第94話

 完全に日が沈んでから、俺たちはムルグ村に帰還した。


 クルスが倉庫の前で待機してくれていた。

 クルスをみてシギショアラが羽をバタバタさせる。


「りゃー」

「おかえりなさい!」

「ただいま。クルスも留守番ありがと、……ん?」

「こっちは全然、問題なかったです! ダンジョンの方はどうでしたか?」


 クルスが笑顔で尋ねてくる。

 だが、その周囲にはヒドラが10体ほど転がっていた。


「問題ないっていうのか、これが……」

「そりゃ、あんたなら問題なく倒せるだろうけど……」

「この惨状はいったいどういうことなのじゃ」


 俺とルカとヴィヴィが驚いていると、クルスは首をかしげる。

 そして、なにかに気づいたらしく、あっと声を上げた。


「ごめんなさい。戦利品の回収をまだしてなかったです」

「戦利品とかそういう問題じゃなくて……」

「いやー、アルさんが衛兵を務めるだけあって、魔物の襲撃頻度が高いんですねー」

「……そんな恐ろしい村があってたまるかや」


 クルスはヒドラ10体の襲撃をムルグ村の日常だと勘違いしている模様だ。

 呆れた表情でヴィヴィが突っ込んだように、そんなわけはない。


「ヒドラの襲撃はいつ頃?」

「えっと、日が沈んでからですねー」


 それならば村人たちは全員村に帰還してからだ。

 それでも一応尋ねなければならない。


「村人のみなさんは?」

「えっと、全員畑から村に帰っています。ミレットさんに確認を手伝ってもらったので安心です」


 クルスはどや顔だ。

 ミレットに手伝ってもらうというのはとてもいい方法である。

 クルスは衛兵業務を把握できてないし、そもそも村人全員の顔を覚えていない。 


「おお、偉いぞ、クルス」

「えへへ」


 ほめてやると、クルスは素直に喜んだ。

 そのころには、ルカがてきぱきとヒドラの死体を調べ始めている。


 俺とクルスも、それを見て手伝う。

 戦利品回収を始めたのを見て、フェムは尻尾を垂直に立てて、周囲を警戒してくれる。

 最近はなにも言わなくても、そういう役割分担で動いてくれるのだ。とてもありがたい。

 シギも俺の肩に上って見張るように、きょろきょろしていた。


「もっも」

「モーフィ、くすぐったいよー」


 一方、モーフィはクルスに甘えて頭をこすりつけていた。


 解体しながら、俺はルカに尋ねる。


「やっぱりゾンビ?」

「……そうね」

「そうか、ゾンビか」


 ゾンビ化した石蛇によるダンジョンの崩壊。同時にムルグ村へのゾンビヒドラの襲撃。

 そんな偶然があるわけがない。これはつながっていると考えるべきだ。


「内情を把握されてるってことよね」

「そうだな」


 ムルグ村と王都付近が転移魔法陣でつながっていることを知らなければ、このたくらみは意味がない。

 警報が鳴ることを警戒したのか、飛ばない魔獣であるヒドラを使っている。

 少なくとも、転移魔法陣と上空の警報の二つを知っていると考えたほうがいいだろう。


「まさかスパイとかを警戒したほうがいいのかや?」

「いや、その必要はない」


 俺はヴィヴィの言葉を否定する。

 いや、一応は警戒しておいた方がいいのだろうが、それは個人でやればいいことだ。

 みんなであいつが怪しいとか犯人捜しが始まったら百害あって一利ない。

 疑心暗鬼になることが一番危険なのだ。


「スパイなんていなくても、様子をうかがっていれば判断できることばかりだし」

「それもそうじゃな」


 昼、王都にいたクルスたちが夜いるのだ。それを知れば転移魔法陣の存在に気づくのは難しくない。

 空の警報もこの前のワイバーンの襲撃を企てたものならば気づけるだろう。


「だが、とても厄介だ」

「……そうじゃな」


 村を危険にさらすことは本意ではない。

 解体を終えると、俺は村長の家へと向かった。


「アルフレッドさん、どうしました?」

「実は……」


 おそらくシギが悪者に狙われていること。

 そして魔獣の襲撃が立て続けに起こったことを報告した。


「なるほど。それは恐ろしいですね」

「はい」


 衛兵を首になるのならば、それも仕方がないと覚悟した。

 だが、村長は笑顔だった。


「撃退してくださったのなら、それで構いません」

「これからも襲撃があるかもしれません」

「これまでも魔獣の襲撃はありましたし」

「いえ、今回は強力な魔獣でして……」


 俺は魔獣の恐ろしさを説明した。

 それでも、村長は笑顔のままだ。


「気にしないでください。撃退できたのでしょう? そしてこれからも撃退してくださるのでしょう?」

「それは、そうするつもりですが……」

「ならば構いません。むしろアルさんがいなくなった後に魔獣に襲われることの方が恐ろしいですよ」


 それは確かにそうなのだが。

 シギがいなくなれば襲撃が終わる可能性だってある。襲撃が続く可能性もあるのだが。


「そうですね。そろそろお話してもいいでしょう。アルさん、こちらにいらしてください」


 俺は村長に家の中へと招かれた。

 椅子に座った俺の前にお茶とお茶菓子が出される。


 匂いにつられたのか、シギが懐から首だけ出す。

 

「りゃ?」

「シギさんには何をお出しすればいいでしょうね」

「いえ、お気になさらず。まだ雛なので、人と同じものを食べさせていいものかわからないので」

「それも、そうですね」

「りゃあ……」


 少し残念そうに鳴く。だが、お菓子を食べさせていいのか、わからない。

 あとでルカに聞いてみよう。


 村長はお茶を一口飲むと真剣な表情で語りだした。


「アルフレッドさんは疑問に思われたことはありませんか? このような辺境の、魔獣に脅かされる痩せた土地に、なぜ我々がしがみついているのかと」

「それは、まあ少し思ったことはあります」

「この村は他に居場所がない人たちの最後のよりどころなんです」

「といいますと?」


 村長は自分の獣耳に手をやった。


「私は見ての通り獣人です。父母は逃亡奴隷でした。ミレット姉妹はエルフですが、祖父はダークエルフにして魔王軍の幹部の一人でした」

「……それは知りませんでした」

「ミレットの話は、あくまでも300年前の祖父の話です。エルフは寿命が長いので。本人も知らないでしょう。ミレット以外にも事情を抱えているものは多いのですよ」

「なるほど」

「本人が罪を犯したわけではないのです。祖父母や父母が罪を犯した。奴隷だった。滅ぼされた一族の生き残りである。そういう者たちの最後の安住の地になる。それがこの村が作られた目的です」


 村長はシギの頭を優しくなでる。

 それを聞いて、俺には疑問が浮かび上がる。


「あの、村長一つお聞きしても?」

「なんでしょう」

「確か魔狼王フェムを仲間にしたとき、村長は300年前にこの村に勇者が隠居しに来たとおっしゃいましたよね」

「いいました。アルさんには村の家宝である当時の魔狼王の牙もお見せしましたね」

「300年前の勇者とこの村はどのような関係なのですか?」

「そもそも300年前の勇者様が魔王を倒した後、居場所がなくなって、ここに村を作ったのです」

「なるほど」


 300年前の勇者に比べれば、今の勇者クルスは好意的に迎えられている。

 功績にも正しく報いられているとも思う。


 村長は優しく微笑んだ。


「シギさんもアルさんも。いつまでも居てくださっていいんですよ」

「……ありがとうございます」

「本当のことを言うと、あの募集要項ですが」

「衛兵の募集要項ですか?」

「そうです。あれなら腕に覚えがあって、なおかつ王都に居場所がない人が来ると思ったんです」


 そういって村長は笑う。


『ムルグ村の衛兵募集。狼と猪が出て困っています。報酬は衣食住。※村には温泉があります』


 確かにこれではまともな冒険者は受注しないだろう。


「仮にも冒険者ギルドに出した依頼です。犯罪者はギルドの方で弾いてくれますしね」

「なるほど」


 村長が事情を話してくれたのだ。俺も隠しておくべきではないだろう。


「村長。今まで話していなかったのですが……」


 俺は正直に村に来た理由を話した。


「なるほど、どうりでお強いわけです。勇者パーティーの一員だったとは。クルスさんも勇者だったのですね」

「隠していて申し訳ありません。それとお願いなのですが」

「わかっています。他言無用ですね」

「はい。ご配慮感謝します」

「いえいえ。それにしても格安の条件で凄腕の冒険者を雇えたのですから、お得でした」


 村長は楽しそうに笑った。


「これからもよろしくお願いいたしますね」

「こちらこそよろしくお願いいたします」


 俺は村長に深々と頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る