第100話

 ヴィヴィの姉がゾンビ化の事件にかかわっていることがわかってから一週間後。

 日没後には全員が衛兵小屋に帰宅していた。


 ヴィヴィはモーフィと遊び、クルスはシギショアラと遊んでいた。フェムは床で眠っている。

 ユリーナとルカはお茶を飲んでいた。


 そのとき、ルカの懐から音が鳴った。

 ――リリリリリ

 連絡用の魔道具の音だ。

 基本的にすごく高価な品だが、ギルド幹部であるルカなら持っていてもおかしくない。


 ルカが立ち上がる。


「アル。森の隠者の居場所がわかったみたい」

「まじか。すぐ王都に向かおう」


 ルカの使っている魔道具は、情報を伝達するのにつかわれる。だが音を鳴らすことしかできない。

 軍隊は正確な情報を送るため、複数の魔道具を用意している。

 敵国が攻めて来たらこれ、魔獣の襲撃はこれといった感じである。

 いま鳴った魔道具は森の隠者の居場所が分かったときに鳴らす手はずだったのだろう。


「わらわも行くのじゃ」

「もっもう」


 ヴィヴィとモーフィも立ち上がる。

 俺が立ち上がると、シギがぴょんと俺に飛びついた。とりあえず懐に入れる。

 フェムも無言ですくっと立ち上がった。


 クルスもやる気満々といった感じで立ち上がる。

「アルさん、いよいよですね」

「いや、クルスは留守番なのだわ」

「えー」

 そんなクルスをユリーナが後ろから捕まえる。


「クルス、村の防衛も大切なのだわ」

「そうですけどー」

「クルス、頼む」

「アルさんがそういうならわかりました!」


 クルスは素直に応じてくれた。ユリーナも留守番だ。

 勇者パーティを分割するときは、基本的に俺とルカ、クルスとユリーナの組み合わせになる。

 戦力的にそれが一番バランスが取れているからだ。

 3、1に分かれるときは、俺とそれ以外に分かれることが多い。


 俺はルカ、ヴィヴィ、フェム、モーフィ、シギをつれて王都に向かった。

 王都のクルスの家をでると、冒険者が待機していた。ルカが手配したのだろう。

 冒険者はルカを見て頭を下げる。


「ルカさん、森の隠者は宿屋にいます」

「ありがと」


 全力で走る。

 ちなみに俺はヴィヴィと一緒に仮面をかぶってモーフィに乗っている。

 フェムに大きくなってもらうと、目立ちすぎるからだ。


「森の隠者は隠れる気ゼロだな」

「全くその通りね」

「隠れる気がないというのは悪いことをしていないということではないのかや?」

「そうかもしれないな」


 ヴィヴィの意見には希望的観測が混じっている。だが、完全には否定できない。

 材料の仕入れの際に名前を隠していないし、宿屋にも堂々と泊まる。

 重罪であるゾンビ化の実行犯とは思えない。


 宿屋の近くで冒険者パーティーが見張りをしていた。Bランクパーティーだ。

 王都は平和なので、Bランク冒険者は最上位の部類である。


「ルカさん、まだ中にいますよ」

「ありがと」

「いえいえ。お安い御用です」

「あとは任せて」


 ルカは宿屋に入っていった。

 俺はモーフィとフェムに念話を飛ばした。


『フェム、モーフィ。見張っといて』

『わかったのだ』「もう」


 俺とヴィヴィも宿屋に入っていく。

 客と主人が慌てはじめた。


「ひぇ」

「魔物?」


 宿泊客の一人の冒険者は剣のつかに手を伸ばしている。

 警戒しすぎな気もする。だが、俺とヴィヴィの被り物はものすごくリアルだ。

 仕方がないのかもしれない。


「安心して。私の連れよ」


 そう言いながら、ルカが自分の冒険者カードをかかげて見せる。

 たちまち主人も客も安心したようだ。

 ルカを知っているものは、怪しい者たちがルカの連れというだけで安心できる。


「あの方が戦士ルカさま」

「美しい」


 初めて見た者たちは、ルカに会えたことに感動していた。


「ヴァリミエっていう魔族が泊っている部屋はどこ?」

「二階の階段をあがって正面です」

「ありがと」


 ルカは一気に階段を駆け上がる。俺とヴィヴィは一階で待機だ。


 ――ドンドンドン

「ヴァリミエさん! 少しお聞きしたいことが」


 ルカが呼びかけるが返事がない。


「はぁ!」

 ――ドーン


 しびれを切らしたルカが扉をぶち破った。

 結構、頑丈な扉だったのだが、ルカが殴ったら吹き飛んだ。


「ひいい」

 宿屋の主人が青ざめたので、俺は無言で主人の前に金貨を積んだ。

 扉ならば十枚ぐらい新品を買える額だ。宿賃としてなら一か月分ほどだ。

 扉の弁償と一部屋分の休業補償としては充分だろう。


 部屋に突入したルカの声が響く。


「中に誰も居ないわ!」

「どういうことじゃ!」


 ヴィヴィが宿屋の主人に詰め寄った。


「えっ。いつの間に」


 宿屋の主人も驚いて、森の隠者の部屋へと向かう。

 俺とヴィヴィもついていった。


「本当にいないですね……」

「気づかなかったの?」

「はい。全く」


 完全な空き部屋だ。一つの荷物も残されてない。

 だが、机の上に金貨が数枚置かれていた。


「宿賃かしら」


 ルカはその金貨を主人に手渡した。

 主人はほっとした様子で息を吐く。


「ヴァリミエさんの払う予定だった宿賃ぴったりです」 

「それはよかったわね」


 ルカの言葉に、主人はうなずく。

 逃げるにしてもきっちり宿賃を払う。ヴァリミエは律儀なようだ。


 宿屋の外に出て、フェムとモーフィを呼んだ。主人は動物を入れることに難色を示したが金貨を一枚渡すと大人しくなった。

 フェムとモーフィに部屋の匂いをかがせてから尋ねる。


「逃げられた。匂いを追えるか?」

『やってみるのだ』「もう」


 しばらくして、フェムが走り出す。

『こっちなのだ』「もっも」


 俺とヴィヴィはモーフィの背に乗って後を追う。

 走りながらルカが言う。


「Bランク冒険者に気づかれずに逃げるとは思わなかったわ。しかも匂いを追えるってことは……」

「徒歩か走りだな」

「そうね」


 姿隠しの魔法でも使ったのかもしれない。

 そうでもしないと、Bランク冒険者の目を欺くのは無理だろう。

 Bランクは駆け出し冒険者のランクではない。熟練冒険者のランクなのだ。


「さすがは森の隠者ってところか」

「荒野を大森林に変えたんだもの。そりゃ一流じゃないわけがないわよね」

「わらわの師匠じゃ」

「そうか。それなら凄そうだな」


 話している間も、フェムは走っていく。匂いを嗅ぎながらなので、全力ではない。

 それでもなかなかの速さである。

 モーフィも匂いを嗅ぎながら進んでいた。牛も鼻がきくのだ。


 あっという間に王都の門までやってくる。

 衛兵に止められた。


「門は通過できません。もう夜間なので封鎖されています」

「知ってるわ。ヴァリミエって魔導士が通らなかった?」

「いえ、通っておりません」


 ルカと衛兵の会話を聞いてから、俺はフェムとモーフィに念話で尋ねる。

 今回はルカとヴィヴィにも聞こえるようにし念話を飛ばす。


『ヴァリミエはどっちに行ったかわかるか?』

『門を通って外に行ったのだ』「もっも」


 モーフィもフェムと同意見の様だ。つまり、ヴァリミエはここを通って外に行ったのだ。

 衛兵の目も誤魔化したのだろう。


 すぐにルカは冒険者カードを見せて外に出る許可をもらう。

 Aランク冒険者以上ならば夜間に門から外に出ることができるのだ。


 衛兵はルカのことを知っている。当然Sランクだということも知っている。

 だが、カードを見るという手続きを省くと、後で衛兵は怒られる可能性があるのだ。

 王都の衛兵は、良くも悪くも、お役所仕事なのである。


 王都の門をでてしばらく進むと、フェムが尋ねてきた。


『もう大きくなっていいのだな?』

「いいぞ」

「わふう」「……もう」


 すぐにフェムが大きくなった。俺はモーフィの背からフェムの背に移る。

 モーフィは少し残念そうに鳴いた。


「ヴァリミエの匂いはどうだ?」

『近づいているのだ』


 匂いが強くなっているのだろう。

 フェムはどんどん加速していく。

 匂いを慎重に嗅がなくても、判別できるほどの匂いの強さなのだ。


「りゃっりゃ!」


 シギが俺の懐から顔を出す。風を受けて気持ちよさそうに鳴いた。

 懐の中で羽をバタバタ動かそうとする。

 古代竜はとても速く飛ぶ。本能がうずくのかもしれない。

 今度からもっとゆったりした服を着ようと思った。シギには懐の中で、思う存分バタバタさせたやりたい。


 一方、久しぶりの姉との対面が近づいているからか、ヴィヴィが少し緊張気味の表情だった。


「ヴィヴィ、大丈夫か?」

「なにがじゃ。大丈夫に決まっておるのじゃ」

「そうか」


 しばらく進むと、道のわきからユニコーンが飛び出してきた。

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