第十五話 カリン出歩く


 カリンは、おっさんとイーリスが代官に会いに行く時に、最初は自分も一緒に行くと言っていたが、イーリスから代官の為人を聞いて、考えを改めた。一緒に言って、言質を取られるのはよくないと、言い訳を伝えた。

 実際には、話を聞いただけで面倒な人とは関わりたくない。せっかく、元同級生たちとも離れることができたのに、自分からおっさん以外の面倒な人とかかわりを持ちたいとは思えなかった。


 カリンは、バステトと一緒に宿?で待っていることになった。イーリス付きの護衛は居るのだが、元々は辺境伯の部下だ。その辺境伯からの命令で、イーリスを護衛しているのだ。


 イーリスを護衛している時には、辺境伯から命令もあるので、従っている。

 しかし、イーリスと分かれて、イーリスと辺境伯の客人の護衛となると、手を抜いているわけではないが、内側への警戒が緩くなってしまう。そして、辺境伯領の領都に到着している状態では、気を抜くなというのが難しい。


 簡単にいうと・・・。


「バステトさん。成功しましたね」


”にゃ”


 カリンは、護衛たちは自分が抜け出すと考えていない事や、領都について警戒が緩んでいたのを察知して、宿?から抜け出した。

 王都では、勇者(笑)との関係もあり、散策は難しいと理解していたが、辺境伯領の領都で、髪色を変更している上に、偽装された身分証明書ギルドカードを持っている。

 ”抜け出さない”という選択肢は初めから無かった。


 おっさんとイーリスが代官に会いに行くと言って離れた。

 護衛たちも各々の持ち場に移動した。


 カリンは、護衛の気が緩んでいるのを察知して、バステトにスキルを使用してもらって抜け出したのだ。


 カリンが、バステトのスキルを知っているのには、深くも浅くもない理由がある。

 おっさんから、バステトのギルドカードを預かっている。おっさんが、目立った方が良いだろうと、使えるスキルの一部を公開にしてあった。そして、馬車での移動中にカリンの訓練をバステトが見守っていた。カリンが一人になると、バステトはスキルを使って見せていた。そのために、カリンはおっさんよりも、バステトのスキルを知っている。


 姿を認識されにくくするスキルをバステトが使った。

 護衛が気を張っている状況では、バステトのスキルが強力でも、気が付かれてしまう可能性が高いのだが、気を抜いている状況なら、バステトとカリンなら・・・。


 結果、宿?から抜け出すことに成功した。


「ふふ」


 バステトは、上機嫌にスキップを刻みそうなカリンを不思議そうに見上げている。気持ちが悪いくらいに、カリンは上機嫌だ。イーリスやおっさんと一緒に居るのは、苦ではない。一人で居るのも苦ではない。部屋に1週間以上、閉じ込められていても苦にはならないが、新しい場所を散策してみたい気持ちは持っていた。


 自分が置かれている状況の把握は出来ているが、それでも、散策をしてみたい気持ちは芽生えていた。


「バステトさん!早く!早く」


”ふにゃ・・・”


 バステトとしては、おっさんにカリンを任せると言われているので、付いているが、カリンは”共犯者”と考えている。


 カリンにも言い分はある。

 おっさんは、夜な夜な飲み歩いている。それには、不満はない。自分も連れて行って欲しいとは思うけど・・・。カリンは、イーリスの翻訳趣味を手伝って給金を貰っていた。それが溜まるだけで使う場面にならないのが不満だったのだ。

 そして、溜まったお金は使わないと経済が回らないと、自分に言い聞かせて、今回の脱走劇を企てたのだ。


 さすがは、辺境伯の領都だけあって、他の街と比べたら治安はいい。しかし、日本の治安を期待してはダメだ。カリンも、その程度の認識は持っている。抜け出してきた手前・・・。治安が悪い場所に行って、怪我したり、捕まったり、街を破壊したら”怒られる”と思っている。


 そんなカリンは、表通りや商店が立ち並ぶ場所を散策している。


「バステトさん!あれ!」


”にゃ”


 しょうがないなという表情で、カリンが示した方向を見つめる。

 そこには、なんの肉なのか解らないが、串焼きが売られている。


 カリンは、欲望に従って、3本の串焼きを購入する。一本は、バステトの分で、自分が2本だ。


 カリンとバステトは、屋台を周りながら買い食いを楽しんだ。


”にゃ!”


「うん。大丈夫。解っているよ」


 定番で、お決まりで、テンプレートなイベントのフラグが立った。


 買い食いしているカリンとバステトを監視している者たちがいる。護衛ではないのは、雰囲気で感じ取っている。

 カリンとしては判断に迷っていた。護衛の可能性や、辺境伯の関係者である可能性が存在していた。


 しかし、買い食いを始めてから、バステトは周りを気にしていた。鳴かなくなって、カリンから離れなくなっていた。それが、カリンが気にし始めて、鳴いたので、カリンも確信に至った。


「(次の角を曲がったらダッシュ。追ってきたら、反転して突っ込む。バステトさんはスモークをお願い)」


 肩に乗ってきたバステトにカリンが作戦を伝える。

 本来ならこんな好戦的な手段は使わないのだが、買い食いだけではなく、散策を邪魔されて、気分が悪くなっている。それだけではなく、尾行者たちからの視線が気持ち悪いのだ。


「バステトさん!」


 カリンが叫ぶと、バステトは解っていたかのように、一つのスキルを発動する。

 おっさんが、バステトに教えていた簡単なスキルだ。


「!!」


 カリンが逃げ出したと思って、急いで角を曲がってきた5人の男たちは、角を曲がった先が煙で覆われているとは考えていなかった。大声で叫びながら、煙の中に入っていく、男たちはカリンがスキルを利用して煙を出したと考えた。そして、煙を目隠しにして逃げるつもりだと考えている。そのうえで、スキルを使った煙なら短時間で消えるはずだと考えたのだ。


 男たちが予想していた通りに、カリンは煙を使って逃げる事を考えていた。

 方向が、男たちが考えている方向ではない。遠ざかるのではなく、近づく方向に逃げる。


 煙で視界を塞がれた男たちは、闇雲に突っ込んでくる。さすがに、剣を抜いた者はいない。


 カリンが反転して来るとは考えていないために、まっすぐに走ればいいと考えていた。


 そして、それは最悪な選択だった。


 5分後。

 路地には、5人の男性が転がっていた。


 足を切られたり、腕を切られたり、顔に動物の爪痕が残されたり、傷はいろいろだが、皆が股間を殴打された状態で悶絶していた。

 この男たちは、警備隊に賄賂を送って、このあたりで悪さを繰り返していた者たちで、悶絶している所を警備隊に保護された。女の子一人にやられたと言えずに、なんでも無かったと処理されることになった。


 カリンは、無事に逃げおおせてからは、商店を見て回った。

 買い物も楽しいが、ウインドウなショッピングも楽しい。初めて見る物ばかりで、カリンは満足して宿?に向かおうとして、一つの可能性をたどり着いた。


 周りの雰囲気を見れば太陽が傾いている。

 護衛も、自分が宿?に居ないことに気が付いている。しかし、探しに来ている様子は見られない。


「バステトさん?」


”にゃ?”


 カリンは、自分がたどり着いた可能性をバステトにぶつける。


「もしかして、まーさんは代官との話を終わらせて、宿に戻ってきた?」


”にゃ!”


 バステトは、当然だとうなずいて、何をカリンが焦っているのかわからない雰囲気を出す。


「そうだよね。それで、護衛が探しに来ていないってことは・・・」


”にゃにゃぁ”


「怒られる・・・。よね?」


 バステトは、やっとカリンが何を心配しているのかわかって、うなずくが怒られるとは思っていない。ただ、何も言わなかったのが問題だったと感じている。実際に、恐る恐る宿?に戻ったカリンを待っていたおっさんの表情はいつもと同じだ。イーリスがどこか安堵した表情を浮かべているのは、心配していたからだ。おっさんが心配していなかったのは、バステトからも何も言ってこなかったことなどの理由があり、心配はしていたが、大丈夫だろうと考えていた。


「カリン。おかえり。夕ご飯は?」


 にこやかなおっさんの表情が、カリンには怖かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る