第十九話 おっさん動く


 カリンが、ギルドで労働に勤しんでいる間に、おっさんは辺境伯の領都の隅々を観察するように歩いていた。それこそ、少しだけ柄がよくない連中が屯している場所も歩いていた。


「お!まーさん」


 日本に居れば、間違いなく、職質の対象になっているような風体の男たちが、おっさんに近づいてきて声をかける。


「なんだ。お前たち、また昼間から飲んでいるのか?」


「いやぁ・・・」


「仕事は?」


「それを、まーさんが言うのか?まーさんこそ、仕事は?」


「俺?俺は、仕事をしなくてもいい身分だから、大丈夫だ」


「そりゃぁ大層なご身分だな」


「ハハハ。悔しかったら、何か考えてみろよ」


「おぉ!何か、考えついたら、まーさんに自慢してやる」


「楽しみにしているよ。それよりも、何か変わったことはないか?面白い話でもいいぞ」


 おっさんは、手に持っていた、酒を男たちに投げる。

 男たちも期待していたのだろう、おっさんが投げた酒をしっかりとキャッチして、ニヤリと笑って手を上げる。


 男たちは、近頃、住み着いた若造の話や、見たことがない商人の話などをおっさんに話して聞かせた。


 一通りの話を聞いたおっさんは、男たちに背を向けて、手をヒラヒラさせて、離れる。


 男たちが見えなくなった場所で、酒をまた取り出す。

 同じようなやり取りを、繰り返す。回数にして、4-5回だ。それが終わると、教会に足を向ける。


「まーさん様」


 年若いシスターが、おっさんに気が付いて、近づいて頭を下げる。


「今日も、こんな時間にお邪魔してもうしわけない。祈りを捧げたいのですが、よろしいでしょうか?」


 男たちに対する態度とは違って、目上の人に対する言葉遣いと態度で、シスターに接する。


「もちろんです」


 シスターは掃除をしていたのだろう、掃除道具を近くに居た子供に渡して、おっさんを祭壇に案内する。

 おっさんは、イーリスから教えられた教会での作法で祈りを捧げてから、シスターに頭を下げる。


「まーさん様に、神のご加護を・・・」


 シスターが、おっさんに祭壇から持ち出した聖水を振りかける。

 教会としては、最大限の人物を招く作法で、おっさんの祈りに応える。


「ありがとうございます。無骨者でして、このような形でしか、誠意を見せられない事を恥じ入ります。些少ですが、お納めください」


 おっさんは、金貨5枚と銀貨40枚と銅貨100枚が入った袋をシスターに渡す。10万イェン分だ。貴族の寄付と考えれば些少だが、身分も確かではないおっさんが出すには過大な寄付だ。


 おっさんは、辺境伯の領都にある教会5つに同額を寄付している。


「あと、炊き出し用の食料と新しいレシピを持ってきました」


 教会が行っている炊き出しを表立って手伝うことはないが、食料や腹持ちがいいレシピなどを提供している。


「まーさん様。本当に、ありがとうございます」


「いえ、私も心の平穏を得られる行為です。お気になさらないでください」


 おっさんは、慈善事業を好んでやっているわけではない。おっさんが、回っている教会は、人種に差別がなく、子供たちへの炊き出しを定期的に行っていて、善良な神父が運営している場所だけだ。これらの情報を得るために、おっさんは裏に片足を突っ込んでいる連中に酒をおごって話を聞いて、情報を得ていた。


 そして・・・。


「まーさん様。これが、子供たちが書いた物です。本当に、よろしいのですか?」


「えぇ私は、子供たちから、いろいろアイディアを頂いております。そのお礼だとお考え下さい」


 おっさんは、シスターがおずおずと出してきた、羊皮紙の束を、宝物を貰うかのように大事に抱え込んで、お礼として寄付とは別に、羊皮紙の枚数分にあたる銀貨40枚を渡す。おっさんが、シスターにお願いしていたことだ。

 不定期で構わないから、教会に居る子供たちに、領都で感じたことや、日々の生活で思った事を書いてもらっている。絵だったり、文字だったり、子供の教育に役立つのでシスターたちも協力してくれている。


 おっさんは、残りの4か所の教会からも、子供たちが書いた羊皮紙を買い取って、定宿に戻った。

 丁度、カリンとバステトも今日の依頼を終えて帰ってきた。


 おっさんの資金源は、地球で言うところの特許料だが、これが膨大な金額になっている。おっさんも、確認するまですっかり忘れていた。溜まってしまった金銭は使わなければ経済は回らない。経済を回すのなら、どうせ税金もない世界なのだからと、教会に寄付をして使ってもらう方法を考えた。

 そして、せっかく教会との伝手を作るのなら、教会が保護している子供たちを使おうと考えたのだ。


「まーさん」


「おかえり。今日は?」


「採取だよ。あと、オークが居たから倒した」


 カリンは、持っていたバッグを叩いた。カリンの肩に乗っていたバステトも短く鳴いたことから、バッグの中にはオーク肉のいい所が入っているのだろ、おっさんは解釈した。


「そうか、それなら生姜焼きだな!」


 辺境伯領は、他の領に比べれば豊かだが、それでも領都から離れた場所には、食べるのも厳しい村も存在している。代官の無為無策でさらに貧困が進んだ村も存在している。イーリスは、それらの村々を巡って支援を行っている。本来なら、代官が行う事を、ゲストであるイーリスが行っているのだ。そのイーリスが家畜の餌だと持ってきた、米をおっさんとカリンは喜んで受け入れた。

 貧困で喘いでいた村では、生米を齧って飢えを凌いでいた。おっさんが教えたレシピを持って、イーリスは村々を回った。主食にはならないが、飢えを凌ぐには十分に効果がある食べ物を得た村々はイーリスに感謝した。


 そんな村々から米をイーリスは定期的に貰ってきては、おっさんとカリンに渡している。

 他にも、村々が生産したり、近くの野山や川で採取したりした草木を、イーリスが持ち帰る。おっさんに頼まれた事だ。”食べられる・食べられない”は別にして、いろいろ持ち帰って欲しいと依頼をしていた。

 そこから見つけたのが、生姜や茗荷だ。他にも、今までは食べる習慣がなかった物をレシピと共に提供した。

 イーリスは律儀に、全部をバステトやカリン名義で申請を行っている。


「うん!」


 最近のカリンのお気に入りは、おっさんが作る生姜焼きだ。

 そのために、オークを狩って、肉を確保していると言ってもいい。ギルドには、自分たちが食べる分以外を卸している。素材も必要としていないので、全部を買い取りに出している。

 バステトが居ると言っても、ほぼ単独でオークを倒してくるカリンは、ギルドでは期待の新人で、”ニュービー”と呼ばれ始めている。何か、大きな戦果を得られれば、”二つ名”が与えられるのは間違いない。


 おっさんは、定宿のキッチンを借りて、慣れた手つきで、生姜焼き定食を作っていく、バステト用に湯引きしたオーク肉を用意する。


 カリンとバステトが待つ食堂に、生姜焼き定食を持っていく、味噌は作り始めたばかりだ。成功するかわからない状況だ。醤油も同じ意味で無いので、なんちゃって生姜焼き定食なのだが、カリンは食べなれた味に最初に食べた時に、安海だが出たほどだ。


 味噌と醤油は、森の奥地にあった洞窟で密に作っている。

 洞窟では、おっさんもカリンも自重はしていない。バステトに結界を張ってもらって、滅菌も行った。食の為なら多少のことは許される。


 それだけではなく、バステトが本気で戦った結果、”森の主”の一角を支配することができた。


 森には、東西南北と中央に主が存在していた。

 カリンが、ギルドから得た情報だ。おっさんは、それを聞いてバステトに勝てるか?と、聞いてバステトは、問題はないという表情をしたので、おっさんはバステトとカリンに危険がない範囲で、主を支配下に置く計画を持ち出した。

 もちろん、おっさんも身体を動かして、バステトを手伝った。


 おっさんは、昼行灯のごとく昼間は遊び歩いているが、夜になるとバステトを連れて、森に入る。

 魔物を狩るわけではないが、拠点となる場所を探していたのだ。その過程で、主の一角を屈服させた。


 おっさんは、おいしそうに生姜焼き定食(もどき)を食べる。カリンを見ている。

 その横で、バステトがおいしそうにオーク肉を食べている。


 おっさんは、この時間を心地よいものと感じている。

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