第61話 ある男の話⑥
異変の始まりに気づいたのは、管理室と結ぶ黒電話の受話器を受け取った看守からだった。
何を言われたか、二人の方を見ているとはいえどのような表情かはわからなかったが、安全装置を外して引き金に人差し指を掛けたことからその重大さが伺える。
暇潰しに零とそのことについて話し合うと、散発的な発砲音をアカツキの耳が捉えた。
聞き間違いか、と疑ったが同様の銃声が何度もしたためどこかで戦闘が起こっているのは間違いない。念の為に零にも確認を取る。
「さっき発砲音が聞こえなかったか?」
「聞こえた。やっぱり聞き間違えじゃなかったんだ」
外の動向に注意を払いながら会話を続けるが、銃声は段々と大きくなり、次第には地響きのような軽い振動まで伝わってきた。
それに比例するように外からは必死めいた命令が行き交う。まるで壁越しに戦争が行われているかのように。
「外で戦闘でも起こってるのか?」
そんな冗談を口にした途端、看守の後方の壁が吹き飛んで瓦解した。
「キャァ!!?」
「うおっ?!!」
土煙と粉砕物が牢屋にいるアカツキや零にも飛び込んできたが、すぐに視界はクリアになる。
「ま、まさか!?!」
立ち上がった看守がAKS-47の銃床を伸ばして肩に押し当てる。土煙が舞っている先を照星を挟んで注意深く監視する。
数多の叫び声や発砲音、それと同時にフラッシュマズルが煌めく中で、土煙に投影されたその影を視認した看守は顔を青ざめた。
「来るなあああああああああああああ!!!」
人差し指を目一杯引き絞り、三十発の弾倉が空になるまでフルオートで撃ち続ける。
「ハアッ、ハアッ、どうだくたばっ……」
そう言い掛けて、看守は土煙から飛び出してきた腕のような何かにフルフェイスマスクを握られる。その勢いを保ったまま壁に激突して血肉が飛散した。
「キャアアアアアア!!!」
一連の流れを不動で見ていた二人は、零の悲鳴が合図となり慌て始める。
アカツキは最低限の冷静さを咄嗟に取り戻し、目の前に佇む異型の怪物を目にした。
体長か身長かは定かではないが三、四メートル。狭い通路の中で背中を曲げているため少しコンパクトに見えた。体中に規格外の
その怪物は零の悲鳴に反応して首を向け、ゆっくりと体を回す。
このまま放っておけば零は看守と同じ運命を辿るのは自明。
いくら他人とはいえ、それなりの時間を会話相手としていてくれた人が圧死する図は気分が悪い。それに次は自分だろう。
「おいデカ物! こっちだ!」
アカツキは鉄格子の前に立って両手の手枷をぶつけ合わせる。軽い金属音は周囲の喧騒の中でもよく耳に響き、それは怪物も同じだった。
体を回してこちらを向き、長い左腕をできる限り引かせる。
打撃が来ると悟ったアカツキは、拳が飛んでくる瞬間に実験で得た驚異的な身体能力を用いて回避。
怪物の腕は鉄格子の数本を貫通して壁に沈むが、深く突いたようで抜きの具合が悪い。
これを好機と見たアカツキは一か八かの賭けに出る。
伸びてる腕にしがみつき、両手に体内のエーテルを流し込むイメージを込めた。
すると腕を伝って怪物の体諸共細切れにされる。力なく構成していた肉と紅血が重力に従って床一面にばら撒かれた。
零を見ると、血溜まりの上で腰を抜かしており、恐怖で泣き出しかけていたところだ。
その流れで鉄格子の状態を見ると、人が一人通れる程度にはこじ開けられていた。そして今の自分は目前に監視がいない状態で枷が外せる状況にいる。
これ以上の
そうと決まれば即行動。
アカツキは素早く手足の枷を分解して牢屋から脱出する。零の牢屋の鉄格子と枷も破壊し、腕を引っ張って立ち上がらせてから牽引して駆け出す。
「ちょっとアカツキ!? 何してるの!?」
「逃げるんだよ! 今より逃げれる状況なんてそうそうないぞ!」
「逃げる!? どこに!?」
「知らん! これは賭けだ!」
しかしアカツキの進行方向に脱走すると、勘付いた一人のKGB職員が立ち塞がって銃口を向ける。
「クソッタレ!」
左手に小石を生成して投げつける。それに怯んでいる隙に顔に触れて分解し、相手を絶命させた。
「ちょっとアカツキ! 何も殺す必要なんてないじゃない!」
「そんなことでうだうだ言ってたら死ぬぞ! 腹括るか、最低限気絶させろ!」
とはいえ、あまりにノープランすぎてここがどこなのか、そもそも出口への道すらわからずじまい。だから階段やエレベーターを必死に探し回る。
幸運にも、相手側からしたら二人はすばしっこいネズミだ。銃口を向けて発砲しようにも付近に仲間がいるせいでフレンドリーファイアを決めかねない。情報が錯綜してる上に先ほどのような化け物への対処に手を焼いている様子。
よって、アカツキは数人の塊を見つけてもその間隙を潜り抜け、道路をコンクリートの壁を生成して封鎖するだけで済む。
上へと続く岩壁むき出しのストリップ階段を見つけて駆け上がる。
ここで数人の武装したKGB職員と鉢合わせてしまった。
咄嗟に相手側が小銃を構えるが、同時にアカツキは左手で銃身を握って射線を逸らす。右手を相手の腹に押し当てて防弾チョッキを挟んで肉体を崩壊させた。
後方の仲間はそれに驚きつつも仇としてアカツキに狙いを定める。
数段上にいる職員に上がるまでに射殺されるのは必然。アカツキの脳裏に走馬灯が流れだそうとしたその時だ。
念動力か何かが作用したのか、相手がまとめて壁へ吹き飛んだ。岩壁には蜘蛛の巣のような亀裂が走っていることから相応の威力が想像できる。
「これでいいの?」
後ろから両手を伸ばしていかにもエスパーのような格好をしている零が問う。
「上出来だ」
この先、このような不測の事態のときに零の力だけでは物足りないだろう。威力は十分だが、後方からの不意打ちでやられた場合など自分一人でやらなければならない。
そう思ったアカツキはKGB職員の一人からAKS-47を一丁鹵獲する。安全装置らしきレバーを上げるとボルトが不完全に後退することを実際に確認し、最大までレバーを下げてスリングを肩に通す。
階段で繋がっている最上階まで駆け上がって踊り場と通路を仕切るドアを慎重に開扉する。
その先は見覚えのある、スフェーリャへ続く坑道だった。しかも入口からはおよそ地球上に生息してないであろう怪物の咆哮と銃声が
武装した職員も見当たらないので、伏せたまま欠損した死体が散乱する坑道を静かに裸足で歩む。
前進するにつれて音が次第に大きくなり、アカツキが殺した怪物と同様の生物が視界に入ると近くの岩陰へ身を潜めた。
顔を少しはみ出させて状況を確認する。
怪物は坑道の扉を破壊しており、入口付近で職員の
ここで立ち止まっては後方にまだいるであろうKGB職員に捕まってしまう。何とか隙ができないか目を凝らして観察すると、遠方の方にT-62戦車が数両見えた。
「はっ!? 戦車!?」
「戦車があるの!?」
「ああ、多分あの化け物対策か何かだろうけど。にしても研究所に戦車かよ……」
すると主砲がこちらへ周り、狙いを定めて一斉射撃を行う。砲撃音が坑道内の岩壁によって増幅して耳が飛びかけた。
土煙が晴れるまで職員が厳戒態勢で銃口を向けていたが、砲撃を食らってもなお動きを止めない怪物による殺戮が続行される。
「今だ!」
職員が慌てて退避し、戦車も後退しているところを見て今だと悟ったアカツキは一気に駆け出す。零もそれに続いた。
入口付近には誰もいなかったため難なく外に出ることができた。すぐさま近くの建物の影に隠れて小休止を取る。
久々に受ける風が少し肌寒いが心地よく、見上げた空は一面の灰色。季節は自分がここに閉じ込められた時と同じだろう。
辺りを見渡して車などの何か逃走に使えないものがないか探すと、不自然に武装した一人の見入りが張り付いている一台の自家用車を発見した。運良く操縦席には誰もいない。
「零、ここから車の見張りっぽい奴をどうにかできるか?」
「ちょっと遠いけど、やってみる」
零は先ほどと同じように腕を伸ばす。イメージした瞬間、見張りが急に平地へ吹っ飛んで転げ回った。
「行くぞ!」
素早く自家用車の方へ駆け寄ってアカツキは運転席、零は後部座席へ飛び乗る。幸いにも鍵は掛かっていないザル警備だ。
エンジンを掛け、当てもなくただ全速力で北の大地を疾走するアカツキだった。
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