第39話 「後は任せた」
「このっ!! クソがっ!! 邪魔するな!!」
カルラが水野たちが隠れている壁に毒液を飛ばそうとしても、針葉樹林に隠れている正体不明の部隊が阻止していた。
毒液の分泌量を増やして抵抗しているが、森の後方で構えている兵士まで到底距離は届かない。その結果、部隊は水野たちの時間稼ぎを不本意に行うこととなる。
一方、天野は木々の上部を無数の射線を切るようにして一足先にその場から離脱していた。
現状は安全に見える水野たちもあまり時間は残されていない。すぐに打開策を模索し行動に移さなければならなかった。
小隊程度でも最低限
「はぁ、はぁ、ケーシー、はぁ、いい考えがある」
満身創痍のマキシムが軍用ハンドミラーで観察を続けているケーシーへ、息が絶え絶えになりながらも提案する。
「あんたが言う
「
マキシムは作戦実行前にケーシーと決めた合言葉を口にした。
「ダメ、却下」
「でもそれ以外方法がないだろ」
「嫌よ、やるなら私」
「でもお前がやったって、俺が力尽きて水野がまた捕まって俺が死ぬだけだ」
「お、おい、何の話をしてるんだ?」
『水野がまた捕まるか死ぬ』という言葉に不安を覚えた本人が水を差す。
「説明する時間がないから、お前とケーシーは隙を見て車に行け!」
「マキシム!!」
「俺はやるぞ!!
マキシムは恐怖心を吹き飛ばすように大声を上げた。
まだ溶けていないタクティカルベストの右脇のポケットから素早くインスリン注射器を取り出す。透明なプラスチック部分から、内蔵されている淡緑色の能力活性化剤が煌めいた。
左腕で一枚だけの防寒着を捲り上げ、注射器を握っている右腕を振り上げる。
「やめて!!」
ケーシーは軍用ハンドミラーを放り捨てて両腕を伸ばし、マキシムを止めようとする。
しかし注射器の針はマキシムの腹に刺さった。間髪入れずに親指で注入ボタンを押し込み、体内へ能力活性化剤を送り込む。
全ての量の能力活性化剤が注入された瞬間、マキシムは気を失ったように項垂れた。
「お、おい──」
水野が声を掛けた次の瞬間、眼前に座っていたマキシムの姿が忽然として消える。ケーシーもどこへ消えたのか首を振って探そうとする。
その時だった
「アァッ!!」
カルラが悲鳴を上げ、右の二の腕を左手で抑えた。
「い、一体何が……」
思考する暇もなく、針葉樹林の奥で連続的に爆発音が鳴り渡る。部隊が後退するため、フルオート射撃が一時的に収まった。
「早く行けぇ!!」
軽く耳鳴りが響く中、その合間を通り抜けてどこかにいるマキシムの叫び声が届いた。
「早く!!」
「……あぁもう、わかったわよ!!」
フェイスマスクから溢れる涙を隠せていないケーシーはAKMSを構え、壁から飛び出して針葉樹林へ消えた。
「マキシム……」
水野は森にいると仮定してマキシムを目で探しながら、足の霜焼けに構わずケーシーに続くように走る。
木々の間を縫うように刻まれた二人の足跡を、ただただ力強く重ねるように踏み締めること数分後。
少し開けた土地に駐車している黒いモスクヴィッチが木と木の隙間から視認できた。
クリアリングもせず、走る速度を落とさずに駆け付ける。幸い、誰もこの車を発見していなかった。
ケーシーは素早く運転席へ乗り込んでエンジンを点けて温める。その間、水野はトランクを開けて予備の服を取り出し、女がいることを忘れてノーパンの手術着から素早く着替える。
「マキシムはど」
「行くわよ!!」
ケーシーは水野の質問を振り切って強くペダルを踏む。
エンジンはそれに呼応するかのように唸りを上げ、タイヤ痕が残る雪道を突っ走った。
「主任!! 起きてください主任!!」
「……なんだね……今、私は疲れて……」
最後の水野の実験前に疲労して、ベッドに潜ってから五時間後。
アインスは研究所内に設けられている仮眠室で睡眠を取っていたが、物凄い形相をしている部下に体を揺さぶられた。久方ぶりに見ていた夢に浸っていた分、荒く起こされた時の不快感と言ったら溜まったものではない。
しかし理性でそれを抑え込もうとした脳に一つの凶報が、耳を通じて届けられる。
「
「なんだと⁈」
アインスはまさかの報告に疲れたから云々など言っている場合ではなかった。被っていた羽毛布団を跳ね除けるように上半身を起き上がらせる。
続けてなるべく多くの情報を引き出すため、質問を矢継ぎ早に部下へ投げ掛けた。
「今の状況は⁈」
「両者共に撤退した模様です。被害状況としましては、研究所の壁の一部が破壊された他、被検体一名を奪われました」
「二名の侵入者の情報は⁉」
「現在捜査中です」
「なるほど……他に言うべき情報は?」
「カルラが軽傷を負ったほか、侵入者のうちの一名を確保しました。ここで開発していた能力活性化剤を服用したようで、重傷を負っていますが命に別状はないとのことです。
「……わかった。治療と破損部分の修復を最優先に行ってくれ。私は
「了解しました」
部下は駆け足で仮眠室から退室し、各部署へ伝令を走らせる。
「不運なのか幸運なのか、わからない日だな」
アインスはそう呟いて太ももから自身の影を伸ばす。影は歩行の補助位置につくと、アインスはベッドから立ち上がった。
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