第270話 急行

「ケーテ、急いでくれ」


 ヴァンパイアに占拠された村は、王都から徒歩二時間の距離があった。

 ケーテが全力で飛べば十分ほどで到着できる。


「わかったのである!」

 ケーテが加速を始めたとき、俺の通話の腕輪に反応があった。


『ロックさん。聞こえるか?』

「何があった?」


 腕輪から聞こえたのはフィリーの声だ。

 狼の獣人族の集落に出かける前、俺はフィリーとミルカに通話の腕輪を渡してあった。

 緊急時の連絡用である。


『王都に異変だ』

 そこまでは予測の通りだ。


「具体的には?」

『神の加護に穴が空いた』

 それは予測通りではない。そこまで悪い状況だとは思わなかった。


「位置と規模を教えてくれ」


 俺がフィリーに尋ねると同時に、エリックが自分の通話の腕輪で各所に連絡を開始した。

 国王直属の枢密院や、狼の獣人族が多く居る国王直属警護兵に命じて警戒させるためだろう。


『加護の穴の位置は王宮直上。規模は王宮をまるごと覆ってまだ余るほどだ。ロックさんの屋敷も穴の中だ』

「そうか。それはでかいな」


 俺の家まで穴の範囲内と言うことは、王宮と上位貴族の屋敷があるエリアには加護がないと考えるべきだろう。

 横で聞いていたエリックが険しい表情になる。

 ゴランも通話の腕輪で連絡を開始した。冒険者ギルドに指示を出しているのだろう。


「襲撃は?」

『それはわからぬ……』

「そうか。それならよかった」


 わからないということは、フィリー、ミルカ、ニア、ルッチラは襲われていないと言うことだ。

 それだけ、わかればひとまずは充分。


「フィリー。屋敷には俺が魔法をかけている。屋敷に引きこもれば当分は大丈夫だろう」

『わかっている』

「神の加護の穴を塞ぐ方法は何か無いか?」


 フィリーは錬金術の天才。どの宮廷錬金術士よりも知識も技量も優れている。

 神の加護のコアには賢者の石が使われている。

 その賢者の石を錬成できるのもフィリーぐらいだ。


『……ロックさんは、難しいことをいうのだな。絶対に出来るとは言わぬが……』

「それでもいい。大急ぎで何か考えてくれ。フィリーが出来ないなら他の誰にも無理だろう。諦める」

『わかった。微力を尽くそう』

「俺の徒弟たち、ミルカ、ニア、ルッチラを頼む」

『ああ。そっちも微力を尽くそう』


 フィリーとの通話を終えると、次に俺はシアの通話の腕輪に繋げた。

 シアは狼の獣人族の族長の一人。それゆえエリックから通話の腕輪を支給されているのだ。

 そして、シアとセルリスはエリックの娘と遊ぶために王宮に行くと言っていた。

 今、王宮にいる可能性が高いのだ。通話できれば王宮の現状がわかるかもしれない。


「シア! 聞こえるか?」

『――ザザザ、――――ザ……』

 応答がない。何か話しているのかも知れないが、雑音がひどすぎて聞き取れない。


「シア! 聞こえたら応答してくれ!」

『――――ザ……ザザ……』


 俺とシアとの通話がつながらないことがわかると、エリックが言う。


「やはり応答がないか?」

「やはり? と言うことはそっちも?」

「ああ。王宮の直属警護兵や枢密院に連絡がつかん」

「それは王宮内だけか?」

「そうだ。王宮外の部署には連絡がついた。王宮外の部署から王宮へ応援に回しているところだ」


「ゴランはどうだ?」

「こっちは連絡がついている。精鋭を王宮に向かわせている」

「そういうことか。神の加護に穴を開けただけでなく、通信魔法を妨害する結界を張ったんだろう」

「そんなことができるのか?」


「普通に考えたら無理だと思うが、いや、ロックがいうなら出来るんだろうけどな……」


 エリックとゴランも、疑っているわけではないが信じられないといった表情だ。


「そう簡単にできることじゃない。恐らくは例の内通者が長い時間をかけて仕掛けたんだろう」


 フィリーを助け出したときから、王宮に内通者がいることはわかっていた。

 枢密院が全力で調べてくれていたが、いまだに見つけ出すことは出来ていなかった。


「なんということだ」


 エリックは聖剣の束を強く握りしめていた。


「落ち着け。エリック」


 とはいうものの、妻レフィや娘シャルロットとマリーが、王宮にいるのだ。

 落ち着けと言うのが無理である。


「ああ、わかっている。俺は落ち着いているさ」


 それでもエリックは、無理をしてにやりと笑って見せた。


「もう少しで到着するのである!」

 ケーテが叫ぶ。


 全力で飛んでくれたおかげで、王都が見え始めた。

 王宮の周辺は地面から上空まで、濃い霧が立ちこめていた。


「……なんだあれは? ただの霧ではなかろうが……」

「ロック、どういう状況かわかるか?」


 エリックとゴランが俺の方を見る。


「調べてみよう」


 俺は魔力探知と魔力探査を発動させる。

 霧の正体と神の加護の状態、あるならば邪神の加護の状態も把握しておきたい。


「調べたが、わからない。魔法を妨害する何かなのは間違いないが」

 邪神の加護の有無もわからなかった。

 だが、神の加護がないのも間違いなさそうだ。


「エリック。神の加護のコアはどこにあるんだ?」


 神の加護のコアの位置については国家の最高機密である。

 とはいえ、神の加護のコアに近ければ近いほど神の加護の影響は強くなる。

 だからなんとなく俺にも位置はわかっている。


「王宮の奥深くだ。具体的には俺の居室の天井にある」

「なるほど」

「それからなにかわかるのか?」

「神の加護の中心と、加護の穴の中心のずれを観測している」


 神の加護は完全に無効化されているわけではない。

 王都の大半はいまだ神の加護の保護下にある。

 王宮を中心に、神の加護に大穴を空けられているというのが現状だ。


「コア自体を無効化しているわけではなく、神の加護の影響を排除するなにかがあるんだろう」


 エリックたちに話しながら、俺は調べていく。

 その間にもケーテは飛び続け、どんどん王宮との距離が近づいていった。


「見つけた!」


 俺は丹念に計算し、加護に大穴を空けているその中心の位置を暴き出した。

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