第73話

 夕食の席に向かう途中もクルスは俺にべったりくっついている。

 腕を組んで離さない。 


「アルさん、それって卵ですよね、お土産ですか? オムレツがいいと思います」

「いや、これはお土産じゃないんだぞ」


 俺は卵をクルスから遠ざけた。

 竜大公の公子シギショアラを食べられるわけにはいかないのだ。


「そうなんですかー」

「この卵についても、夕食時に説明するからな」

「はい」


 クルスは手を伸ばして卵を撫でる。


「少しあったかいです」

「食べたらだめだからな」

「はい」


 そのやり取りをじっとルカが見ていた。

 さすがは魔獣学者。この卵がただの卵じゃないことに気づいたのだろうか。



 夕食を食べながら、経緯を説明した。

 魔獣の生息域の変化は、古代竜(エンシェントドラゴン)が原因だったこと。

 その古代竜は極地を治める竜の大公で、卵を取り返すために来たということ。

 そして竜大公は死に、公子シギショアラの卵を託されたことを説明した。


「アル、卵を見せてくれないかしら」

「いいけど、大切に扱えよ」

「わかってるわよ、あたしを誰だと思っているの?」

「そうだな。失礼した」


 ルカは古代竜の卵がいかに貴重か理解している。きっと俺よりも理解しているだろう。

 ルカに卵を手渡すと、真剣な目で観察を始めた。


「これが古代竜の……」

「初めて見るか?」

「もちろん。というか、世界中探しても古代竜の卵を見たことある人なんていないわよ」

「それもそうか」


 そもそも人が訪れるのも困難な場所に古代竜はいるのだ。

 そして古代竜は卵を厳重に守っている。見ようがない。


 学者としての好奇心がうずくのだろう。ルカの目は輝いていた。


 ユリーナが真剣な顔でつぶやいた。


「魔人が何のために竜大公の卵を盗んだのかしら?」

「食べるためかなー?」


 クルスが見当はずれのことを言う。

 いくらグルメな魔人でも食べるために、竜大公の卵を盗んだりはしないだろう。


 俺も考えてから、思いついたことを言ってみる。


「古代竜の幼竜を手懐けて使役するとか?」

「うーん。いくら古代竜でも幼竜だとそんなに強くないわよ?」

「そうなのか」

「それに成竜になるまでに数百年かかるって言われているし」

「む? 竜大公は巣立ちするまで10年から20年って言ってたぞ」

「そうなの?」


 ルカは少し驚いた様子だった。

 古代竜の生態は、学者でもよくわかっていないのだ。


「それは新事実ね」

「あ、だけど、巣立ちってのが成竜になることとは限らないかもな」

「古代竜は強いから、成竜まで育たなくても一頭で生きていけるってこと?」

「そうそう」


 ルカは真剣に考えている。


「まあ、育ててみないとわからないな」

「毎日観察させてね」

「それはかまわないぞ」


 そんなことを話している間、コレットやミレット、クルスやユリーナが卵を観察していた。

 優しくなでたりしている。

 みんな興味津々といった感じだ。


 大切に扱ってくれるのなら、撫でるぐらいなら構わない。


 優しく卵を撫でていたミレットが尋ねてくる。


「アルさん。仕事中とかシギショアラちゃんは、どうするんですか?」

「持っていくつもりだよ。魔人が襲ってくることはまずないとは思うんだけど、念のためね」

「さっきみたいに手で持っていくんですか?」


 そういわれたら、少し不便だ。

 卵を抱えている間、手がふさがってしまう。

 座っているだけでいい衛兵業務ならまだしも、農業やっている間は困る。


「でも、魔法のかばんに入らないしな。小屋に置いておくわけにもいかないし」

「なるほどー。あ、そうだ」


 クルスが何かを思いついたのか、自分の魔法のかばんをガサゴソし始めた。

 そして、革のひも状のものを取り出した。


「アルさんにこれあげます」

「これは?」

「ヒドラの革で作った抱っこひもです」


 クルスはどや顔だ。

 なぜそんなものがかばんの中に入っているのか、理解できない。


「どうしてこんなものを?」

「冒険の途中で赤ん坊を拾った時のために作っておきました」

「お、おう」


 斜め上の方向に用意がいい。

 ちなみにヒドラの革は丈夫で、加工が難しいので高価だ。


 せっかくいただいたので、抱っこひもを身に着けて卵を入れてみる。

 抱っこひもは両肩でつるし、背中に回すベルトで固定するかたちだ。

 卵を入れると、ちょうどお腹の辺りで固定される。


「これ結構いいかも」

「そうでしょう。使う機会がなかったので、役に立ってよかったです」


 そうそう使う機会はあるまい。

 冒険中に赤ん坊を拾うなどないに越したことはない。役に立たなくてよかったのだ。


 紐を調節してくれていたルカが言う。


「そういえば、竜大公から遺品をもらったって言ってたわよね」

「そうだぞ」

「なにもらったの?」

「まだ確認してなかったな」


 もらった小さな袋から中身をテーブルの上に出した。

 中には指輪が入っていた。


「これどんな効果があるんだ?」

「さぁ……」

「竜大公が宝としてくれたのだから、すごい効果がありそうだけどな」


 袋を調べていたクルスが言う。


「なんか布みたいなの入っていますよ」

「どれどれ」


 クルスが見つけた布を見る。絹の布だ。

 魔法がかかっており、容易には破れないだろう。


「なんか書かれていますね」


 布には文字が書かれていた。これも魔法で焼き付けたものだ。

 消滅の間際に焼き付けたのかもしれない。


『これなる指輪は竜大公の玉璽にして、宝物庫の鍵でもある。

この指輪を持っている限り、古代竜はそなたに力を貸すであろう。

アルフレッド・リント。この指輪と宝物庫の中身はそなたにゆずる。好きに使うがよい。

わが子シギショアラを頼む』


 俺の名前が書かれているということは、やはり消滅の間際に魔法で焼き付けたのだろう。


 宝物庫の中身はくれるのはありがたい。だが、宝物庫が位置するのは極地だ。

 取りに行くだけで相当しんどい。


 一緒に読んでいた、ルカがつぶやく。


「玉璽ってえらいものもらったわね……」

「育てるために使うって約束したからな。成長したらシギショアラに渡そう」

「そうね、それがいいかも」


 それまでの間、指輪を盗まれないように俺は指にはめておいた。

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