第49話 互いの復讐

 日本皇国内の戦線状況は、皇国側の有利でいた。

 当初は圧倒的速度と数の暴力によって進軍され、一時は首都陥落目前まで迫られた日本皇国である。一体、どのように解決したのか。


 答えは、日本皇国空軍とアメリカ空軍による昼夜問わずの国内絨毯爆撃であった。


 当初、戦線増加及び拡大の知らせを受け取ったロナウド・スミス大統領から爆撃の許可を幾度も迫られたが、藤間ふじま正勝まさかつ首相や天皇陛下はそれを退けていた。

 当然だ。これを許可してしまえば、本来守るべき領土を自ら攻撃するのである。国民のために働く政治家として、それは到底受け入れられない。


 しかし、大阪と兵庫中部を占領され、徐々に北と京都へ進撃してくる共和国軍を見て、彼らは否が応でもやらなければならない状況へ追い込まれた。

 京都へ戦力を集中されると首都が陥落し、国内に混乱と厭戦えんせん感情が広がりかねない。だからといって兵庫側の戦線を手薄にすれば近畿地方は共和国側との二戦線によって包囲され、海を伝ってさらなる増援を呼ばれる他、支援物資が空輸でしか受け取られなくなってしまう。どちらの結末で共通している点は、共和国軍がさらなる有利を得てしまうこと。


 顔をこれでもかとしかめさせて考えに考え抜いた結果、断腸の思いで爆撃を許可した。


 すぐにアメリカ空軍は沖縄や南国の島々に構える空軍基地から爆撃機を向かわせる。無数の無誘導爆弾を投下し、人々が暮らしてきた街や歴史的建造物などを容赦なく吹き飛ばす。

 共和国側も日本皇国から強奪した空軍基地があるが片手で数えられるほどしかなく、かつ制空権を取られていた。よって爆撃機を撃ち落とす兵器は基本的に対空砲しかなく、その対空砲も空域安全を確認しに来た戦闘機に粉砕されてしまう。


 結果、共和国軍は押し込まれていた。




 マンホールの底へ落下して背中を強打した水野はその後、空爆が止むまでしばらく暗闇の中で待機していた。

 外に這い上がると、ビル群は小高い瓦礫の丘へ変わって視界が澄み渡っていた。辺りに人の気配もなく、場所を推察する標識など何もない。


 二代以上前の先祖も全てが粉砕したこの状況を見て、一体何を思ったのだろうか。そんな空想を頭の隅で浸りながら、己の勘に従って大通り沿いに展開しているであろう自軍を探す。


 ふと、自分を執拗に追いかけ回してきたあの怪物の生死が気になった。しかしそのビルの方角を見ると、明らかに上部が取り除かれた形跡が残っている粉砕物の山が見つかった。

 まさか自力で這い出たか? 恐怖心に駆られて周囲の敵影の捕捉に務めるが、小さな遮蔽物しかない景色に一般の兵士はもちろん巨体の怪物すら見えなかった。


 するとキャタピラがアスファルトを蹴り上げて走行する音が、遠くから耳に届く。大通りの方に振り向いて目を凝らすと、進軍中の74式戦車部隊が土煙のせいで朧気に浮かび上がった。


 早く助けを求めなければ前線に行ってしまう。そう考えた水野は大通りのど真ん中に立って両手を精一杯振り続けた。


「官姓名を名乗れ」


 目の前で停車した戦車は車上電話機のスピーカーを通して水野を誰何した。


「日本皇国防衛省公安部第二特殊能力保持者部隊所属の水野晶中尉です」

「なるほど。それで、貴官は何の目的でここに? 手短に頼む」


 どうやら相手は進軍している最中であった。水野は要約して今の状況を説明する。


「作戦行動中に空爆に巻き込まれて友軍と離れ離れになっていました。後方への帰還を願います」

「了解した。後方に輸送車両があるので、それに乗って帰還するといい」

「貴官のご厚意、感謝致します」


 道端に寄って道を空け、後方からきた兵員輸送車に乗車。一旦前線まで同行して帰投する兵員輸送車に乗り換え、水野は後方へ帰還した。


 本部に戻り、カルラとの戦闘で負った傷の治療を受けた。数日も経てばほぼ回復したが、顔や腕などに目を凝らさなければわからないほどに爛れた傷跡が残ってしまう。

 負傷した翌日には戦線復帰可能と医者に判断され、午前中からまた防衛陣地形成の仕事で最前線へ運ばれた。絶対に軍部からそう判子を押すように言われたはずだ、ともう少し休みたかった水野は愚痴るが、諦めて資材置き場と前線を往復する。




 一九八六年一月二十三日午後一時二十二分。


 水野は今日も73式装甲車に揺られながら前線へ向かっていた。

 車内で待機している兵士たちの表情は、自身の故郷が焦土化されたという事実に打ちひしがれたり、敵をもうひと押しで叩き出せるという興奮で込み上がってきたりと様々だ。水野はそのどれでもなく、ただ疲労でやつれていた。

 しかも最近、眠気があるくせに寝れないという事象が発生している。再度診察を受けて睡眠薬を処方してもらったが、薬に慣れてしまってはいけないので作戦前夜以外に服用していない。


「戦闘地域に着くぞ。全員持て!」


 何度も聞いた掛け声で全員六四式小銃を手に取り、いつでも出れる体制を取った。

 戦闘地域の少し後方へ停止し、現地の兵士に周囲を警戒されながら続々と素早く上部から出る。

 空爆でそびえ立っていた建物が瓦礫になってるせいか、遠くの銃声がはっきりと聞こえた。皆がそれぞれの持ち場に展開して自分は上官が来るのを待つ。


 互いに官姓名を名乗り合い、事前に確認した状況を確認する。そのまま追いかけて最前線の積まれた土嚢に身を潜めた。

 軍用ハンドミラーを伸ばして状況を確認する。百メートル近い空白地域を挟んで双方が銃撃の応酬を繰り返していた。


「そろそろ後方の砲兵隊が砲撃を始める。敵が引いたら素早く防衛陣地を生成してくれ」

「わかりました」


 深呼吸をして、遮蔽物が何もない戦闘地域のど真ん中へ駆け出す心を構えた。

 しかし皇国軍が砲撃を開始する前に、敵兵士がスモークグレネードを投擲。二つの陣地の中間に着弾して白煙を噴出する。


「スモークだ!」


 兵士たちは敵の反攻を警戒し、照星を覗き直す。


 つかの間の静寂。白煙の中を突撃する兵士の一発の銃弾が皇国軍兵士に命中し、これが引き金となって銃撃戦が再開された。

 両者共に撃ち合って相討ちを繰り返すが、予想外の突撃に困惑している皇国軍兵士は次第に陣地を明け渡してしまう。


「水野中尉! 君の能力で敵兵を追っ払えるか?!」

「できます!」


 水野はそう返答しながら右手を地面に触れて能力を発動する。地面から鋭利な柱をいくつも飛び出させて敵兵を突き上げた。さらに地面に棘を生やし、白煙の中で転倒しやすくなるようにする。

 唐突な事象を目の前にし、敵兵の攻勢は一時中断した。


「今のうちに負傷者を運んで防衛陣地を立て直せ!!」


 皇国軍兵士は手分けして負傷者の両腕を持って引きずって後退したり、先に進んで積まれた土嚢の壁へ身を潜める。

 水野も防衛陣地を増やすために地面をくり抜いて塹壕を造り、白煙が漂う空白地域にもう一度棘を生やして進軍を予防しようとした。

 その時だった。


「うわあああっ!!」

「うあっ!! 来るなあああああ!!」


 次々と上がる皇国軍兵士の悲鳴。一体何事かと顔を上げると、傍にいる上官も小銃を構えて応戦している。


「クソッ、能力者か!! 当たれ!! 当たれえ!!」


 それが上官の最期の言葉となった。何者かに首を跳ねられ、むくろは前へ崩れ落ちた。その大きな体躯が目の前からいなくなり、その正体が露わになる。


 血糊がついた白刃の日本刀を持つ戦闘服姿の男。ボストンメガネを掛けており、水野を一瞥した後、表情は真顔から歯を剥き出しにしてニヤける


 足を踏み込んで人が出し得ない速度で接近し、水野へ刃を伸ばした。

 脊髄反射で腕を挟んでコンクリートの盾を生成して防御する。間隙を与えずに腕を伸ばして先端が鋭利な柱状のコンクリートを飛び出させ、相手の腹を力の限り突く。


 突き飛ばされた男は空中で体勢を立て直して素早く両足を地面につけた。上を向いて水野へ狂気的な笑みを見せる。


「また会ったな!!」


 水野はその人物を確認した瞬間、耐えられない衝動に駆られた。

 二度と忘れもしない、部屋を共にして無愛想だった同居人で、自分の妹を殺した復讐するべき憎き奴。


「ッ天野おおおおおおおおおおおお!!!」


 両足にスプリングを生成して距離を詰め、手に鉄製の剣を造って天野の刀と火花を散らし合う。


 ここに、互いの復讐劇の火蓋が切って落とされた。

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