第292話 王宮内部

 そして、俺たちは王宮の正門から中へと入る。

 しばらく駆けると、昏き者どもが襲いかかってきた。

 だが、それはただのゴブリンだった。


「本当に大量に居るようでありますね! 駆け抜ける出ありますよ」

「ゴブリンごときが、足止めできるなんて思わないことね!」

「ガウガガウ!」


 言葉の通り、シアもセルリスもガルヴも走る速度を緩めない。

 駆け抜けざまにゴブリンを倒して前へと進む。

 途中、ゴブリンやヴァンパイアと戦う狼の獣人族の警護兵と出会った。

 狼の獣人族の警護兵は四人一組だ。


「ロックさん、この辺りの敵はお任せください」


 俺に気付いた警護兵が笑顔で言ってくる。

 笑顔を浮かべるほどの余裕があるようだ。実際、彼らは優位に戦いを進めている。


「ありがとう。気をつけてくれ」

「はい!」


 その後もたびたび、狼の獣人族の四人組とすれ違う。

 みな、まだ余裕があるようだ。

 王宮に入り込んだ昏き者どもは、数こそ多いが、ほとんどがゴブリン。

 単体の戦闘力は弱い。

 ヴァンパイアも数百いるが、レッサーこそいないものの、ほぼアークヴァンパイア。

 狼の獣人族の警護兵の四人組パーティーにとっては、与し易い相手と言える。


『相変わらず狼の獣人族は強いな』

『ほんと凄いわね』

 俺の言葉にセルリスも同意する。


『彼らは一族の精鋭でありますからね』


 シアは誇らしげに言った。

 狼の獣人族は、シアやニアのように幼い頃から戦闘訓練を積んでいるのだ。

 その精鋭なのだから、強力なのは当然と言える。


 狼の獣人族の警護兵のおかげか、昏き者たちと出会う頻度が徐々に減っていく。

 それでもゴブリンは数が多いので何度も遭遇した。

 そのゴブリンを倒したとき、俺は違和感を覚えた。


『……ただのゴブリンではないな』

『ロードにもマジシャンにも見えないけど』

『ああ、種族はゴブリンのようだが、強化されたゴブリンだ』

『……何の意味があるのかしら』


 セルリスの疑問ももっともだ。

 同じ強化するならば、ヴァンパイアの方がいい。

 いくら強化してもゴブリンはゴブリンなのだ。雑魚には変わりが無い。

 俺たちはもちろん、狼の獣人族の警護兵にとっても脅威ではないだろう。


『ロックさんは、敵がなぜゴブリンを強化したかわかるでありますか?』

『俺にはわからん。だがなにか理由があるんだろうさ』

『ゴブリンは数が多いから、一匹一匹は弱くても強化することで脅威となる……、とかかしら』

『数が多いから、強化する手間と費用も沢山必要だともいえる』

『そうよね。やっぱり謎ね』

『考えても結論は出ないし、倒した後で考えればいいさ』

 考え込んで戦闘中に集中がそがれるのが一番危ない。


『そうね、今は敵を倒すことが大事ね!』

 セルリスはゴブリンたちを、走りながら斬り捨てていく。その剣には迷いがなかった。

『ゴランとエリックのもとに走るぞ』

『ロックさん、パパの居るところがわかるの?』

『霧が無いからな。魔法で探せば簡単に見つかるんだ』

『あれ? そういえば、霧が無いのにどうして通話がつながりにくかったでありますかね?』


 王宮がまだ霧に包まれていたとき、エリックたちは王宮の各所にに指示を出そうとした。

 だが、通じなかった。それは霧のせいだと考えられていた。

 実際に霧を晴らしたら、王宮各所との通話も通じるようになったのだ。


『霧以外に阻害する何かがあるということだろうな』

『魔法陣の機能の一つかしら?』

『かもしれないな』


 本当に厄介な魔法陣だ。

 俺は脳内で五カ所に刻まれていた魔法陣全体の配置を思い出してみる。

 五カ所を線でつなげば、五芒星が作れそうだ。

 五つの魔法陣は、まとめて一つの魔法陣だったと考えた方がよいのかも知れない。

 一つの魔法陣だと考えて、改めて脳内で検証してみるが、よくわからなかった。


 俺の知っている魔法理論とは異なっているのだ。

 俺の知っていると言うより、人族の魔法理論とは根本的に違う。

 いや、俺がこれまでに見た昏き者どもの魔法とも大きく異なっていた。


『もしかしたら、魔法陣を描いていたヴァンパイアたちですら、理解していないのかも知れないな』

『理解しなくても描けるものなのかしら?』

 普通は無理だ。


『図形や絵、複雑な記号として、脳内に焼き付ければ……』

 それでも普通は難しい。理論を理解していなければ、線のわずかな長さや角度の意味がわからない。

 だから、そっくりに描けたと思っていても、致命的なミスが発生したりする。


『魔法で脳内に焼き付けたのかも知れない』

『そんなことが可能でありますか?』

『眷属や魅了された者に対する行動支配を応用したのかも知れないな』

『もしそうなら、高位のヴァンパイアがよく受け入れたでありますねぇ』


 ヴァンパイアは下位の者だと扱われることを嫌う。

 俺はそれを利用しての挑発を作戦に組み込んでいるほどだ。

 そして眷属や魅了された者はヴァンパイアたちの中では最下層。


『眷属の様にロードに対して行動支配をかけられる奴となると真祖でありますかね』

『かもしれないな』


 いくら格上でもハイロード程度の行動支配ならば、ロードは受け入れないだろう。

 真祖はヴァンパイアたちからは「あの方」と呼ばれる絶対的な存在のようだった。

 ロードを行動支配することも真祖ならば可能なのかも知れない。


『となると魔法陣自体、真祖が設計したのかも知れないよな』


 邪神の手によりヴァンパイアとなったのが真祖だ。

 もしかしたら邪神から授けられた魔法理論に基づいて描かれた魔法陣なのかもしれない。


 その後、少し走ってゴランとエリックの姿が見えた。

 ゴランとエリックは広い中庭で、部下たちを指揮にしているようだった。

 そこは霧を晴らした後にすぐ再生した場所、つまり魔法陣の描かれている場所に近かった。

 その中庭に狼の獣人族の警護兵が頻繁に出入りしている。


「おう、戻ったか。まずいことが起きた」

 駆けつけた俺たちにゴランが言う。


「通話の腕輪からの音声が聞き取りにくくてな。改めて教えてくれ」

「わかっている」

「神の加護がまた消えてしまったのだ」

 そう教えてくれたのはエリックだ。


「なんだって? 大使館にあった穴を発生させる魔道具は破壊したんだが」

「二段構えだったってことだ。穴が塞がってしばらくしたら魔法陣が起動したのだ」

「冒険者ギルドの魔導士がいうには、神の加護が戻ることがトリガーになっていたのではないかって話しだ」

「しかもだな。現状は穴が空いたとかそういうレベルじゃない。消失してしまったのだ」

 エリックはこの上なく苦い顔をしていた。

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