第27話 再会

 リザは残存する警備員を警戒しながら、地下へ伸びている最寄りのエレベーターへ向かう。道中の廊下には乾いた血痕が壁にこびり付き、屍は床にひれ伏して黒血くろちで穢れていた。リザはそんな哀れな人達を尻目遣いに通り過ぎ、靴底を血溜まりで汚して赤い足跡を残していく。


 管理室から遠くない位置にそのエレベーターはあった。傍には土手っ腹に風穴を開けさせられた警備員二名が重なって壁に倒れ込んでおり、前に立ちはだかる認証システム付きの堅牢な扉は塵となってその場に積もっている。全てアカツキがやったことだった。


 リザはボタンを押し、地下二階にあるエレベーターを呼び戻す。数分ほどして、縦三メートル、横五メートルの巨大なエレベーターの扉が開いた。リザは広い内部に驚異がいないか素早くクリアリングするが、むくろ姿の警備員が一人と銃床が伸びたVz-61スコーピオンが床にいるだけだ。地下二階のボタンを押すと、重厚な扉はゆっくりと閉じる。


 リザはつかの間の休息を取り、大きくため息をついた。


「にしてもアカツキ、凄い所に行くわねぇ……」


 階層自体は三つしかないが極端に深いため、一階ずつ移動するのにそれなりの時間を有する。

 エレベーターがどの位置にいるかを示すランプが地下二階を示した。リザは階層を指定するボタン群へ張り付く。


 エレベーターの扉が重重しく開扉かいひした。リザは少しだけ身を乗り出して外の驚異を確認する。

 遠くで雷鳴が轟いており、その音がする方向の先は曲がり角だった。他に異点としては一つの簡素な車椅子があることだけだが、リザは気に留めない。他に危険と感じる要素はなかったのでエレベーターから飛び出し、急いで長い廊下を駆け抜ける。


 最初で最後の曲がり角の手前で、リザは足音を忍ばせる。耳に障る程度の雷音が聞こえてきたので、恐らくのこの先でアカツキは戦っているのだろう。

 ゆっくりと顔を少しだけはみ出させて、その先で何が起こっているのか、自分の目に焼き付ける。


「何……あれ……?」


 リザは大きく目を見開き、口を開いたまま驚愕した。


 二人の白衣を着た男女がリザに背を向けて、白煙が青白く放電している光景を観察している。

 髪が群青色の男はドラグノフ狙撃銃を右肩に乗せていた。長い黒髪の女は床に映っている自身の影から伸びた両手らしき物で、自分の両足を立たせている。


 そして黒髪の女は、リザのにとって見覚えのある人物だった。記憶の奥底に封印された、思い出したくない人物。リザは首を振って雑念を掻き消し、二人の頭上に浮かぶソウルへ目を向ける。


 リザが驚愕した理由は二人の頭上に浮かぶ異常なソウルだ。今まで見た中でアカツキのソウルが最大だったが、二人は同等かそれ以上。男は澄み切った綺麗な群青、女は全てを覆いそうな禍々しい暗黒色をしている。


 無警戒に背中を向けているにも関わらず、二人が放つ剣呑けんのんな雰囲気に本能が危険を察知した。能力者のソウルは一定以上の大きさを持っており、強さも大きさに比例する。それに従って推測すると、あの二人はアカツキとタイマンで渡り合えるほどに強い。


 リザは右手でソウルを掴んで口に入れ、自身に最大の身体強化を掛けた。


 素早く角から飛び出して接近する。

 男より大きいソウルを持つ女を刈ろうとして跳躍し、首筋に鎌を振るった。


「殺った」と殺す時に感じるあの手応えを、リザは確かに感じ取る。

 しかし首を切ること無く、ギョロギョロしている目玉が付いた鎌は女の首筋の数センチ手前の位置で止まった。同時にリザも、空中でその姿勢を維持したまま固まってしまう。


「危なかったですね、アインスさん」


 群青髪の男がリザに振り向きながら女へ言う。


「ケスラー、私が気付かないとでも思ったのか?」


 リザから遠ざかるアインスは、リザに殺される直前で殺すつもりだった。


「いえいえ、ただ直前まで本当に動かなかったので。それよりこの子、どうします?」


 ケスラーは話題を変える。能力によって動くことが出来ないため、リザは動揺している心情を外に表せない。人を殺す時に出る、目を思いっ切り見開いて歯を出して笑う狂気的な表情を浮かべたまま、ただ会話を聞いていた。


「あの中に放り込んでみようか」


 悪知恵を働かせたアインスは、青白く放電する白煙の方向を指差した。


「いいですね。処分もできて一石二鳥です」


 リザはこれからされることが容易に想像できたが、覚悟を決める時間をケスラーは与えない。


「物凄いスピードで向こうに行くけど、楽しんでね」


 ケスラーは指をパチンと鳴らす。リザはケスラーの言った通りの「物凄いスピード」で、雷撃が行き交う戦場へ吹っ飛ばされた。


「……別に指を鳴らさなくても良いだろう」

「何もしないより、こっちの方がかっこいいじゃないですか」




「きゃあああああああ!」


 リザは白煙の中へ突っ込んでいった。直後、床に伏している満身創痍のアカツキの背中が垣間見えた。

 アカツキへ声を掛ける暇もなく、獣の本性を露わにした半裸の男が正面に現れる。


「退いて退いて退いて!」


 しかしリザの願いも虚しく、二人は額をぶつけ合って仲良く床に昏倒した。

 その場には状況を飲み込めず、呆然とした表情を隠せないアカツキが一人残されることになった。

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