ち上がった。


「ぼくがクルス・コンラディンです。皆さんの主君にあたります」


 いつもの天然勇者とは思えない真面目な口調、険しい表情だ。

 少し殺気に似た、威圧感が全身から出ている。

 歴戦の勇者であるクルスの放つ威圧感は相当なものだ。

 代官補佐たちはおどおどしつつ、クルスに向かって頭を下げる。


「さきほど、代官補佐を一人更迭しました」

「え……」「なんと……」


 クルスの言葉に、代官補佐たちは唖然とする。互いに顔を見合わせた。

 質問したいだろうに、問いは発しない。ただ呻くように声をあげただけだ。

 クルスの威圧感に畏れを抱いているのだろう。


「その代官補佐には領主裁判にて、10年の懲役と財産の没収の判決を下しました」

「……伯爵閣下。一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


 代官補佐の一人が口を開く。勇気を振り絞ったのだろう。声と手が震えていた。

 俺と同じくらいの年の、真面目そうな男だ。


「どうぞ」

「罪状はなんでありましょうか」

「税率を不当に上げたこと。畑の等級の査定が正常に行われていなかったこと。領民の財産を不当に奪ったこと」


 クルスは代官補佐を見回す。

 そして、はっきりと告げる。


「どれ一つとして、許すことができません。ぼくは、自分の領内でそのような不正が行われることをけして許しません」

「……われわれは、そのようなことは致しません。適正に職務を遂行させていただいております」

「そう願っています。皆さんの検地帳を改めさせていただきます」


 代官補佐はざわめく。

 検地帳を持ってこいというのが、どういう意味であったか、やっと理解したのだろう。


「不正を告白するならば、今が最後の機会だと思ってください。調べた後、判明すれば更迭ではすみません。牢に入ってもらいます」

「われわれは……」


 代官補佐は何かを言いかけた。だがクルスがそれを手ぶりだけで遮った。

 代官補佐は慌てた様子で口をつぐむ。


「いざとなれば、ここにいらっしゃる古代竜(エンシェントドラゴン)の子爵閣下に頼み、ぼくが直接見て回ることもできるのです」

「我が姪は飛ぶのが好きなようだからな。いくらでも飛んでやろう。ここから領内の端から端まで30分もあれば往復できるぞ」

「りゃっりゃ!」


 場の雰囲気を考えず、シギが嬉しそうに鳴く。

 古代竜とはなにか、代官補佐たちは理解できていなさそうだ。

 だが、小さなドラゴンを抱いているティミショアラをみて、只者ではないと理解したのだろう。


 代官補佐たちは自分の罪状を告白し始めた。

 新領主クルスが本気だと理解したのだ。


 代官補佐の罪状の多くは慣例で許されているレベルだ。

 畑のグレードを高く見積もる。収穫量を多めに見積もる。そう言ったものだ。


「今後は許されないと、肝に銘じてください」


 クルスがそういうと、代官補佐は恐縮しきっていた。

 代官補佐をくびにはしないことにしたようだ。


「代官」

「はい」

「監査役を用意してください。信用のできるものを中央から採用してください」

「御意」


 代官補佐は地元の有力者から選ばれている。

 監査役を地元から採用しては機能しない恐れがあるのだ。

 クルスの判断の正しさに、俺は驚いた。いつもの天然勇者と思えない。


「それと、代官」

「はい。何でしょうか。閣下」

「税率は民の負担にならない程度と言ったけど、明言はしていなかったね」

「はい。閣下の意思を尊重して税率を低くするよう指示は出しました」


 だが、守られてはいなかったのだ。

 代官と、そして領主クルス自身が舐められていたということだ。


「3割を上限とします」

「御意」

「畑のグレードを不当に高く査定することもやめさせてください」

「御意」


 一連の命令を下した後、俺たちはムルグ村への帰路につく。

 ティミショアラはゆっくり目に飛んでくれている。

 ヴィヴィがクルスに向かって言う。


「クルス。やればできる子だったのじゃな?」

「えへへ」


 クルスは懐から紙を取り出す。

 細かい字でびっしりと何か書かれていた。


「ルカにどうすればいいか書いてもらったんですよー。それを覚えておいたんです」

「なんじゃ。ルカが考えたのじゃな」

「そうだよー。ぼくには難しいことわかんないからね! ルカにもらった紙と、代官に見せてもらった資料とか没収した検地帳を読んで、アレンジしながら言ってみました」


 クルスは謙遜するが、アレンジできるのは結構すごいと思う。

 馬鹿じゃなかったのかもしれない。


 クルスに、ルカに教えてもらった大まかな方針を説明してもらう。

 税率の上限、査定の正常化が必須。慣例通りの悪事なら、一回は許す。

 監査役を中央から用意すること。

 実際にクルスが直接見て回れることを告げる。


 そういう方針だったようだ。


「それにしても、クルス、すごいじゃないか。貴族っぽかったぞ」

「えへへ。いつものルカとアルさんの真似をしてみました」

「ルカはともかく、俺そんなかんじだったか?」

「はい! 緊張しました」


 クルスも勉強している。少しずつ成長しているようだ。


「ぼくは反省したんです。領主がしっかりしないと、領民が大変だなって」

「そうだな」

「これからは領内を見て回ったりもしましょう」

「それもいいかもしれないな」

「アルさんも一緒に行きましょう!」

「暇だったらな」

「はい!」


 きっと、クルスはいい領主になるだろう。

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