第32話 朔月
「
我に返ったアカツキは大声を出しながらアクリル板に駆け寄り、力の限り拳を叩き付ける。しかしアクリル板はびくともせず、ただ鈍い音を返してくるだけだった。
そんなアカツキの存在も無視して、朔月は
「……んん、ぁれ、ここは?」
リザが上半身をゆっくりと起こしながら目を擦った。
「リザ!! お前これ壊せるか⁉」
アカツキはリザが寝起きだろうと構わず、右腕を掴んで無理やり立たせる。
「あんったね~、人が起きたばかりっていうのに──」
リザは言葉を切った。
見たことがないほど大きいソウルが、寝ているオラクルの上体に浮かんでいたからだ。その淡緑色のソウルは、アカツキよりも、アインスよりも、ケスラーよりも大きく、人を惹き付ける謎の魅力を放っていた。
リザの精神は淡く綺麗なソウルに取り込まれていく。一つにならなければいけないという使命を持って──
「おいリザ!! 聞いてるのか!! あの仕切りは壊せるか⁉」
「あっ……え、ええ、やってみるわ」
リザはソウルに吸い込まれないように、自分の意識をしっかりと保ちながらアクリル板の前に立つ。
右手に硬質化した鎌を生成して切り刻もうと振るう。しかしアクリル板に触れた瞬間、鎌全体が霧散して消滅し、リザは大きく空振った。
「私じゃ無理ね。というより、あんたが爆弾作って破壊すればいいじゃない」
「そうか、その手があったか!」
先ほどまでC4爆弾を使用していたことを今更ながらにアカツキは思い出した。リザに感謝も述べす、右手に意識を集中させてC4爆弾と起爆装置一式を生成する。
その瞬間、アカツキへ青白い雷撃が直撃した。
「カッハ……!」
リザは入り口の方へ振り返る。
怒り狂っている上裸のミハイルがリザに右掌を向けていた。
リザは瞬時に身体強化の力を使って壁を駆け抜ける。ミハイルはリザへ何本もの青白い柱を迫らせるが、リザはその間を潜り抜けていく。
首筋に目掛けて鎌を振る。しかしミハイルは素早く肘打ちを腹に食らわせた。
「うっ!」
リザは軽々と吹っ飛んでアカツキの元へ転がり、数回咳き込む。ミハイルは起き上がせる余裕を与えずに電撃を飛ばそうと右腕を振りかざした。
しかし意識を取り戻したアカツキが金属棒を生成してミハイルに投擲する。雷撃は棒に吸い込まれるように吸収されて帯電した。
アカツキは即座に部屋を仕切る一メートルほどの厚いコンクリート壁を生成する。
「リザ! 少しの間足止めしてくれ!」
「足止め!? あまりできないわよ!」
突然、アカツキが生成した壁と対能力アクリル板が一瞬で貫通した。穴が空いた壁には亀裂が端から端まで横に伸び、アクリル板には割れ目が走っている。
穴と穴の間には青白い痕跡が
あまりに唐突な出来事に、二人は衝撃を受けてその場から動けなかった。
「お、おい、あいつ、どうやってそこまでの火力を……」
薄っぺらいコンクリート壁ではミハイルの溜めの一撃で瓦解することは知っていた。なので一メートルという規格外の大きさを間に設け、その間にC4爆弾でアクリル板を破壊。朔月を抱えて何とかこの場から脱出するという算段を立てていた。
しかしこうも容易く破られた今、その作戦はチャラになる。
穴が広がるように瓦解し、ミハイルが壁を跨いで現れる。呆然としている二人へ右掌を向けた。
我に返ったアカツキは自分が生成した壁を一瞬で崩壊させ、リザの首根っこを掴んで脱出する。数瞬後に掌から雷撃が飛来してその場で跳ねた。
「頼んだぞ!」
アカツキはリザにそう言い残して手を離し、ミハイルから離れたアクリル板の前へ移動する。今自分が作れる最も分厚いゴム壁を人一人分のスペースを確保して周囲に生成した。
「朔月!! 起きて……」
そこへ、先ほどの雷撃の衝撃によって目を覚ました朔月が、ふらふらとした足取りでアカツキの方へ近づいてくる。
「お父、さん……?」
朔月は驚きと信じられない気持ちで一杯だった。
なぜ? 何で? どうして? その様な思いが困惑する表情として露わになっている。
アカツキは成長した娘の記憶に自分が存在したことに目を潤ませた。
「その怪我、どうしたの……ミハイルさんのあれは何⁈」
「朔月、そこから出られるか!?」
アカツキは大声で朔月へ問う。
朔月は苦悩している顔色を浮かべ、頭を下げて謝罪した。
「……ごめん。私、ここから出られないの……」
白髪で見えない顔の娘から放たれる拒否の言葉。アカツキは到底信じられなかった。
「な、何を言っているんだ? 早くこっちにこ」
「アカツキ!! 早くそこから出て!!」
リザの叫び声がゴム壁に包まれたアカツキの空間にも伝わる。
直後、ゴム壁の一部がミハイルの渾身の雷撃によって溶かされた。赤くなっている縁から黒い煙が上がり、荒く呼吸しているミハイルが顔を出している。
「離れなさい!!」
リザがドロップキックを食らわせてミハイルを引き剥がす。アカツキはその隙に脱出した。
そこから先は、血と争いを嫌う朔月にとって地獄のような光景だった。
アカツキは再度アクリル板に近づこうとするが、ミハイルの猛攻への対処とリザの補助で精一杯だった。
リザは補助を担うアカツキの代わりに攻撃役を受け持つ。しかしどうにか鎌で刈ろうにも、ミハイルの鍛えられた格闘術であっけなくかわされて反撃を食らうだけだ。
ミハイルは二人の攻撃を本能のままに受け流して反撃するだけだった。目は充血して赤く染まり、血管が今にでもはち切れそうなほど皮膚に浮かぶ。分泌が止まらないアドレナリンのせいで過呼吸に陥っていた。
朔月は何もできず、目と耳から入ってくる情報を無理やり押し付けられていた。
轟音が耳に入って
ショッキングな映像を目の当たりにして、朔月は崩れるように両膝を床に付けた。
「やめて……もう……やめ、てよ……」
アクリル板に映る光景に耐えられず、両手と額を弱々しく付けてボロボロと大粒の涙を落とす。
「お願い……もぅ……やめて……」
朔月の着ているドレスが白色の煙を上げ始めた。だが、誰もその異変に気付かない。
「もう……もう……!」
周りの床に本棚、ベッド、アクリル板など、部屋に存在するありとあらゆる対能力製の家具から灰煙が上がり始めた。
「アカツキ!! あの子何かおかしいよ!!」
異変に気付いたリザが大声でアカツキに伝える。
「どうした朔月⁈」
アカツキが駆け寄る。
「アッ!」
しかしミハイルの雷撃を諸に食らい、
「もう戦いはやめてえええええええええええええええええええ!!!」
その瞬間、朔月の周りに巨大な淡緑色の球体が浮かび上がる。三人はそれを一瞬だけ視認できたが、すぐに飲み込まれた。
そのまま球体は研究所を丸ごと包み込む。玄蔵が設置した爆弾に触れた途端、鳴動し施設の一部を寒い星空へ打ち上げる。
研究所の全てを包み込んだ後、淡緑色の球体は収縮を始めた。その間に打ち上げられた人々は為す術もなく地面に激突して四方八方に血肉が飛散する。
その事象を語る絶壁のクレーターのみが残され、球体は裸体の朔月へと収束していった。
その爆発は一九六五年五月十三日に起こった、スフェーリャの爆発事故と酷似していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます